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4-11. 黄金色に輝く星

 ズン!

 いきなり激しい閃光が部屋に走り、強烈なエネルギー弾がルドヴィカを貫いた。

 ぐはぁ!

 胸に大穴が開き、ガクッとひざをつくルドヴィカ。


「そこまでだよっ!」

 水色の髪をゆらしながらシアンが部屋に飛び込んでくる。

 そして、右腕を激しく水色に光らせた。


「ちっ! もう少しだったのに!」

 ルドヴィカはそう言い残すとフッと消えていく。


「まてっ! あぁ……」

 シアンは攻撃体勢をゆるめ、肩を落とした。

 そして、転がっているユリアを見て大きく息をつき、助け起こす。

「あらあら、ずいぶんとやられたねぇ……」

 そう言いながら失った右腕を再生させていく。

「ご、ごめんなさい……」

 ユリアは涙をポロポロ落としながら謝る。

「戦っちゃダメって言ったよ」

 シアンはジト目でユリアを見た。

「ユリア、大丈夫か?」

 ジェイドが駆け寄ってくる。

「あれっ!? ジェイド? 部屋の外に……いたの?」 

「え? あのまま外でシアン様を呼んでたんだが?」

「じゃあ……、あのジェイドは……?」

「幻覚攻撃だね。ジェイドの映像で動揺を誘ったんだな」

 シアンは渋い顔をする。

「そ、そんな……」

「奴らは狡猾だ。強いだけじゃない、そういうからめ手にも長けてるんだ」

 ユリアはあっさりとテロリストの術中にはまった間抜けさに、ガックリと肩を落とした。


「あいつはユリアの身体のリソースを得て多くの権限を獲得しちゃった。ちょっと厄介だよ」

 シアンは腕組みをして何かを考える。

 すると、シアンはハッとした顔をしてユリアとジェイドの腕をつかむと空間を跳ぶ。

 目の前に広がる青空、そこはダギュラの街の上空だった。直後、激しい閃光が天地を覆い、ズズーン! という爆発音が響いて、下の方で宮殿が吹き飛んでいるのが見えた。


「あぁっ!」

 ユリアは真っ青になる。

 やがて立ち昇ってくる漆黒のキノコ雲。

 自分が迂闊な行動をしたばかりに大変なことになってしまった。胸がキュッとなって目の前が真っ暗になる。


 するといきなり空中に映像が浮かび上がった。

「ハーイ! みなさん、こんにちは! キャハッ!」

 上機嫌に金髪をゆらしながら手を振るルドヴィカだった。背景にはずらりと並ぶ円筒、なんとジグラートに居るらしい。

 ユリアは唖然とした。テロリストがこの星の心臓部にいる。つまり、いつでもこの星を滅ぼせる、生殺与奪の権利を握られてしまった。


「どうやってそこに行ったんだ?」

 シアンは険しい表情でルドヴィカをにらむ。

「あら、田町の方なのにそんなことも分かんないの? キャハッ!」

 ルドヴィカは楽しそうに笑う。

 ユリアの権限を奪った訳だから、海王星に行く事はルドヴィカにもできるだろう。だが、それは海王星の衛星軌道上のコントロールルームまでである。海王星の中にあるジグラートにこんな短時間で行けるわけなどないのだ。

 本当にそこにいるのだとしたらさらに上位の権限を得たという事であり、それは一万個の地球全体に対する脅威を意味している。

 もちろんシアンは宇宙を統べる存在の一翼である。今すぐジグラートに跳んでルドヴィカを吹き飛ばすことなど簡単なのだ。しかし、それを知りながらルドヴィカは姿をさらしている。何らかのワナがあると考える方が妥当だった。ルドヴィカのカラクリを解かない限り動けない。


「これ、なーんだ?」

 そう言ってさらに新たな映像を展開するルドヴィカ。そこには黄金色に輝く美しい星が映っている。

 シアンはギリッと奥歯を鳴らした。

 やがて映像がパンをして、衛星軌道上に展開されている巨大な施設が映し出される。

 それはいぶし銀の金属で覆われた、たくさんの大きな円筒モジュールで構成されており、周囲には広大な放熱パネルがまるで翼のように多数展開されている。そして、少し離れたところには薄い金属フィルムでできた広大な日よけが展開され、全体を太陽から守っていた。

 映像の奥の方をよく見ると、この施設が次々と連なっているのが分かる。巨大な惑星を一周しているのかもしれない。その異常な規模は海王星のジグラートが霞むくらいだった。















4-12. 消える六十万年


「金星だ……」

 シアンは渋い顔をしながら言う。

「金星……?」

 ユリアはその壮大な光景に見入りながら答える。

「海王星を作り出している施設だよ。テロリストがたどり着けるような場所じゃないはずなんだけどなぁ」

 シアンは腕を組み、首をかしげる。

 直後、金星のモジュールが閃光に包まれ、爆破された。

「キャハッ!」

 うれしそうな声が響き、一瞬ユリアたちの周りの風景が四角形だらけのブロックノイズに埋まった。

「きゃぁ!」

 ユリアはその異常な事態に青ざめて叫ぶ。この星の根幹が揺らいでいる。この星に息づく何億もの人たちの命が危機に瀕しているのだ。

「この星のバックアップデータはすべて破壊した。もう復元はできないよ」

 ルドヴィカはドヤ顔で言う。

 ジグラートを破壊されてもバックアップデータさえあれば復元は可能である。しかし、金星の設備を吹き飛ばしたとなると事は重大だ。ジグラートにしかもうこの星のデータは残っていない。ユリアはことの深刻さに目がくらくらした。


「何がやりたいの?」

 シアンが聞く。

「この星の自治権を要求する!」

 ルドヴィカはこぶしを握りながら叫んだ。

「なるほど、この星を人質に取ったんだな……。だが断る! きゃははは!」

 シアンはニコニコしながら答えた。

「我々がこの星を発展させてきたのよ! 勝手に取り上げていい理屈などないわ!」

「僕たちは君らに委託しただけ。欲望のままに好き勝手したら契約は終了だよ。恨むなら欲望に負けた自分を恨むんだね」

 ルドヴィカはムッとしてシアンをにらみ、こぶしを赤く光らせると近くの円筒にエネルギー弾を放った。

 ズン!

