サービスシーンなんて実際に遭遇するとただただ困るだけ
いつもより少し時間を掛けて太一たちはマンションに帰宅した。
「ただいま」
時刻は夕方の6時を少し回ったところだ。涼子はまだ帰宅していない。
「お邪魔しま~す」
不破を背負った太一の後ろから霧島が続く。3人とも雨に濡れて全身ずぶ濡れ状態だ。
「あの、お風呂を準備してきますので、不破さんをお願いします」
「えぇ~? 家に来た女の子にいきなりお風呂すすめるとか~。ウッディなかなか大胆じゃんw」
「うぇ!? ち、違います! 別に変な意味はないですから! ただ……そのままだと風邪を引いちゃうといいますか……そ、そういう意味で合って! 決してやましい気持ちとかはないです! 絶対にないですから!」
「いやさすがにわかってるから。そこまで反応すると逆にキモいってw」
「つかそこまで本気で拒否られっとさすがにちょいムカつくから」
……どうしろってんですか。
まったくもって女心は奇々怪々である。世のモテ男子はこんな摩訶不思議かつ正体不明の代物を相手にしているのか、と太一は思わず感心する。
「うぅ……と、とりあえず、リビングで少し待っててください。タオルも持ってきますから」
「りょ。おらキララ~、降りろ~」
「分かってるっつの」
不破を霧島に預け、太一は脱衣所からバスタオルとハンドタオルを準備して二人に手渡した。
急いで風呂に湯を張る。さすがに濡れた服をそのまま着ているわけにいかないので、お湯を張りながら二人にはシャワーを浴びてもらうことにした。
とはいえ足を怪我した不破をひとりにもできないので、不破と霧島、二人には一緒に入ってもらうことになった。
『覗くなよ~w』と霧島にからかわれ、『覗いたらぶっ飛ばす』と不破から睨まれつつ彼女たちの背中を見送り、太一は髪にタオルを当てて水気を取った。
ひとまず、女性陣にはしっかりと体を温めてもらうとして、問題がひとつ。
「着替え、どうしよう……」
濡れた服は洗濯機に放り込んでおけば数時間で乾く。だがその間なにを着てもらう?
上着は以前のように涼子の服を貸せばいいだろう。霧島には少し大きいかもしれないがこの際それは我慢してもらうしかない。素っ裸よりは万倍もマシである。
問題は、下着だ。
「……いやいやいや」
初めて不破が宇津木家に来たときは涼子の未使用の下着を(下だけ)渡した。
今回もそうすべきなのだろうが……
男の自分が女性用の下着を用意して持っていくのはどうなんだ? と動きが鈍る。
いきなり、「これ使ってください」と異性から下着を手渡される。それもひとりは今日知り合ったばかりの女子に?
……絶対にドン引かれる。
いや、今は非常仕だし仕方ないのでは? と思うものの、どうしても悪い方に想像力が働いてしまう。
が、こうしてる間にも不破達が上がってきてしまうかもしれない。時計を見上げる。
時刻は午後6時15分。
涼子が帰宅してくるまでまだ時間がある。姉がいればそのまま着替えの準備を頼むだけで済むのだが。
「と、とりあえず、準備できるものだけはしておかないと」
そもそも下着だって未使用品があるかも確認していない。仮になければ本当にどうしようもない。まさかコンビニに買いに行くなんてことが太一にできるはずもないのだ。
「はぁ……」
今日は本当に厄日である。
「カラオケなんて、言うんじゃなかったなぁ……」
そうすれば、自分がこんな苦労をすることも、不破を怪我させることもなかったのではないのか。
自分の発言が今の状況を招いたことに、ただただ後悔しか沸いてこない。
「不破さん、怒ってるよなぁ」
気が重い。特に今は、彼女たちの着替えに苦心し、不破を怪我させた原因の一端を作ってしまった罪悪感に呑まれそうだ。
