73 帰国
翌朝。
爺さんに事情を伝えるため、宿舎へと訪れていた。
「よもや追い返されて来るなどと、其方は何をやらかしてきおったんじゃ」
「すまない」
「……まあよいわ。妙なことに、抗議らしい抗議が一切来とらんしのう」
「そうなのか」
「ともあれ、こうして戻って来おった以上、遊ばせておくつもりもありゃせん。他の騎士と共に魔獣討伐に尽力せい」
「ああ、分かってる」
「予定どおりならば、明日にも嬢たちが戻っても来ることじゃろう」
「今は第五門から向かってるんだよな」
「そうじゃ。今回も空振りならば、いよいよ以て厄介なことになるわい」
「東、か」
魔族領東部。
王国の北東、獣人族領からは北に位置する地域。
史上最も手付かずな場所であり、まず間違いなく魔獣の巣窟と化している危険極まりない土地。
先生曰く、獣人すら近寄りもしないそうだ。
怪物が休眠しているとすれば、此処こそが一番可能性としては高い。
「左様。魔族領東部となると、もう補給すらも見込めん。如何な嬢たちとて、持てる物資には限りがあるからのう」
「じゃあ、どうするんだ?」
「現状、考えておる案は3つ。1つ目は、最初と同様、全軍での行動じゃな」
流石にそれは無理があるだろうな。
「2つ目は、補給可能な位置に陣営を構築し、そこを起点として嬢たちを向かわせる」
結局は3人頼りなわけか。
これだと、3人の心配もそうだが、陣営の防衛の面で難がある。
何せ、主力が不在になるわけだしな。
加えて、陣営をさらに奥側へと移動させられなければ、3人だってそう遠くへは赴けまい。
つまりは、これも実行は厳しい。
「3つ目は……これはもう、案ですらないがのう」
「どういうことだ?」
「要するに、遠征の断念じゃな」
今回の遠征は、爺さんが皇帝に進言したから実施されたわけで。
発見したならまだしも、何の成果も無かった場合、結構マズいことになるんじゃないか?
「それは……いいのか?」
「良いわけがなかろう。何らかの形で責任を取らねばなるまいて」
3人の成果次第では、事実上の詰み。
見付かるべきか、見付からないべきか。
爺さんの処遇と、彼女たちの安全。
であれば、比べるべくもあるまい。
頼むから、このまま何事もなく終わってくれ。
北区東端、第五門の外。
しばらくぶりになる、騎士たちとの魔獣討伐。
気にし過ぎなのかもしれないが、魔獣の数が多いようにも感じられる。
少なくとも、通常個体よりもキメラ型が多いのは確かな様子。
討伐に手間取っていることが伝わってくる。
それでもどうにか戦えているのは、門の内側で休息が取れているからか。
野営中であれば、もっと雰囲気が荒んでいたように思う。
と、此処で傍観者を決め込むわけにもいかない。
≪勇敢≫
精神魔術の初級。
魔術を使い、魔獣の注意を引き付ける。
さてと、憂さ晴らしに付き合ってもらおうか。
改めて思う。
魔獣の数は異常に過ぎると。
連日に亘り、こうして討伐を続けているのだ。
にも拘わらず、何処からか湧いてくる。
雌雄同体であり、繁殖力が高いとは習ってはいた。
それにしてもだ。
毎日、何十何百と増えてはいないだろう。
あるいは。
そう、あるいは。
怪物が日々、魔獣を生み出し続けていたりするのだろうか。
あの決戦の最後のように。
色々と思惑は外れたものの、騎士の強さは把握できた。
だがしかし、果たしてこれで、怪物との決戦に耐え得るのか。
決戦時の光景が蘇る。
魔獣の群れは凄まじかった。
門の内側で、次々と生み出される魔獣たち。
得られた教訓としては、門の内側へは入れるべきではない、ということ。
あの状況へと至ってしまっては、立て直しもままならない。
門の外で、ただひたすらに魔獣の群れと戦い続ける。
ああまったく。
気の滅入る話だ。
明くる日の午後、3人が帰還を果たす。
「して、どうじゃった?」
「残念ながら。発見には至りませんでした」
「そうか」
「いや~、やっぱり東側がヤバいね~。それはもう、蠢くだか犇めくだかっていう有様さ~」
「魔獣の総数は、我々の想像を遥かに上回っているようです」
魔獣を瞬殺できるコイツらが言うのだから、相当なのだろう。
「掃討は可能そうか?」
「正直、我々だけでは厳しいでしょう。ああした集団相手ならば、魔術師向きに思えます」
「騎士では相手足り得ぬと申すか」
「単純に相性の問題です。近接、単体に於いては我々が。遠距離、複数に於いては魔術師が優れる。とはいえ、私見ではありますが」
「王国を頼れと申すか」
「我々だけでは殲滅はおろか、突破すらも不可能です」
「もうよい。苦労じゃった。ゆるりと休め」
「ハッ」
「ん」
「はいよ~」
3人が退出するのに合わせて、長い溜息が吐き出された。
「……どうやら此処までのようじゃな」
「なら、帰国するのか」
「仕方あるまい。今から王国に要請したとて、準備が整うまでに、どれほどの時間を要することか知れたものではない」
思いがけず、黒竜はいい仕事をしてくれた。
魔術師の重要性。
爺さんにも、多少は印象付けられたことだろう。