 激しい音がして円筒が吹き飛び、ユリアたちの上空から東側一帯の空が真っ黒になった。さっきまで青空が広がり、白い雲が浮いていた空はまるで異界に繋がってしまったかのように光を失い、ただ漆黒の闇が広がるばかりだった。

「自治権が得られるまでここのコンピューターを次々と壊すがいいんだな!?」

 ルドヴィカは目を血走らせながら叫ぶ。

「いいよ? でも、君も消されるよ?」

 シアンはそう言った。

「ダ、ダメです! 壊されたら困ります!」

 ユリアは焦ってシアンの腕にしがみついた。

「そ、そうだぞ! よーく考えろ! それに私に危害が及ぶと自動的に金星のどこかがまた爆発するようになってる。下手な考えは止めろ!」

「やれば?」

 シアンはうれしそうに即答する。

 ユリアもルドヴィカも唖然とする。数多(あまた)の命のかかわる貴重で重大な施設を『壊してもいい』とにこやかに言い放つシアン。二人とも言葉を失ってしまう。

「いいか? ここの施設は六十万年かかって作られているんだぞ? それを壊されていい訳がないだろ!」

 ルドヴィカは焦って吠える。

「んー? また六十万年待てばいいだけでしょ?」

 シアンは首をかしげながら、こともなげに言った。

 ユリアは背筋がゾッとした。シアンは本気でそう思っているのだろう。百万個の星々を統べる神々にとってみたら一万個の地球が吹っ飛び、六十万年の成果が失われることも些細なことなのかもしれない。しかし、ユリアにとってはこの星がすべてなのだ。この星が消されてしまうのは絶対に避けなくてはならない。

「よーし、それなら全部ぶっ壊してやるぞ! 本当にいいんだな?」

 ルドヴィカは激昂して叫ぶ。

 シアンは腕組みをしながら何かを考えている。

 ユリアはジッとシアンを見つめる。シアンがこうしている時は裏で何かを行動している時なのだ。

「おい! 何か言えよ!」

 ルドヴィカは再度こぶしを赤く光らせ叫ぶ。

 半分、青空を失ってしまった地球。ユリアはその漆黒の空を眺め、何かできる事が無いか必死に考える。そしてブレスレットのことを思い出した。

 そしてそっと右手をブレスレットにかける。

 ルドヴィカが本気でジグラートを破壊しようとしたらこれを引きちぎるしかない。それでこの星は守られるのだ。だが、それはオリジナルな宇宙をこの世界に展開すること。自分の命の保証も何もない無謀な最終手段なのだ。

 ユリアの頬にツーっと冷や汗が流れる。


『ねぇ、二十秒、時間稼いで』

 シアンからテレパシーが届いた。シアンなりに解決策が見つかったらしい。

 ユリアは出口が見つかったことに安堵を覚え、ぐっと下腹部に力を込めるとルドヴィカに声をかけた。

「あ、あのぉ。私、ルドヴィカさんの言うこと分かるんです」

『後十五秒……』

「ちやほやされてきた大聖女に何が分かるって言うんだよ!」

 ルドヴィカは酷い形相で叫ぶ。

『後十秒……』

「あー、大聖女は大聖女で苦労あるんですよ? ま、それは置いておいてですね、私の話を聞いて……」

『後五秒……』

「あっ! 時間稼ぎだな! チクショー! 死ねぃ!」

 そう叫ぶと、ルドヴィカはジグラートの外壁に向けて鮮烈な赤い閃光を放った。





4-13. 輝くデジタルの赤ちゃん


「えっ!?」

 悪夢のような光景が展開される。

 あと数秒、あと数秒が届かなかった。

 画面の向こうでジグラートに大穴が開き、爆発を起こしながら円筒が吹き飛ばされていく。

 この星が消える。多くの命が消える。ユリアは目の前が真っ暗になった。

 また失敗してしまった……。

 ユリアの失敗が重なり今、全てが崩壊していく。

 南側に見えていた広大な海が次々と漆黒の闇に飲まれ、消えていく。この国が、多くの人たちが消え去ってしまうのはもう時間の問題だった。

 ユリアはギュッと奥歯をかみしめると、全てを覚悟し、目をつぶる。そして一つ大きく息をつくと、右手に神力をこめてブレスレットを引きちぎった。


 パン! パリパリパリ……。

 ブレスレットから勢いよく光の微粒子が噴き出し、吹雪のようにユリアたちを覆って黄金色にまぶしく輝く。

 光の微粒子は細かな『1』と『0』の形をしており、それが勢いよくユリアたちの周りを飛び回っていた。

「うわぁ!」「きゃぁ!」

 何が起こったのか混乱していると、やがてその一部が集まって来て雲のようになっていく。

 唖然としてその様を眺めていると、そのうちに雲は空を飛ぶかわいい赤ちゃん天使の姿へと変わり、にこやかに微笑んだ。

 その微笑みは優美で慈愛に満ち、その神聖な輝きは心を温める。

「えっ……?」

 ユリアが思わず赤ちゃんに見入ると、直後、赤ちゃんの顔がいきなり数メートルの大きさに巨大化し、大きく口を開く。

 三人があっけにとられた直後、赤ちゃんはユリアをパクリと飲み込み、激しい閃光を放った。


「ユリア――――!」

 ジェイドが絶叫する。

 しかし、その叫びもむなしく、ユリアはバラバラに分解され、光の中へと溶けていったのだった。


        ◇


 シアンとジェイドは海王星のコントロールルームに飛ばされる。

 金星はかろうじてシアンの対処で事なきを得たが、ルドヴィカの自爆によって星は失われ、同時にユリアも消えてしまった。

 窓の外にはただ、紺碧の海王星が満天の星々の中に美しく(たたず)んでいる。


 ジェイドはひどくショックを受け、ただ海王星を眺め、呆然としていた。

「ユ……ユリア……」

 シアンはポンポンとジェイドの肩を叩いて言う。

「ユリアはブレスレットであの星を守ったんだよ」

 だが、ジェイドには理解できない。

「守った……って、どう守られて、ユリアはどこにいるんですか?」

「それは……、分からないよ。少なくともこの宇宙からは消えてしまった」

 シアンは肩をすくめた。

「そ、そんな……」

 ジェイドはひざから崩れ落ち、愛するものを失った現実を受け入れられず、海王星の青い光を受けながら、ただ虚ろな目で動かなくなった。


          ◇


「それー行ったぞー」「まって、まってー」「キャハハハ!」

 子供たちの遊ぶ楽しげな声が聞こえる。


 気がつくとユリアは気持ち良い芝生の上に寝転がっていた。澄みとおる青空に、ぽっかりと浮かぶ白い雲。そして燦燦(さんさん)と照り付ける太陽。

 ゆっくりと体を起こすと、そこは公園だった。多くの家族連れがピクニックを楽しみ、子供たちがボールを蹴って楽しそうに遊んでいる。


「あれ……? ここはどこ?」

 ゆっくりと体を起こすと、白い建物が見える。見覚えのある建物……。

「えっ!?」

 なんとそれは王都の王宮だった。しかし、なぜ王宮が公園になっているのか分からず、ユリアは混乱して二度見をした。

 そして振り返って思わず素っ頓狂(とんきょう)な声を出した。

「はぁ!?」

 そこには超高層ビルが林立していたのである。

 東京で見たビルよりもずっと高く、カッコよいビル群が、その個性を競うあうようにひしめき合っていた。そして、そのビルの間を多くの乗り物が飛び回っているのが見える。まさに未来都市だった。