彼女がお風呂から上がってきたら、いったいどんな罵詈雑言をぶつけられるのか。
「……ほんと、ダメだなぁ、僕」
不意に、嫌なことを思い出す。
『――あんたはほんと、なにやっても涼子みたいにできないわね』それが母の口癖だった。
昔から、歳の離れた姉と比べられて育ってきた。
涼子は幼い頃から人付き合いがうまく、学業も運動も優秀だった。思春期の頃は盛大に荒れたこともあったが、それも今では落ち着いて彼女も立派な社会人だ。
普段は口うるさい相手だと思っていても、太一は姉を尊敬しているし、憧れてもいる。同時に、強い劣等感を抱く相手がすぐ近くにいる事実が彼の心を常に歪ませてもいた。
今だって、自分がもっと異性との付き合い方に慣れていれば、もっと格好良く、スマートに対応できていたのではないか……などど、たらればの想像を膨らませて落ち込む。
「え~と……あ、あった」
姉の部屋で箪笥を漁っていると、まだ開封されていない真っ白で無地の下着を見つけた。意外と枚数がある。或いは不破の出入りが頻繁化したのに合わせて買い込んでいたのかもしれない。
「とりあえず、こっそり脱衣所に置いておくしかないかなぁ……」
まさか自宅でスニーキングミッションに興じる日がこようとは。できれば一生きてほしくなかったミッションである。
シャワーを浴びている女子二人が家にいる状況などより、このミッションに挑む方がよほど心臓を脈打たせる。淡い期待など微塵も持てない。見つかったが最後人生の終わりである。
まさしくドッキドキ。鼓動が刻む心音が醸し出す雰囲気はさながらパニックホラーのワンシーンではないか。曇った空、降り注ぐ雨、夕暮れ時が近づき薄暗くなった廊下。なにもかもが良くない方向に演出を振り切っている。
唯一、灯りが漏れる脱衣所の扉。引き戸タイプだ。そっと開けても意外と音や振動が浴室まで伝わってしまう。
2枚のパンツを手に脱衣所の前でコソコソと前かがみに忍び寄るその姿はまごうことなき変態のソレ。
だが間違えていけないのは、今の彼は扉の先にいる女子2人に劣情を抱いているわけではないということ。むしろプライスレスな恐怖が彼の進みを遅らせる。
行く先に潜むは裸の女子。遭遇はすなわち(社会的)死を意味する。太一に明日はない。
そう……これはまさしく、太一にとっては(社会的)生死を賭けた覚悟のステルスゲーなのである。
扉の中央はすりガラスになっており、中に人がいれば輪郭で判断できる。まずはそっと近づき、人の有無を確認。扉を開けたらそこは桃源郷でした、な状態は絶対に回避しなくてはならない。
パンツを握る拳に力が入る。唾を飲み込み、いざ扉へと近付――
ガラララ――
こうとしたら扉が開いた。
「っ――!!!???」
脳内にエマージェンシーコールが鳴り響いた。思わず思考停止に陥りかけた脳みそに張り手を喰らわせ強引に回転させる。ここで止まれば待つのは『死』のみぞ。
すぐさま退却指示が肉体へ下される。しかしリビングまでは遠い。逃走中の背中が確実に狙い打たれる。視線という名の銃弾の速度はまさしく音速を超える。
なら取れる手段は!?
ここは太一の自宅。いわば絶対的アドバンテージを誇る己のフィールド。必ずや活路はある。
「――っ!」
閃いた! 太一の死角。左斜め45度の後方。外開きの扉、トイレである!
そこならば開いた扉の陰に隠れられ、なおかつ相手と顔を合わせる前に個室という絶対空間に退避することができる。しかも仮にトイレの中にいたのが太一だとしても、この場にいた理由が生理現象であれば決して咎められることはない。
まさに、これ以上ないほどの退避先!
この間の太一の思考速度、僅か0.5秒!
圧倒的……圧倒的かつ驚異的な思考能力!
これでかつる!
