弟からの手紙
フェリクスからの手紙は、春祝いの前日に届いた。
封を切る前から、几帳面な字が見える。弟らしいと思いながら読み進めて、私は何度も笑いそうになり、最後には少しだけ泣きたくなった。
『姉上へ。王都は相変わらず面倒です』
書き出しがそれなのだから、ずるい。
手紙には、父が以前より静かになったこと、王城では星殿改革の話が絶えないこと、カイル殿下が妙に真面目に執務していることが綴られていた。そして最後に、一行だけ少し字が乱れていた。
『姉上が笑っている場所があるなら、僕はそれでいいと思っています』
私はその文を、何度も読み返した。
「いい弟さんですね」
ユリアがそっと言う。
「ええ。もったいないくらい」
「返事、書きますか」
「もちろん」
私は机へ向かい、灰冠城のことをできるだけたくさん書いた。水塔のこと。温室のこと。市場のこと。ミレイユが元気なこと。ハクが相変わらず偉そうなこと。
そして最後にこう書いた。
『私は今、ちゃんと笑っている気がします』
返事を書き終えた時、胸の奥のどこかが静かに繋がった。
少し時間を置いてから、私は中庭へ面した回廊か、工房の灯りが届くあたりへ戻った。花や土や焼きたてのパンの匂いが混ざり、壊れた城だった頃には考えられなかった種類の賑わいが夜まで残っていた。忙しい一日のあとで同じ場所を見直すと、昼には見えなかった細部が浮かび上がる。封蝋の欠けた手紙や、頁の端の擦れのような些細な手触りが、その日の出来事を思いがけない形で思い出させることもある。
私は作業台へ手を置き、祝うことと働くことが同じ場所で両立するようになったのだと、遅れて実感した。こういう時間は誰に褒められるわけでもないし、すぐに成果になるわけでもない。それでも、誰も見ていないときに少しだけ整えておいた段取りが、翌朝の空気を驚くほど軽くする。そのことを知ってから、私は一日の終わりを前より丁寧に扱うようになった。
祝うこと、働くこと、暮らすこと。その三つが同じ場所で無理なく重なり始めると、城は『助かった場所』から『住み続けられる場所』へ変わっていく。 たぶん修復という仕事の本質は、壊れたものを元へ戻すことだけではない。壊れたあとにどう扱うか、同じ綻びを次にどう防ぐか、そしてその手順を誰かと共有できる形へ残すことまで含めて、ようやく再建と呼べるのだと思う。
私が今見ているのは、封蝋の欠けた手紙や、頁の端の擦れのような、誰かが見落としても不思議ではない細部ばかりだ。けれど実際に町や城を支えるのは、いつもそういう小さな部品の方だった。派手な奇跡より先に、綻びを見つけて、記録して、次の人が迷わず触れる形へ直しておくこと。そういう地味な手順が積み重なって、ようやく暮らしは丈夫になる。
きっと明日になれば、また別の形をした不足が見つかる。次に必要になるのは、今の出来事を一つ先の仕組みへ繋げることだ。目の前の解決だけで終わらせない工夫が、また増えていく。。それでも今は、次に何を直すべきかを考えること自体が、前へ進んでいる証拠だと知っていた。 そう考えると、今日起きたことはもう過去ではなく、明日の仕組みの一部になり始めている。私はその手触りを確かめるように指先を拭い、静かに戸を閉めた。
お読みいただきありがとうございます。続きは『ミレイユの新しい祈り』になります。よろしければ次話もお付き合いください。