 ユリアは唖然とする。ここは王都、ユリアの星である。しかし、もはや別の星のように見えた。

 フラフラと立ち上がり、王宮の方へ歩いて行く。花の咲き誇っていた広大な庭園が今は公園となって一般開放されているようだった。

 王宮の前には銅像が建てられていた。威厳のある高齢の紳士が指先をまっすぐに前にのばした像。銅像の足元はみんなに触られていて、そこだけツヤツヤに赤銅色に輝いている。

 プレートを読んでユリアは固まった。

『初代大統領アルシェ・リヴァルタ 享年85歳』

 なんと、この像は老人になったアルシェの像だったのだ。

 解説を読むと、百年ほど未来に自分は来てしまったらしい。

「ア、アルシェ……」

 予想もしなかった事態にユリアは動揺し、涙をポロリとこぼす。

 ユリアがブレスレットを破壊したおかげでこの星は守られ、アルシェはその中で国を盛り立て、今、夢のような発展を遂げた……ということだろうか?

 素晴らしい発展……それはまさにユリアの描いた理想をはるかに超え、東京すら超えた理想郷となっている。

 だが、ユリアが知っている人、パパもママも誰も生き残っていないだろう。ユリアは摩天楼を見上げながら途方に暮れ、

「な、なんなのよ……これ……。ねぇ、アルシェ……」

 そう言いながら静かに涙を流し、銅像の台座にヨロヨロともたれかかると、アルシェ像の足元をさすった。
















4-14. 絶対神ユリア


「そ、そうだ、ジェ、ジェイドは?」

 ユリアは周りを見回したが、転送されてきたのはユリア一人のようだった。目をつぶって必死にジェイドの気配を探ってみても、それらしきものは見つけられない。

「えっ!? 私一人だけ?」

 この摩天楼そびえる大都市で、ユリアは一人ぼっちになってしまったことを知り、愕然(がくぜん)とした。

「う、嘘よね……、まさか」

 楽しそうな家族連れ、子供たちが遊ぶ中でユリアは一人呆然として立ち尽くす。


「シ、シアンさん……、そうよシアンさんならどこかにいるはずだわ」

 ユリアは心を静め、神の回線を開き、シアンを呼ぶ。

 しかし、応答がない。

「そ、そんなはずはないわ! シアンさん、シアンさん!」

 ユリアは心の奥で強くシアンをイメージする。水色の髪をした可愛い女の子、でも中身は底知れない強さと神秘に彩られた『神様の娘』。六十万年を平気で待てる彼女なら百年程度で消えるはずなどないのだ。

「シアンさん……シアンさん……」

 ユリアは感覚を全開にして深層意識の中でシアンのイメージを追う。

 すると、覚えがある雰囲気を肌に感じた。

「あっ!」

 ユリアは目を開けて辺りを見回す。

 すると、初めて会った時のように上空から光をまといながら降りてくる人影が見える。

「シアンさーん!」

 ユリアは思わず両手を振って叫び、シアンはユリアの前に着地した。

 しかし、降り立ったシアンはいつもと様子が違う。

「ユリア様、お呼びでしょうか?」

 そう言いながら胸に手を当てて頭を下げたのだ。その予想外の応対にユリアは困惑しながら聞く。

「えっ? ど、どうしたんですか?」

「どうと言われましても、ユリア様はこの世界の神であらせられます。私は神に創られた(しもべ)に過ぎません」

 ユリアは困惑する。見た目も声もシアンそのままなのに、中身はシアンではないのだ。

「ちょ、ちょっと待ってください。私がシアンさんを創ったってどういうことですか?」

「この宇宙はユリア様の想いによって生まれ、ユリア様の観測によって事象が確定しています。無限の可能性の中から選ばれた(しもべ)の姿、それが今の私です」

 シアンはらしくない真面目な顔で言う。

「えっ!? この宇宙は私の宇宙なんですか?」

 ユリアは混乱した。さっきまでいた宇宙は誠を中心に回っていた。誠が未確定の所を確定させていき、宇宙の形が作られていたのだ。だが、この宇宙は自分を中心に回っているという。

「私が思ったことがこの宇宙に反映されるって……こと……ですか?」

 ユリアは恐る恐る聞く。

「その通りです。頼れる人が欲しいと望まれ、そのイメージとしてシアンという方を選ばれたので私が創られました」

 ユリアが作り出した新しいシアン『ネオ・シアン』はクリッとした(あお)い瞳で淡々と説明する。

「えっ!? じゃあ、誠さんの世界の人とはもう会えない? ジェイドは?」

「私はジェイドという方を知りませんが、私と同じように創ることはできます」

 ユリアは愕然とした。この世界は自分の思うがままになるとんでもない世界だった。しかし、それでも誠の世界の人を連れてくることはできないらしい。

「えっ……、わ、私が創ったのじゃなくて、オリジナルなジェイドがいいの!」

「他の宇宙から人を連れてくることは不可能です」

 ネオ・シアンは無慈悲に言った。

「そ、そんな……」

 ユリアはガクッとひざから崩れ落ちる。最愛の人ジェイドともう二度と会えない。ユリアはこの世界で一人ぼっちになってしまったのだ。

「ジェ、ジェイド……。うっうっうっ……」

 ユリアはポロポロと涙をこぼす。宇宙を超えて離れ離れに引き裂かれた二人、もう二度と会うこともできない。

 知り合いが一人もいないこの未来都市で、自分はどう生きて行けばいいのだろう? いくら本当の神になっても一番欲しい物は手に入らない。そんな馬鹿な事があるだろうか?

