74 決戦、再び
日食。
遂に、この時が訪れてしまった。
黒雲で覆われた空の下、誰も彼もが緊張の面持ちで立っている。
決戦の地は、魔族領と王国の国境。
北壁を背に、第一門の前に帝国勢が、第二門の前に王国勢が整列していた。
四大の何れかに適性のある上級魔術師は壁の上に展開。
攻撃役はもとより、怪物や魔獣の陽動役も兼ねている。
壁の内側には、簡易的な休息所や治療所が設けられており、長期戦に備えた改良が加えられていた。
忘れてはならないのは、投石機の存在。
これもまた、壁の内側に配置されている。
前回と違うのは、その位置。
壁の至近に位置取ることにより、いざという時の魔石の運用が楽になった。
反面、壁を突破された場合の損失が甚大、否、壊滅的とすら言える。
この投石機と魔石こそが、怪物を唯一斃し得る切り札なのだ。
壁の死守の成否。
それこそが、今回の決戦に於いて、勝敗を分ける要となるだろう。
改めて思う。
王国勢の数が多い。
前回の決戦時の記憶よりも確実に。
両軍合わせて、2千にも届きそうなほど。
獣人だ。
獣人が増えているのだ。
それも、とんでもない数が。
はたして、前回と今回とで、いったい何がどう違ったというのか。
その理由は、よく見知った人物によるものだった。
先生だったのだ。
あの調査の折、俺の見せた記憶を信じてくれた先生が、2年もの期間を掛けて、町すらない獣人族領を巡り、説得して回ってくれていた。
と、そのように先程、話を聞くことができた。
「なあに、気にするな。どうせ戦わねばならぬなら、より勝ちの見込める時と場所を選んだまでのこと」
精霊は語った。
獣人とは、あの怪物が人種を滅ぼすために生み出した存在なのだと。
もしかしたら、怪物は獣人だけは滅ぼさないかもしれない。
だが一方で、こうも語っていた。
怪物は世界を滅ぼそうとしているとも。
それはつまり、獣人すらも例外ではないということなのか。
「まあ何だ、小僧にばかり任せてもおれんからな」
「先生……」
「そう呼ばれるのも、いつまでか。ひょっとすると、もう小僧のほうが強いかもしれん」
「そんな、そんなこと関係ない」
「ふむ?」
「俺がそう呼ぶのは、この世でただ一人だけだ」
「ほほう、あの小僧がな。そうか、そう言ってくれるか。ならばその期待、応えぬわけにもいかぬな」
「いや、待ってくれよ。無茶な真似をしてほしいわけじゃあないんだ」
「小僧」
「な、何だよ」
「戦えば傷付き死ぬもの。誰もがそうだ。ワシとて例外ではない」
「だから──」
「この戦の果てに、もしワシの命が潰えていようとも、やり直そうなどとは考えてくれるな」
「そんなこと言うなよ。言わないでくれよ」
「もう幾度繰り返した? 望む結果が得られるまで、後、幾度繰り返すつもりだ?」
「何度だってやってやるさ」
「そのような真似、道理に反する。歪に過ぎる。何を代償としているかも分からん代物だ。そのようなモノを頼みとするな。小僧の口癖だったろう」
「……他者を頼みとするな、か」
「そうだ。ワシを救おうなどとは思うな。いや、その思いの分まで、他の者を助けてやれ」
「んなこと、できるわけねぇだろ。助けてみせるさ」
「そう背負い込むな」
「最初に背負ってくれたのは先生だっただろ⁉」
「戯け。そういう意味ではない」
「違わねぇ! いいや、違ったって構わねぇ!」
「聞け。ワシは小僧に守られるために来たのではない。小僧と共に戦うために来たのだ。ワシの意志を、捻じ曲げてはくれるな」
「けど、だってよ」
「そもそも、小僧がワシの心配などと、数百年は早いわ。ほれ、もう戻れ」
先生はああ言っていたけれど。
到底、了承できるようなものではない。
遣り遂げてみせる。
大事な人を犠牲にすることなく。
「なあ旦那~、アレに敵いそうかい~?」
「敵う敵わんではない。必ず斃さねばならん」
「ホントに同じものが見えてる~? 気概だけで、どうこうできるもんかね~」
「この力。今を於いて他に、いつ発揮してみせる」
「望んで得たわけじゃあないけどね~」
「相手にとって不足なし。存分に揮え」
「ヤダな~、シンドイな~」
「ふざけている場合か」
緊張、不安、怯え。
そんな騎士たちを余所に、赤竜と黒竜の遣り取りが続けられる。
両者の声に震えはない。
むしろ、周囲が歪むほどの闘気を纏わせている。
「ともあれ、まず相手取るのは魔獣だ」
「そう言われると、やることはいつもとあんまり変わらないね~」
「そうだ。迫りくる魔獣を、片端から斃せ。アレの相手は、王国が担う」
「そいつはありがたいね~」
赤竜は正面を向いたまま、黒竜のみがこちらへと体ごと振り返ってみせた。
そうして告げる。
「聞けい! 我ら帝国騎士は魔獣如きに遅れは取らん!」
「「応!」」
「ただの1体たりとも、後ろへ通すことまかりならん!」
「「応!」」