決戦時に於ける共闘も、可能性は上がる。
一方で、魔獣の総数に関しては、どうにも疑念が残る。
思い起こすのは決戦の折。
門の外の様子こそ直接見れなかったものの、局長たちの遣り取りを聞いていた限りでは、そこまで絶望的な数が押し寄せてはいなかった気がする。
それだけ魔術師の殲滅力が優れていたのか。
それとも、戦力を温存していただけなのか。
「明日撤収する。騎士たちに準備させておくよう頼むぞい」
「俺がかよ……まあいい、分かったよ」
責任を取らされた爺さんが、謹慎処分となってからしばらく経った。
相も変わらず、国境警備に従事する日々。
予定に変更はない。
魔獣を斃し、訓練を重ね、魔術の向上を目指す。
その合間に、ふと気になったことを聞いてみることにした。
「なあ、オマエはどう思ってるんだ」
「何?」
「自分の生まれについてとか、さ。エルフのとこで聞いてたろ? 爺さんに思うところはないのかってな」
「無い」
「そうか」
赤竜は割と気にしてる風だったが、白竜は違うらしい。
というか、相変わらず感情が希薄過ぎる。
それなりに長い付き合いになるが、少しも変わらない。
いや、少しは変わったのか。
命令しなくとも、会話できる程度には。
「俺なら……俺だったら許せないな」
母親がそのような目に遭わされるなど。
到底看過できるはずもない。
「何で?」
「そりゃあ、自分の所為で母親が苦しんでたなら、それこそ死んじまったってんなら──いや、すまない。無神経過ぎたな」
「母親……」
「何か、思い出とかあるのか?」
「よく分からない」
「そうか」
「母親、どんな?」
「どんなって、そうだな……」
古い古い記憶の彼方。
色褪せて、穴だらけで。
顔も声も、もうよくは思い出せない。
だがそれでも。
未だ残っているものもある。
「母さんは、何て言うか、安心そのものって感じかな」
「安心」
「ああ。一緒に居れば、抱きつけば、不安が消えた」
「興味。会える?」
「いや、随分前に死んだよ。以前、王国の東区へ行っただろ? あの廃墟がまだ町としてあったころにな、魔獣に襲われたんだ」
「そう。残念」
「ああ、残念だ。残念だとも。どうして、あの日よりも前に戻れやしないんだって……」
どれだけ繰り返そうが、両親を助けることだけは叶わない。
両親を救えたならば、先生ともマザーとも、出会うことはなかったのか。
もっと他にも、想像以上に多くの事物へと影響を及ぼすのかも。
たとえそうだとしても。
助けられるならば、迷わず選んだはずだ。
「そういや、父親はどうしてるんだ?」
母体をどうこうとは聞いたが、父親に関しては何も言ってやしなかったよな。
「知らない」
「そう、なのか」
怪物を斃したなら、地下にあるという竜の骸も必ず処分してやる。
この繰り返しの原因が竜にあるというのならば。
それだけではなく、もうこれ以上、同じような奴が生まれずに済むように。
「……できることなら、オマエとは敵対したくはないんだがな」
「敵?」
「場合によっては、な」
皇帝に、爺さんに、黒竜にと、障害は多い。
そこにコイツが加わったとしても。
それでもやる。
遣り遂げてみせる。
「──お姉様を独り占めなんて、感心しませんわね」
「あ? ってまた、勢揃いだな」
気配まで消せるようになったのか。
遠征から戻ってすぐ、取り巻きたちも黒竜の訓練を突破してみせた。
今では、同じ国境警備の一員である。
「いやーゴメンね。邪魔しちゃ悪いからって何度も止めたんだけど、聞かなくってさ」
「そのような事実はございませんわ」
「いやいや、歯軋りまでしてたじゃん」
「お姉様と二人っきりでお喋りなんてズルいです~」
「戦う?」
「おっと、それは勘弁してほしいな」
「無理無理無理無理」
「ワタクシたちではもう、お姉様のお相手は務まりませんわ」
「キミも懲りないって言うか、飽きないって言うか。卒業後も訓練を続けてたんだね」
「死にたくなけりゃ、今のうちに努力しとけ…………後悔する前にな」
「何か悲観的ぃ~」
「折角だ、俺が相手をしてやるよ。全員でかかってきな」
「ちょー生意気なんですけどー」
「絞めとく? やっちゃう?」
「どうせやるなら、負けた側は罰ゲームってことでどうかな? 勝った側の言うことを、何でも一つ聞くってね」
「おー、いいねー」
「賭け事などと、感心しませんわね」
「いやいや、そんな固く考えずにさ。遊びだよ遊び」
「悪いが金は無い。金以外にしてくれ」
「……それはおかしいですわね。騎士の御給金は、そうそう使い切れるとは思えませんが」
「金は全部、恩人のために使うって決めてるんでね」
「全部って……家を何軒買えると思って」
あれから、もう随分と時間が経ってしまった。
誰の記憶にも残ってやしない。
情けないことに、前はアイツの金を頼っちまったことだし。
少しは甲斐性ってヤツを見せてやらないとな。
「……みんなはさ、こっちが負けた場合、何されるとか考えないわけ?」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