 しばらくユリアはこの理不尽な世界を恨み、絶望する……。


「そうだ! おうちにいるかも!」

 ユリアはバッと顔を上げた。

 ジェイドがアルシェと同じくこの星に残っていたら、今もオンテークのあの棲み処にいるかもしれない。

 残された最後の可能性に一()の望みを託し、ユリアはネオ・シアンの手を取って急いでオンテークの山へと空間を跳んだ。
















4-15. 朽ち果てた思い出


 森の上空に瞬間移動してきたユリアたち――――。

 オンテークは以前と変わらず壮大な火山としての威容を誇り、広大な森の中にそびえていた。百年経っても開発の手は入っていないらしい。

 近づいて行くと断崖絶壁に開いた洞窟は崩落し、入り口が埋まっている。

「へっ……!?」

 ユリアは両手で口を押さえ、真っ青な顔で震えた。

 どう見ても誰かが住んでいるようには見えない。


 ユリアはフラフラと埋まった入り口にたどり着くと、崩落している岩のすき間をぬって奥へと進んだ。中はカビ臭くジメジメとしており、長く誰も住んでいないように見える。

 神殿まで来ると、カビとホコリで純白の大理石は黒く汚れていた。

「酷い……」

 ユリアは肩を落とし、目に涙を浮かべながらトボトボと神殿の奥を目指す。

 扉が朽ち果て、床に散乱し、無残な姿をさらしているのを乗り越え、突き当りの部屋まで来たが……、そこもただの廃墟だった。

 二人の想い出のベッドはただの朽ちた木片となり、原形をとどめていない。

 ユリアはヨロヨロと近づき、そっとその木片を拾い、そしてグッと握りしめ嗚咽を漏らした。

 二人の大切な思い出は朽ち果て、ジェイドはこの星にはいないのだという事が分かってしまった。

「結婚するって……約束……したのに……」

 ユリアはもう身体を支える事も出来ず、そのまま木片の上に崩れるように倒れ込むと、大声で泣く。

 しばらく洞窟の廃墟にはユリアの悲痛な泣き声が響き渡っていた。


           ◇


「あのぉ……」

 ユリアが泣き疲れ、呆然自失としていると、ネオ・シアンが話しかけてきた。

 ユリアはうつろな目でネオ・シアンを見る。

「何かヒントをもらってたりしないですか?」

「ヒント?」

「もしですね、私の元となった方が私と同じ考え方をする人であれば、こんな状況を放置しないと思うんですよね」

 ネオ・シアンは首をかしげて言う。

 ユリアは必死に考えてみるが、オリジナルのシアンは『ブレスレットを引きちぎったらどうなるか知らない』と言っていたのだ。ヒントなど残さないだろう。

「そんなのは……聞いてないわ」

 ユリアは首を振った。

 だが、ここでふと違和感がよぎった。シアンは好奇心旺盛で、研修期間中もいろんなチャンスを逃さず知識を増やそうとしていた。だとしたら、『知らないから何もやらない』なんてことあるだろうか? 何か少しでも情報を集められるような工夫をしてる方が妥当ではないだろうか?

 この星が新たな宇宙になる可能性があるなら、なった後に情報を収集できる仕組みを残しておいてもおかしくない。

「そうよ!」

 ユリアはガバっと飛び起きた。

 何かを残すとしたらどこか? それは長く人目に触れない所、そして、ユリアが必ず訪れる所……。ここだ。ここ以外考えられない。

 ユリアは神の力で部屋全体をくまなくサーチしていく。部屋が終わったら廊下、キッチン、そして神殿。最後に残された手掛かり、それにすがるように洞窟の中を隅々まで必死にスキャンする。

 しかし、何もそれらしきものは見つからない。

「絶対何かあるのよ!」

 ユリアは自らを鼓舞し、再度丁寧に探し始める。壁の中に天井に床に大理石の中まで丁寧に調べつくしていった。

 だが、何時間かけても何も見つからなかった。

 ユリアはうなだれ、泣きべそをかきながら立ち尽くす。

「だ、大丈夫……ですか?」

 ネオ・シアンが声をかける。

 ユリアはバッと顔を上げると、

「こんな汚いから気分が滅入るのよ! 生活浄化(クリーナップ)!」

 そう言って両手をバッと上げると、神殿全体に全力の浄化魔法を放った。

 神殿全体がブワッとまばゆい輝きに包まれ、長年染みついた汚れが分解され、浄化されていく。

 と、この時、壇上の供物台の上の空中に、光り輝く立方体が見えた。

「へっ?」

 ユリアは一瞬目を疑った。なぜ、空中に浄化される場所があるのか?

 光がおさまるとそれは見えなくなったが、よく見ると、そこの部分だけ背景の模様が少しずれて見える。光学迷彩だった。










4-16. 宇宙の特異点


「あったわ!」

 ユリアは飛びあがらんばかりに喜ぶと、神の力を使ってつついてみる。

 すると、ビシュワァァ! という炭酸がはじけるような音がして立方体が姿を現す。それは淡く青色の光を帯びた水槽のような、明らかに異質な存在だった。ガラスのような透明な立方体は、深い透明な湖の様な澄み通った青をたたえ、中心部は深い闇に沈んで見える。

 ユリアがその美しい青に見入っていると、立方体はピコーンという電子音を放ち、激しく輝きながらビュオォォォとつむじ風を巻き起こした。

「うわぁ!」

 ユリアは顔を覆ってしゃがみこむ。

 立方体はするすると降りてきて供物台の上に乗ると、また静かな青い箱に戻った。

 ユリアとネオ・シアンは顔を見合わせ、お互いうなずくと、そーっと立方体に近づいてみる。

 すると、立方体の上に小さなシアンの立体映像が現れる。

「やぁ! シアンだよ! ユリアは元気?」

 シアンは腰に手を当ててニコッと笑って言う。

 その、相変わらず空気を読まない発言に、ユリアはムッとして、

「元気な訳ないじゃない……」

 と、口を尖らせた。

「この箱は通信装置、僕の宇宙とユリアの宇宙を繋げちゃうぞ! 必要な事は二つ。はい、メモの用意して!」

「えっ!? メ、メモって!?」

 慌てふためくユリアに、ネオ・シアンがペンとノートをすっと差し出す。

「ありがと。凄く用意いいのね?」

「そのようにユリア様がお創りになりましたので」

 うやうやしく答えるシアン。

「では、一つ目! ユリアの世界が僕の宇宙と同じ構造をしてるって認識して。つまり、金星があって、海王星があって、ジグラートがあって、そこのコンピューターがその世界を作っているとしっかりと認識するんだ。ユリアがそう認識しさえすればその宇宙も僕の宇宙と同じ構造に確定する。互換性がでるんだね」