「友を助けよ! 仲間を助けよ! 同胞を助けよ! 見捨てることなど、あってはならん!」
「「応!」」
「失わせるは敵の命のみと知れ! 我らの命、くれてやるな!」
「「応!」」
「友を想え! 仲間を想え! 家族を想え! 愛する者を想え! 帰るべき場所を想え!」
「「応!」」
「忘れるな! 如何に今日が長かろうとも、明日は必ず訪れる! 明日を変わらず迎えてみせろ!」
「「応!」」
「顔を上げろ! 腕を揮え! 脚を止めるな!」
「「応!」」
「帝国に栄光を! 我らに勝利を!」
「「帝国に栄光を! 我らに勝利を!」」
千の声が大気を震わす。
こちらに触発されてか、王国側でも声が上がる。
意気軒昂。
それはいい。
それはいいが、それだけでは敵うべくもない。
「旦那はいちいち大げさだね~。これじゃあ、余計に魔獣が寄ってきちゃうよ~」
「構わん」
「え~」
「王国の者たちは壁外戦に慣れてはいまい。その分、こちらが引き受ける」
「それはまた、お人好しが過ぎると思うけどね~」
「偶にはやる気をみせろ」
「毎日毎日、結構頑張ってると思うんだけどな~」
「ならば簡単なことだ」
「ん~? と言うと~?」
「いつもより、もう少し頑張ってみせろ」
「うへ~」
眼前の荒地を埋め尽くさんばかりの、魔獣の群れ。
黒雲と相まって、大地が黒く染め上げられているかのよう。
重なり合った轟音と地響きが迫りくる。
と、黒雲が稲光を孕み始めた。
呼応するかのように、雨が降り注ぐ。
……どうにもおかしい。
雨は魔獣たちのみを打ち付けてみせる。
こちらには一滴すらも降らずにだ。
さらなる変化。
世界が白光する。
遅れて、激音が連続する。
落雷。
魔獣の群れを次々と打ち据えてゆく。
とてもではないが、偶然生じた自然現象とは思えない。
ならばこれは、意図的なモノ。
至高と名高い魔女の成せる御業か。
続くのは、やはり壁上。
群れの只中で、岩が、風が、強襲する。
敵の勢いは、しかし止まらない。
なおも怒濤となって押し寄せる。
「隊列を崩すな! 押し留めろ!」
「「応!」」
「では、我らは行くぞ」
「いっちょ、やりますか~」
「ん」
黒と赤と銀が線と化す。
縦に横にと、群れが穿たれてゆく。
怪物は未だ遠い。
戦闘はまだまだ始まったばかりに過ぎない。
各所で戦闘が開始された。
あの3人が率先して成体を討伐しているのか、来るのは幼生体ばかり。
魔術は温存し、慣れぬ武器を揮って応戦する。
斬りかかっては弾かれ、突いては弾かれ。
役に立っているとは言い難い。
だが、これでいい。
この場に於ける俺の役目。
それは、足止めだ。
一撃必殺とばかりに、魔術を乱発することではない。
周囲に集っているのは、何れも魔獣を斃せる強者ばかり。
トドメならば、彼ら彼女らが刺してくれる。
事此処に至っても、独力で魔獣を斃すことは叶わなかったわけだ。
そのことが口惜しくもある。
結局は、他者を頼みとしているのだから。
ならば、矜持と命、どちらが大切なのか。
決まっている。
命だ。
命だとも。
自分と、そして何より、大事な者たちの命。
そのために、これだけの人数を巻き込んだのだ。
前回とは違う。
後方で眺めていたときとは、決定的に違う。
こうして、魔獣と直接戦っている。
ちゃんと、守る側として立っている。
十分でなくとも、不足はあっても。
それでも、こうして。
魔獣との戦闘が途切れない。
次から次へと。
否、徐々にだが、溜まってきている。
すぐには斃しきれなくなってきている。
1体に対し、割ける人数が減る。
その分、討伐に時間が掛かり、魔獣が追加される。
悪循環。
未だ怪物への魔石の投射すら開始されてはいないというのに。
正しく息つく暇もない。
これほどか。
これほどまでに、魔獣は多いのか。
「「うおおおおおおお!」」
後方から生じる雄叫び。
戦線が持ち直し、押し返されてゆく。
続々と騎士が加勢に入って来た。
第二陣。
長期戦を見越して、予め隊列を複数配していたのだ。
この場を任せて下がる。
下がって下がって、壁の内側へ。
ようやくの休憩だ。
手に取った水で喉を潤し、残った分を頭から被る。
そのまま地面へと仰向けに倒れ込んだ。
疲れた。
やはり訓練とは違う。
命の危機。
常なる緊張感。
それが余計に気力と体力を削っている。
後幾度、これが続くのだろう。
人心地つき、余裕が生まれたのか。
国側の戦況は、どうなっているだろう。
先生は無事だろうか。
そんなことが、今さら気になってもくる。
助けるだなんだと言っておきながら、このザマだ。
この戦況で、どうやって危急を知れるというのか。
何たる甘い考えか。
もう少し。
後もう少しだけ休んだら、確かめに行かないと。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




