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災禍の獣と骸の竜  作者: nauji
八章 四周目 災禍の獣
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75 やがて、その時は訪れる

 戦闘は続く。


 魔獣は尽きない。


 もうどれだけ経過したのか。


 1日か、半日か、もっと僅かに過ぎないのか。


 黒雲は時間の感覚を鈍らせ、ずっと同じ時に居続けているような錯覚をもたらす。


 最前線以外でも動きが生じていた。


 魔獣の死骸。


 辺りに散乱するそれらが、防壁代わりになるどころか、戦闘の邪魔になってきている。


 人の何倍も大きいため、容易に運ぶこともできやしない。


 1体につき、数人がかりでの撤去作業をいられる。


 こうしてまた、体力を消耗してゆく。


 魔術による範囲攻撃は絶えず継続されている。


 黒竜たち3人が、交代で休憩を取りつつ、戦い続けてもいる。


 この2種の戦力。


 どちらか一方でも欠けてしまえば、戦線の維持に支障をきたすことは、疑いようもない。


 幼生体の群れを相手にしているだけで、この消耗具合なのだ。


 成体が複数押し寄せてくれば、突破されかねない。


 魔力が尽きてしまえば、残された遠距離攻撃の手段は、魔石の投擲を頼みとする他なくなってしまう。


 魔石は有限だ。


 魔獣をたおせば手に入りもするが、すぐに摘出できるわけでもない。


 そうして苦労して摘出しても、臨界まで魔力を注ぐ必要まである。


 魔石を消費してしまった分、怪物への火力が損なわれる。


 かといって、温存しようとすれば、それだけ人的被害に繋がるわけだ。


 いよいよとなったら、壁の内側に籠るしかないが。


 前回の記憶が蘇る。


 魔獣が壁の内側に侵入すれば、何が起こるのか。


 嫌と言うほどに見知っている。


 前回とは、戦力が段違いのはず。


 これで圧倒しきれないのは何故なんだ。


 人が壁の代わりをするのは、無理があり過ぎた?