「に、認識……するだけ……なの?」

 ユリアはメモを取りながら首をかしげる。『神様の仕事は認識すること』という概念がまだピンとこない。

「続いて二つ目! この箱の上の穴からブラックホールを入れて。以上! 待ってるよ!」

 そう言うと映像のシアンは笑顔で手を振りながら、フッと消えていった。

「あっ! ちょっと待って……」

 あっけなく終了した映像にユリアは戸惑う。

「ブラックホール入れるだけで通信って、シアンさんってすごい方ですね……」

 ネオ・シアンは感心している。

「ブラックホールって……何?」

 ユリアは眉をひそめて聞く。

「宇宙の特異点ですよ。地球をコインの大きさくらいにギュッと潰した奴です」

「いやいやいや、そんなことできないわよ」

 ユリアはあまりに常識はずれな話に思わずのけぞる。

「あ、作らなくてもいいですよ。きっと宇宙にはたくさんマイクロブラックホールが漂っているので、それを一つ捕まえれば」

「え? ど、どうやって捕まえるんですか?」

「ユリア様は神様です。ここにマイクロブラックホールがあるはずだ、と本気で思いこめばそこにやってくるんだと思いますよ?」

「そ、そういうものなの? でもそれって……、すごく危険じゃないですか?」

「そうですね、地面に落としたらこの星全部吸い込まれちゃいますからねぇ」

 ネオ・シアンはうれしそうに言う。

 ユリアは背筋にゾッとするものを感じた。しかし、今さらやめる訳にもいかない。

 大きく息をつくと言った。

「じゃあ、手伝ってくれる?」


         ◇


 ユリアはまず、互換性が出るように必死に宇宙を認識する。ジグラートで見たあの光コンピューターのきらめきが自分を洞窟を、オンテークの森を、森に息づく動物たちを形作っていることを丁寧に想像し、認識した。

 一通り認識し終わると、海王星まで行って確認をする。

 海王星はどこまでも澄みとおる深い碧をたたえ、大宇宙にたたずんでいた。ユリアは静かにその様子を見つめ、そしてジグラートの内部の動作も感じてみる。

 自分が作る世界、間違いがあれば世界そのものが簡単に滅んでしまうだろうし、ジェイドとも二度と会えなくなってしまう。

 ヴィーナに見せてもらった元居た世界のジグラートとの差異がないか、思い出せる範囲で必死に確認を続けていく。そして、最後に大きく息をつくと、ユリアはゆっくりとうなずいた。















4-17. ドラゴンの覚悟


 続いて神殿に戻ってブラックホールを呼んでみる。

 失敗するとこの地球ごと吸い込まれて滅んでしまう危険な試みなので、ネオ・シアンと手順をしっかりと検討し、安全で確実な方法を選んだ。


 スゥ――――、……、フゥ――――。

 スゥ――――、……、フゥ――――。


 ユリアは立方体の前で両手を向かい合わせにし、深呼吸を繰り返すと深層意識に自分を落としていく。

 宇宙が生まれた時にたくさん作られたというマイクロブラックホール。蒸発せずに残っているものをイメージし、それがユリアの手の間にやってくることを認識する。仮想現実の世界に本物のブラックホールを呼ぶわけなので、AR(拡張現実)の逆版のような特殊処理が必要であるが、この辺りは最終形態を認識すれば自動的に補完されていくだろう。何しろユリアはこの世界の在り方を決める神なのだ。


 薄目を開け、深層意識にどっぷりとつかり、虚ろな目で宇宙とシンクロするユリア。

 やがて激しい閃光がバチバチとユリアの両手の間に瞬き、直後、ブゥンという重低音が響いて漆黒の球が手の間に生まれた。その玉の周りは強烈な重力で空間が歪曲し、レンズのように向こう側がゆがんで見えている。

 ユリアは、落とさないように細心の注意を払いながら、そっと立方体の上に開いた穴にブラックホールを合わせ、ゆっくりと下ろしていく。

 すると、ボシュッ! という軽い爆発音とともに激しい光を放った。

「きゃぁ!」

 目がくらんだユリアは思わずのけぞる。

 バリバリバリ! と、激しい衝撃音を放ちながら閃光を放ち続ける立方体。一歩間違えたらこの星全体が吸い込まれかねない、究極の存在であるブラックホールが放つ衝撃に、ユリアは思わず冷や汗が浮かぶ。

「ブラックホールの事象の地平面の向こうは、全ての宇宙の根源に繋がってるんですよ」

 ネオ・シアンはうれしそうに説明してくれる。

 なるほどそういう理屈だというのは良く分かったが、全てを押しつぶす究極の存在をどうやって活用するのかユリアにはさっぱり分からなかった。


 やがて徐々に穏やかになっていく立方体。光がおさまると、供物台の上には四次元超立方体がウネウネと動いていた。それは立方体の中から小さな立方体が現れて新たな大きな立方体に変形していくのを繰り返す、奇妙な物体であり、ユリアは怪訝そうにそれを見つめる。


 いきなり、ガッガ――――ッ! と、ノイズが上がった。そして、


「ユ、ユリア、いるか!?」

 と、ジェイドの声が響く。

「ジェ、ジェイド――――!」

 ユリアは思わず絶叫した。

 そして、

「ジェイドぉぉ……」

 と、(うめ)きながら涙をポロポロとこぼす。

「ユリア! 無事か?」

「うっうっうっ……。ぶ、無事なんかじゃないわ! ジェイドのいない人生なんて生きていけない」

 そう言って顔を覆った。

「そ、そうか……」

「ねぇ、助けて……ジェイド」

 ユリアは疲れ果て、うなだれながら絞り出すようにつぶやく。

 ジェイドは少し考えると隣のシアンに頼む。

「何とかして我をユリアの所へ送ってもらえませんか?」

「この通信はブラックホールを経由して送ってる。人を送るのは到底無理だね」

 シアンは肩をすくめる。

「この世界は情報で出来てるんですよね? だったら我を構成してるデータを伝送すれば行けませんか?」

「理屈上はそうだよ。でも、受信側に身体を再構成するシステムの開発が必要だし、データ量が膨大でこんな音声通信経路で送るのは現実的じゃない」

 シアンは首を振る。

 沈黙が場を支配し、サーッというノイズだけがかすかに響く。

 声しか届かない、宇宙に隔てられた二人。それはむしろ切なさを掻き立てるだけの酷な状況だった。

「ねぇ、ジェイド。私を……温めて……」

 震える声でつぶやくユリア。

「ユリア……」

 ジェイドは悲痛な顔で考えこむ。

 そして、大きく息をつくとシアンに言った。

「魂だけ向こうに送ってください」

「えっ!? 身体を捨てるってこと!?」

 シアンは驚く。

「向こう側でユリアが作った身体に我の魂を送れば、実質行けることになりますよね?」

「そうだけど、身体は魂の容れ物。容れ物が変わったら魂も変質しかねないよ? 自我が崩壊しちゃうかも」

 シアンは渋い顔をする。

「大丈夫です。どんな身体に入っても我は我、ユリアを愛する気持ちは変わりません」

 ジェイドは真剣な目で言い切った。

「宇宙を渡る魂の転送なんてやったこと無いよ? 失敗して狂っちゃうかもよ?」

「ユリアがいない暮らしなど死んだも同じです。問題ないです」

 爽やかに笑うジェイド。

「ジェ、ジェイドぉ……」

 話を聞いていたユリアは、涙をポロポロとこぼしながらジェイドの覚悟に震える。

「分かった! 面白いじゃないか」

 シアンはニヤッと笑う。そして、ユリアに聞く。

「と、いう事だ。ユリア、魂だけのジェイドは受け入れられるか?」

「え?」

 いきなり振られてユリアは悩む。自分の創った身体にジェイドの魂が入ったら、それは本当に今までと同じジェイドになるのだろうか? 変わらず愛しあう事はできるのだろうか?