「あれ、ウッディじゃん! ちょうどよかった~」
「……」
中から出て来たバスタオル一枚の霧島とばっちり目が合った……
そう。悲しいかな。いかに思考速度が限界突破したとて、それに体がついてこなければ意味などないのである。
「ウチら着替え持ってないからさ~。悪いんだけどウッディのお姉さんの服、貸してくんない? あと、なんか箪笥にいざってとき用にキララがなんか下着の予備入れさせてもらってるって。それも一緒によろ」
「え? ああ、うん」
なるほど。やはりあの箪笥の中の下着は不破のためのモノだったらしい。しかし他人の家に自分の下着の予備を入れておくとは。
徐々に家に不破が浸食してきている実態に太一はめまいを覚える。
「てか、ウッディ何もってんの?」
「……」
彼女の一言が太一を現実に引き戻す。
目の前には半裸の女子。バスタオルを巻いているだけなのでちょっとの衝撃で大惨事は確実だ。絶対不可侵領域からのびる生々しいおみ足、露出した肩、鎖骨から下には蠱惑的な谷間が……
「ウッディ、視線めっちゃやらし~w」
「くぁwせdrftgyふじこlpっ!?」
「あはははははっ! ちょっとウッディ動揺しすぎだし~w」
目を回して大慌てする太一を霧島は指さして笑う。
「マイ~、早く宇津木から服貰って来いって」
「~~~~~~~~~~っ!?」
しかも、今度は扉から不破まで顔を覗かせてきた。
しかも扉のすりガラス越しに見えた不破の体は、明らかにバスタオルすら身に着けている様子もなく……
「あ、なんだよ宇津木いんじゃん。悪いけどりょうこんの服と替えの下着持ってきてくんね? 下着は箪笥ん中にあっから」
「……はい。あ、下着だけ先に渡しておきます」
「お、なんだ珍しく気ぃきくじゃん……って、なんかパンツめっちゃクッシャクシャで微妙に温かいんだけど?」
「気のせいだと思う」
脳の処理範囲を超えた事態に太一は、考えるのをやめた。
(´◉◞౪◟◉)
――その後。
自宅に帰宅してきた涼子と霧崎が、
「あ、初めまして~w。キララの友達やってます霧崎麻衣佳で~す♪」
と軽い自己紹介をした後、
「えぇ!? 不破ちゃんが車と衝突しかけて足首捻った!? ちょっと大丈夫なの!? あぁ、もう病院の受付は閉まってるし……太一! 明日午前中は学校休んで不破ちゃんに付き添って病院行ってきなさい! 午前はお休みするって学校には連絡入れておくから。あと不破ちゃんは家帰れるの?」
「ああ、多分誰もいないっすね。まぁでも何とかなるんじゃないすか?」
「えぇ……ああもう仕方ないわね。ご両親の連絡先だけ教えて。今日はうちに泊まってもらうから」
「いや、別に大丈夫っしょ」
「ダメ!」
「わ、分かりました」
と、涼子の圧によって強引に不破は宇津木家にお泊りする流れとなり、
「太一! あんたは今日リビングのソファ! 不破ちゃんは私のベッド! そして私は太一のベッドで寝るから」
「え? なんで僕だけソファ」
「なに? お姉ちゃんと一緒に寝たいの?」
「大丈夫ですソファで十分です」
「よろしい」
「あ、ならウチも今日は泊ってっていいすか~? 家には連絡入れますんで~」
「ならよし。太一が夜這いを仕掛けたら私たちでボコボコにするわよ」
「りょ!」
「えぇ~……」
なぜか妙な連帯感で太一を排除する流れが生まれていた。
その夜。思いがけず不破と霧崎のお泊りが決定してしまったのだった。
「Oh~……」
本日二度目のゲッソリである。
()´д`()ゲッソリ・・・
いつも応援、ありがとうございます!
ほんのちょっとずつ関係性が変化して(バグって)いく!
をコンセプトに執筆中!!
さぁこっからです!!! こっから!!!!
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