 かもしれない。


 前回の反省点を活かしたつもりが、却って状況を悪化させてしまったのか。


 いやダメだ。


 悲観的になるな。


 絶望するなど以ての外だ。


 まだ何も起こってやしない。


 誰も喪ってはいないのだ。


 今頑張っている分、壁の耐久力は僅かも損なわれてはいない。


 怪物に対して意味は無くとも、魔獣に対して有効なのは間違いないのだから。


 大丈夫。


 大丈夫だとも。


 きっと、いや絶対に、遣り遂げてみせる。






 これで休憩は何度目だったか。


 じわじわと負傷者が増え始めている。


 特に、王国勢の戦況がかんばしくない。


 壁内と壁外とでは、やはり勝手が違うのだろうか。


 連携という面でも、帝国のほうが取れている気がする。


 王国は戦士団単位での行動が主なためか、人数が減るとたちまち連携が崩れてしまうようだ。


 よくない流れ。


 壁内へと避難する人数が、目に見えて増え続けている。


 どうにか持ち直しを図りたいところではあるのだが。


 温存している戦力など皆無。


 それこそ、魔石を使うぐらいしか手がない。


 遅い。


 遅過ぎる。


 怪物はまだ、目標地点に到達しないのか。






 視界の端で、騎士が吹き飛ばされる姿を捉えた。


 周囲の注意もそちらへと向いたのが分かる。


 人の5倍近い巨体。


 成体だ。


 上級魔術や3人を突破して、遂に此処まで到達したらしい。


 幼生体の相手に慣れ過ぎたのか、討伐どころか阻止も間に合っていない様子。


 突然生じた空白地帯に跳び込んで来たのは、見知った彼女たちの姿。


 武器を放棄し、全速力で成体へと駆け出す。


 死念の射程は短い。


 しかも直線上でなければ、当てられもしない。


 つまるところ、移動中の成体を正面以外から仕留めるのは、事実上不可能なのだ。


 彼女たちが成体と戦い始めたのが見えた。


 焦燥が否応にも増してゆく。


 嫌な想像が頭から離れない。


 こんな場面でも、魔獣の死骸が行く手を阻む。


 その分余計に、到着は遅れてしまう。


 時間が間延びするような感覚。


 ゆっくりと、しかし確実に迫りゆく巨大なあぎと


 幻視するのは最悪の光景。


 間に合わない。


 届かない。


 またしても、またしてもなのか。


 彼女たちの表情が恐怖に彩られる。


 避けられない。


 絶望的なまでに遠い。






 否。


 断じて否。


 この場合に於ける最善手。


 たおせずとも、方法ならあるではないか。


 あれは卒業試験でのこと。


 まだ死念へと至ってはいなかったころ。


 成体にも有効な手段があったはずだ。



 ≪念話テレパシー



 精神魔術の中級。


 口を閉じるな。 


 さあ、思い切り絶叫してみせろ。



「AHHHHHHHHHHHHHH!」



 成体のあぎとは閉ざされず、一際大きく広げられた。


 僅かに生じた猶予。


 その隙に、彼女たちが離れたのが見えた。


 だがその一方で、魔術に反応してか、成体がこちらへと頭を巡らせてきた。


 視線が交差する。


 しかし恐怖を覚えはしない。


 咆哮。


 そのまま突進してきた。


 そう、そうだ、それでいい。


 俺が相手をしてやるよ。


 互いに必殺の意志を以て、激突する。


 ──はずが、横合いから衝撃をモロに食らった。


 歪む視界が捉えたのは、幼生体の姿。


 どうやら、余計なモノまで呼び寄せたらしい。


 貴重な数瞬が消費された。


 視界いっぱいに広がるのは、魔獣の口内。


 喰われる。






「小僧ーーーッ!」



 寸前、声が届いた。


 死の光景が遠ざかる。


 俺を脇に抱えて、成体の眼前を横切って行く先生。


 どうして此処に居るのか。


 そんな疑念を持つことを、状況が許しはしない。


 獲物を横取りされたと知った成体が、すぐさま先生諸共喰らわんと迫っていた。


 相手はこちらを追って来ており、直線上に位置取っている。


 つまりは、俺にとって理想的な状況。


 距離良し、方向良し。


 腕を伸ばし、指を向ける。



 ≪セット Α《アルファ》≫


 ≪死念タナトス



 精神魔術の上級。


 死を見舞う。






「どうして先生が此処に?」


「このたわけが! 危うく喰われる寸前だったではないか!」



 取り敢えずの窮地を脱し、問いかけてみたが、返って来たのは叱責だった。



「いやまあ、その」


「幾度も様子を見に来ておっただろう。ワシが気付かぬとでも思ったか」



 気付かれてたのかよ。


 何だか無性に気恥ずかしい。



「あれほど言い聞かせたというに、まだ分かっておらんのか。挙句が、様子を見に来てみればこの有様だ」


「いやだから」


「まずは自分を守ってみせろ。他事を考えるのは、それができてからだ」


「今のは偶々運が悪かっただけで」


「つまらん言い訳だな。死んでからでは言えもしまいが」


「ぎ……ぐ……」


「油断が過ぎるぞ。今この時に集中せい」


「分かってるさ」


「分かったつもりでおる、の間違いだろう」


「そんなこと」


「そうそう都合よく助けには来れん。もう次には期待するなよ。いいな?」


「ああ」


「ではな。もう行く」


「──先生」


「何だ?」


「助かったよ。ありがとう」


「うむ、礼は大事だな。後何度聞かされることになるか、知れたものではないが」



 また来るつもりなのかよ。


 助けるどころか、助けられていては世話がない。


 確かに、先程は危ういところだった。


 考えが至らなかった。


 こうも魔獣が多くては、おちおち魔術を使おうものなら、そこら中から群がられてしまいかねない。


 それこそ、横から現れたのが幼生体ではなく成体だったなら。


 その時点で即死していたことだろう。


 体は問題なく動く。


 痛みもない。


 当たり所が良かったのか、それとも、度重なる訓練を経て、丈夫さが増していたりするのか。


 他の騎士たちは、今なお戦っている。


 交代の時間ではない。


 急ぎ替えの武器を取りに戻って、戦列へと復帰しなくては。






 成体の数が増え始めた。


 じわじわと戦線が後退させられてしまう。


 狭い。


 成体と戦うには、人や魔獣が密集し過ぎている。


 そんなことなどお構いなしとばかりに、成体が暴れ回る。


 人も幼生体も、他の成体すらも巻き添えにして。


 重傷者も目立ち始めた。


 そのうちの何人かは、もしかしたら助からないかもしれない。


 魔術などではなく、あの3人のような力が備わっていたのなら。


 容易く蹴散らしてやれるだろうに。


 いや、無駄なことは考えるな。


 無いモノは無い。


 今有るモノだけで、乗り切るしかない。


 努力は重ねた。


 無為に過ごしてなどこなかった。


 今、この状態こそが全てだ。


 足りなかろうが、及ばなかろうが。


 生き足掻いてみせるしかない。


 まだ他事が考えられるぐらいには余裕がある。


 そうだ、まだやれるとも。


 他の者たちが諦めてやしないのに、予見していた俺が諦めてどうする。


 あらゆるところに学びの機会はある。


 こんな戦場にだって。


 獣人たちの戦闘を見た。


 注目すべきは、その得物。


 魔獣の牙、魔獣の爪、魔獣の骨。


 なるほど賢い。


 人の武器では及ばない。


 ならば、ヤツら自身を以て打倒すれば良いわけだ。


 見栄えは劣悪。


 持ち慣れない形状。


 扱い易い武器として加工されてさえいやしない。


 現地調達の素材そのまま。


 洗練には程遠く、原始的にも程がある。


 当然、振るうのは人の膂力りょりょく


 魔獣のそれとは比べるべくもない。


 こと戦闘に於いて、種の優劣は歴然。


 その優劣を、知恵によって覆す。


 鋼鉄を阻む皮膚を、裂き、貫き、抉る。


 通用する。


 致命には至らずとも、通用するのだ。


 騎士たちが武器を持ち替える。


 幸いなことに、そこら中に有り余っている。


 戦線は維持されたままだ。






 そこかしこから声が上がる。


 視線は遥か頭上へ。


 黒雲に幾筋もの光が流れゆく。


 連続する。


 途切れることなく。


 かつて見た光。


 絶対の消滅をもたらす魔石の輝き。


 そうか、やっとか。


 ようやく怪物への攻撃が開始されたのだ。






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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