 ユリアは眉間にしわを寄せ、口を真一文字にキュッとむすんだ。


 だが、彼は自我崩壊のリスクを承知で宇宙を渡ると言っているのだ。その彼の覚悟があればうまくいくに違いないし、自分もその覚悟に応えたい。

 ユリアは手で涙をぬぐうと大きく息をつき、言った。

「大丈夫です。お願いします!」













4-18. プリンセスのキス


 シアンはウンウンとうなずいて言った。

「じゃあ、ジェイドの身体はお願いできるかな?」。

「な、何とか……。こっちに私の創ったシアンさんがいるので、手伝ってもらって創ります」

「へっ!? 僕のコピー? なるほどなるほど……。じゃあ、そっちのシアンちゃん、手伝ってくれるかな?」

 ネオ・シアンはいきなりシアンに呼ばれて緊張した面持ちで答える。

「は、はい! 頑張ります!」

「きゃははは! 同じ声してる!」

 シアンはうれしそうに笑った。

「オッケー! じゃ、二人でジェイドの身体創っておいてね。ちょっとなら自分好みに改造してもいいよ?」

 シアンは余計な事を言う。

「そんな事しません! 忠実に思い出して創ります!」

 ムッとするユリア。

「ふふっ、夜に強くしとくのも……いいよ」

 ニヤけるシアン。

「えっ……? よ、夜……?」

 ユリアは黙り込み、微妙な空気が流れる。

「ちょ、ちょっと待って、何か不満があるなら……改造する前に我に教えてくれ」

 ジェイドが焦る。

「ふ、不満なんて……、ない……のよ?」

 歯切れの悪いユリア。

「その辺は二人で調整して! じゃあ、そっちのシアンちゃん、これから設計図送るからちょっと見てみて」

「わ、わかりました!」

 その後、ネオ・シアンはシアンから伝送に必要な機器の開発の説明を受けていた。


      ◇


 数日後、ユリアの準備する神殿にはベッドが用意され、ジェイドの身体が横たえられていた。

 ジェイドの頭には脳波を測る時に使うような電極が設置され、コードで四次元超立方体へと繋がっている。

「ハーイ! 準備はいいかな?」

 シアンの声が響く。

「はい、言われたように準備しました」

 ユリアが答える。

「では、接続チェック!」

 そう言うと、立方体がウネウネしながら虹色にキラキラと光り、ジェイドの身体が淡く蛍光する。パシパシパシと、シアンが画面をタップしている音が静かな神殿にかすかに響いた。


「ふふっ、ユリア、やるわね」

 シアンはニヤッと笑う。

「え? 何もしてませんけど? これが私の記憶の中のジェイドです」

 ユリアはうれしそうに答える。

「はははっ、まぁ、ジェイドも納得してるなら口出すのは野暮だな。じゃ、行くよ!」

 シアンがそう言うと、立方体はバリバリと音を立てながら激しく閃光を放ち始めた。

 ユリアは手を合わせて必死に祈る。


 しばらく神殿には激しいノイズが響き続け、ユリアは微動だにせずただ祈り続けた。宇宙を越え、ブラックホールからやってくる愛しい人の魂。この想像を絶する挑戦が今、目の前で行われている。

「成功する、成功する、成功する、ジェイドがやってくる……」

 ユリアはブツブツと唱えながらただひたすらに祈り続けた。

 やがて音が止み、

「ハーイ、終わったよー」

 と、シアンの声がする。

 ユリアはバッと立ち上がり、ジェイドを見つめる。しかし、ピクリとも動かない。

 そっとジェイドの手を取って様子を見るが、手にも全く力が入っていない。

「ダメです! ジェイド、動かないわ!」

 ユリアは青くなって叫ぶ。

「王子様が目覚めるにはお姫さまのキスがいるんだよ」

 シアンはニヤニヤしながら言う。

「キ、キス!?」

 目を丸くするユリア。

 ネオ・シアンは気を利かせて目をつぶって向こうを向いた。

 ユリアは大きく息をつくと、ジェイドの頬を心配そうにそっとなで、ジェイドの顔をじっと見つめた。すると、薄目が開いて目が動いたのを見つける。

 ユリアはうれしそうにニコッと笑うと、静かに唇を合わせた。ジェイドは両手でユリアを抱きしめ、会えなかった時の寂しさを埋めるように舌を絡め、それに応えるようにユリアも激しくジェイドを求める。

 会えなかったのはたった数日、でも、それは二人にとっては絶望が心を締め付ける耐え難い時間だった。二人は時間を忘れ、お互いの愛を確認し合う。

 ネオ・シアンはシアンに、

「成功しました」

 と、小声で伝えると、気を利かせて神殿を離れた。













4-19. 病める時も、健やかなる時も


「ハイ、できましたよ。お綺麗です」

 ウェディングドレスを着飾ったユリアのダークブラウンの髪に、ネオ・シアンがティアラを付けながら言った。

 今日は二人の結婚式。ネオ・シアンが全てを整えてくれて、これからチャペルへ行く事になっている。

「うふっ、ありがと!」

 ユリアは鏡を見ながら満足そうに微笑み、純白のタキシードに身を包んで待っているジェイドの所へと行った。

「おまたせー」

「おっ! おぉ……。 ユ、ユリア……綺麗だ……」

 ジェイドは格段に美しくなったユリアを見て感激し、ユリアはちょっと照れて頬を赤らめる。


「それではチャペルへ行きますよ~」

 ネオ・シアンが手を高く掲げ、二人を連れて空間を跳んだ。


 花の咲き誇る庭園の向こうにたたずむチャペルは、気持ちの良い日差しを受けて白く輝いている。そして、その背景には個性的でオシャレな超高層ビル群がずらりとそびえていた。

「わぁ! なんだかすごいチャペルね」

 ユリアはうれしそうに言った。

 百階を超えるビル群は日本のビルと違って途中階にエントランスがある。この星には魔法があるので、自動車もバスも普通に空を飛んでいるのだ。高さ百メートルおきに設けられたエントランスの前には道が作られ、隣のビルとの間を繋いでいる。

 見ると、チャペルも庭園ごと宙に浮いている。超高層ビル群に囲まれた公園の上空にいるらしい。


「さぁ、こちらへ……」

 ネオ・シアンは二人をエスコートする。

 すると、チャペルの入り口の前に老夫婦が立っていた。老夫婦はユリアを見ると温かいまなざしを向け、うれしそうに微笑む。

「えっ!? も、もしかして……」

 ユリアはその見覚えのあるまなざしに思わず駆け出す。近づいて行くと、それはやはり両親だった。

「パパ、ママ――――!」

 ユリアはポロポロと涙を流しながら二人に抱き着いた。

 最後に見た時は三十代だった二人はもう白髪でしわだらけ、だが、優しい微笑みは昔のままだった。もう会うことは叶わないとあきらめていたパパとママに会えて、ユリアは涙が止まらなくなる。

「立派になったねぇ」

 パパはユリアの髪をなでながら優しく語りかける。

「ジェイドに……私の旦那さんに会って欲しかったの……ごめんなさい、遅くなって」

「いいのよ、あなたが幸せなら。それが私たちにとって何よりのことなんだから」

 ママはそう言って、ユリアの頬を流れる涙をそっとハンカチで拭いた。

「もう死んじゃったかと思ってた……」

「あら、もうとっくに死んでるわよ。生きてたら百四十歳越えてるもの」

「えっ!?」

「あの女の子が特別に命のスープに溶けていた私たちを連れて来てくれたの」

 そう言って、ネオ・シアンを指さした。

「本当は良くないんですが、私の独断で呼びました。長時間は無理ですが、短時間なら影響ないかと……」

 シアンは恐る恐る言う。

「ありがとう……」

 ユリアはネオ・シアンにお礼を言うと、両親にジェイドを紹介した。


           ◇


 結婚式が始まった。

 ドラゴンの幼生の化身だという、銀髪碧眼の可愛い幼女がバスケットに入った花びらをパラパラと振りまきながら赤いじゅうたんを歩き、先導する。

 ユリアとパパは腕を組みながら幼女の後ろを歩き、出席の人たちに頭を下げながら進む。そこには最近仲良くなった人たちに加えて、田町の神様たちも揃っていてにこやかに小さく手を振ってくれる。


 正面の段のところまで来ると、老紳士が司会としてジェイドと立っていた。その瞳にはエンペラーグリーンの輝きが見える。

「えっ!?」

 思わず目を見開くユリア。

「ユリア、おめでとう」

 髪はすっかり真っ白となってしまったが、それはアルシェだった。

「ア、アルシェ……」

 ユリアはアルシェの手を取ってポロリと涙をこぼした。

「美しい……。君はあの日のままじゃのう」

 アルシェも涙ぐんで言った。

「この国をこんなに発展させてくれてありがとう。途中で放り出したみたいになってしまって悪かったわ」

 ユリアは謝る。

「いやいや、ユリアの構想が良かったんじゃよ。ワシはただそれを愚直になぞっただけじゃ」

「でも、銅像、見たわよ。今もみんなに愛されているじゃない」

「何言っとるんじゃ。ユリアたちの方が余程愛されとるよ。見てごらん」

 そう言ってアルシェは壇上に大きく飾られた国旗を指さした。国旗には法衣をまとった女性と火を噴くドラゴンが描かれている。

「えっ!? これ、私たちなの!?」

「そう、君たちはこの国の誇りであり、象徴なんじゃ」

 アルシェはニッコリとほほ笑んだ。

 ユリアはジェイドと目を見合わせて苦笑する。まさか百年放っておいた自分たちを覚えている人がいるなんて、それも国旗になるレベルで残っているとは想像もしなかったのだ。

「大聖女とドラゴンが国を統一し、王制を廃し、先進的な民主主義へ移行して我々の発展がはじまった。この国の教科書の最初に書いてある事じゃよ」

「きょ、教科書に!?」

 目を丸くするユリア。

「はっはっは。クーデターを持ちかけられた時はこんなことになるなんて、思いもせんかったよ」

「無理を聞いてもらって……。悪かったわ」

「いやいや、正解じゃったよ……」

 アルシェは目を細める。そして大きく息をつくと、

「それでは結婚式を始めよう」

 張りのある声でそう言った。

 そして、二人を並ばせて開式を宣言する。

「新郎ジェイド、あなたはユリアを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」

「誓います」

 うなずくアルシェ。

「新婦ユリア、あなたはジェイドを病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」

 ユリアはジェイドをじっと見つめ、

「誓います」

 と、ニッコリと笑った。

 そして、指輪を交換し、誓いの口づけをする。


 パチパチパチパチ

 列席のみんなから祝福を受け、二人は正式に夫婦となったのだった。




















4-20. 空飛ぶオープンカー


 チャペルを出ると、オープンカーが二人を待っていた。

「えっ!? 何これ?」

 驚くユリア。

「何って、これからパレードですよ」

 ネオ・シアンはニコッと笑って言う。


 うわぁぁぁぁぁぁぁ! うぉぉぉぉぉぉ!

 まるでサッカースタジアムでゴールが決まった時の様な、怒涛の歓声が高層ビル群に響き渡った。

「えっ!?」

 驚いて見回すと、なんと、周り一面人人人……。高層ビル間の道も公園の中も周りの道も全部人で埋め尽くされていた。そして、みんなユリアとジェイドの描かれた小さな国旗を手に振っている。

「ど、どういうこと?」

 唖然としていると、パリッとしたスーツを着た青年がやってきて言う。

「第三十一代大統領のアルシェ・リヴァルタ三世です。本日はご結婚おめでとうございます。国民が皆お祝いしたいと今日は詰めかけております。ぜひ、一周して手を振っていただけませんか?」

「だ、大統領……。あ、そ、そう? まぁ、手を振るだけなら……」

 ユリアはジェイドと顔を見合わせながら答えた。

「ありがとうございます。光栄です。では、お願いします」

 そう言って大統領はうやうやしくオープンカーのドアを開ける。

 ユリアたちは困惑しながらオープンカーに乗り込んだ。


 パァ――――!

 クラクションが鳴らされ、オープンカーは浮かび上がる。


 うぉぉぉぉぉぉ!

 ひときわ高い歓声が上がった。

 オープンカーはゆっくりと高層ビル群の周囲を飛び、ユリアは戸惑いながら手を振って観衆に応えていく。

 思えば数カ月前、追放された時は群衆に襲われ石を投げられ、ケガまでしたのだった。でも、今は伝説の存在としてこんなに多くの人たちに祝われている。それは複雑な気分だった。

 次々とそびえたつ巨大な高層ビルの脇をゆっくりと飛びながら、ふとユリアは思った。違いがあるとすれば自分の頭と足で行動したかどうかなのではないだろうか?

 数カ月前までは言われたことを淡々とこなしているだけだった。朝早く起きてお祈り、勉強、礼儀作法の研修、神聖魔法の練習、それは自分が決めたことではなかった。大変ではあったが言われたことをやっていただけだった。結果、利用され追放された。

 でも、追放後は道なき道を自分で考え、必死に行動してきた。その主体性、自分の人生を自分で切り開く覚悟と信念、そして、頼れる理解者……。

「そうか……」

 その瞬間、この宇宙の意味も全て分かってしまった。

 宇宙とは、誰しも自分を中心に展開していくものなのだ。世界は自分が認識するから存在し、自分の思い描いたように成長していく。自分の心と調和しながら正しく認識し、真っ直ぐに生きること、それが自分を、自分の世界を豊かにしていくのだ。

 ユリアは目をつぶり、この数カ月の苦闘を思い出しながら感慨にふける。

 そして、ジェイドの手を取ると立ち上がった。

「ジェイド、ドラゴンになって」

「えっ!?」

 どういうことか分からず困惑するジェイド。

「来てくれた人に本当のあなたを見せつけてやるのよ」

 ユリアはニヤッと笑い、居心地悪そうに縮こまって手を振っていたジェイドは、少し思案すると、

「うちの奥さんはさすがだな」

 と、うれしそうに笑い、ツーっと上空へと飛ぶ。

 そして、ボン! と爆発すると巨大なドラゴンの姿となる。厳ついウロコに覆われ、雄大な翼を揺らし、巨大な赤い瞳でギョロリと辺りを睥睨(へいげい)した。


 うわぁぁぁぁぁぁぁ!

 数十万人は初めて見る本物のドラゴンに歓喜する。二万人の軍隊と戦って余裕で勝利し、国の礎を築いたという、教科書で見た伝説のドラゴンである。皆大喜びで小旗を振った。


 ユリアはピョンと跳びあがるとドラゴンの後頭部に乗り、純白のウェディングドレスをはためかせながら、

「さぁ、レッツゴー!」

 と、こぶしを高く突き上げた。


 ギュアァァァ!


 ドラゴンの咆哮はまるで地響きのような重低音となって摩天楼群にこだまし、観衆は圧倒される。

 そしてバッサバッサと翼をはばたかせながら摩天楼群を一周すると、上空に向けて巨大な口をパカッと開き、直後、超ド級の火魔法を放った。

 上空で激しい閃光を伴いながら大爆発を起こした魔法はズン! という衝撃音で摩天楼を揺らす。

 その、けた外れの迫力に観衆は一瞬静まり返り、そしてどよめきが広がった。













4-21. 限りなくにぎやかな未来


 最後にチャペルのそばを飛ぶ。

 ユリアはみんなに手を振ると、パパ、ママ、アルシェは笑顔で手を振り返してくれて、その後スーッと消えていった。帰る時間が来てしまったらしい。

「あっ! あぁ……、もっとお話ししたかったのに……」

 しばらくうつむき、涙をポロポロとこぼすユリア。

 やがて、大きく息をつくと、涙を拭きながら、

「じゃ、おうちへ帰ろうか?」

 そう言ってジェイドのトゲ状のウロコを抱きしめた。

「おうちでいいのか?」

「ハネムーンは落ち着いてから行きましょ。スイートホームが一番だもの」

「分かった」

 そう言うとジェイドは全身を青白い光で覆い、一気に上空へと加速して行った。ほどなく音速を超え、ドン! という衝撃波が摩天楼群に響き渡る。

 観衆は両手を合わせ、輝きながら超音速で消えていく二人を見送った。


       ◇


 気持ちの良い青空の中、二人は雲を超えながらゆったりと飛んだ。

「ジェイド、ずっと一緒にいてね」

 ユリアは遠くに見えてきた雄大な火山、オンテークを見ながら言う。

「もちろん。この命続く限り」

 そう言うとジェイドは力強くバサッバサッっと羽ばたいた。

「うふふ、ありがと」

 見ると、後ろから金色の光を放ちながら誰かが追いかけてくる。何だろうと思っていると、それはドラゴンだった。

 ドラゴンには田町の神様たちが乗り、手を振っている。

 中には結婚式で先導してくれたプニプニとした頬の幼女もいた。

 二頭のドラゴンは広大な森の上空でしばらくランデブー飛行をする。

「あの子可愛いわよね。私も欲しいな」

 銀髪を揺らしながら手を振る幼女を見て、ユリアはうれしそうに言った。

「子供か、我も欲しいな」

「ふふっ、どんな子が生まれるかしら」

 やがて、向こうのドラゴンが離れて行き、ユリアは大きく手を振る。

 直後、激しい閃光を放つと、ドラゴンはピュルルルと奇怪な電子音をあげながら光速で消えていった。


 ユリアは彼らの消えていった方向を眺めながらつぶやく。

「ジェイドの子なら黒髪で、目がクリッとしていて、賢くて優しい子に違いないわ……」

 そして、ジェイドのトゲにしがみつき、目をつぶって幸せそうに上機嫌で続ける。

「そんな可愛い子が『ママ!』とか言って抱き着いてくるんでしょ? 最高じゃない!」

 すると、

 ボン!

 という音がして、ユリアの前に何かが現れた。


「マンマ!」

 と、つぶらな瞳の赤ちゃんがユリアにニッコリと笑いかけている。

「へっ!?」

 ユリアはその黒髪の可愛い赤ちゃんを見て驚く。

「マンマ!」

 赤ちゃんはニコニコしながらユリアに両手を伸ばした。

「え? あなたまさか……」

 ユリアは呆然としながら赤ちゃんに手を伸ばす。

「ユリアどうした?」

 ジェイドが聞いてくる。

「ごめんなさい、もう赤ちゃん産まれちゃった……」

 そう言いながらユリアは恐る恐る赤ちゃんを抱き上げる。

 ふんわりと漂ってくるミルクの香り。

 ユリアは優しく抱きしめ、そのプニプニの頬に頬ずりをする。

 すると、赤ちゃんの無垢な柔らかい心がユリアの深層意識に流れ込んできた。

「うわぁ……」

 その温かい心を感じながら、間違いなくこれは自分とジェイドの子だとユリアは確信する。


「産まれたって……どういうこと?」

 ジェイドはまだ理解できない。

「二人の愛の結晶よ。私、自分が神様だってこと忘れてたわ……」

 キャッキャッキャッ!

 赤ちゃんはうれしそうに手足をばたつかせる。

「ジェイド! ハネムーンは取りやめ! 育児するわよ!」

 ユリアはそう言って赤ちゃんをギュッと抱きしめ、幸せそうに微笑んだ。

「い、育児……、ユリアといると退屈しないな」

 そう言って笑うジェイド。


 やがて見えてきたスイートホーム。

 今日から神様と、ドラゴンと、赤ちゃんのにぎやかな暮らしが始まるのだ。

「あそこがおうちですよ~」

 ユリアは赤ちゃんに洞窟を見せ、赤ちゃんはキャッキャッ! とうれしそうに笑った。




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