陰キャとギャルにフラグイベントなんてものはない…きっと
カラオケから出ると空はより一層重たい色の雲に覆われていた。うっすらと雨が降るとき特有のニオイがする。
「ありゃ、なんか降ってきそうな感じ?」
霧崎が空を仰ぐ。太一もつられて首を持ち上げた。じんわりと肌にまとわりつく湿気。天気予報を思いだす。確かに今日の降水確率は午後から60%とそこそこ高かった。
「うえ、マジか。傘持ってきてねぇよ」
不破が愚痴る。午前中から放課後にかけてなんとなく問題なさそうだったため、うっかり傘を忘れてきてしまった。全員が雨をしのぐ装備を持ち合わせていない。
「念のためコンビニで買っとく?」
「だいじょぶじゃね? 急いで帰ればまぁ少し濡れるくらいですむっしょ」
ちなみに帰ると不破は言っているが実際はこのまま宇津木家にお邪魔する気満々である。
カラオケで消費したカロリーとは別にいつものフィットネスゲームに興じるつもりだろう。むろん太一もそのつもりだ。もはやこの流れも日常化しつつある。皮肉な話ではあるが、太一は不破という存在がいるからこそ今の習慣が廃れずに続いている節がある。これがひとりだったなら今頃は確実にギブアップして菓子に手が伸びていただろう。
「あ、すみません……先にスーパーによって帰ります。バナナを切らしちゃってたので」
「え? マジ? じゃあどうせ行くとこ一緒だし、アタシもついでに家で使う食材買ってくわ。ナッツとかサラダに入れてっとすぐになくなっちまうんだよなぁ」
フィットネスの前に小腹がすいている時はバナナが適している、という話を聞いてから、宇津木家には常にバナナがおかれるようになっていた。
不破も料理をするようになってからというもの、涼子と一緒に近所のスーパーで一緒に買い物に出かけては自宅用に食材を買い込んでいた。しかし本当に自分の家でも料理をするようになっている辺り、不破は意外にマメなところもあるようだ。
「え? なにキララってば料理なんかしてんの? マジ?」
「そそ。わりとガチだから。最近始めたんだけど結構なもんよこれが。今度食わせてやろっか? 割安で」
「金とんのかよw。てかほんとに食えるもんできんの~?」
「あ? なにその反応? ぜってぇうめぇから。もしうまくなかったら逆に金払ってやるし」
「わお、なかなかの自信じゃん」
不破と霧崎は移動しながら太一の前でじゃれ合っている。最寄りのスーパーまでは駅裏から歩いて徒歩20分ほど。ムシムシとした湿気と熱気が歩くだけで肌に汗を浮かび上がらせる。
不破と霧島も移動しながら「あっち~」、「きもちわる~」と手をうちわ代わりにしたり襟を引っ張って中に空気を送り込むなり、なんとか涼を得ようと必死だ。
と、頬に冷たい感触が触れて太一は上を見上げた。
「うわ、降ってきやがった」
「えぇ~、最悪じゃん。どうする? ちょっと前んとこにコンビニあったけど引き返す?」
「いや~、もうあの横断歩道わたったらすぐじゃん。いっそ走った方が早くね?」
「え~……ウチこれ以上汗かきたくないんだけど~」
渋る霧島。しかし雨脚は徐々に強くなり、アスファルトの丸い斑紋は一気にその数を増やし、数十秒と持たずに完全に塗りつぶされた。
「ちょっ!? マジかこれ!」
「うわわわ!!」
「走りましょう!」
降り注ぐなどという生やしい表現ではない。もはや地上を穿ちにきているレベルで強烈な雨粒が頭上から叩き付けられる。鼓膜を震わす雨音も凄まじく、声を張り上げなければ互いに意思疎通が困難なほどだ。
3人は無駄と知りつつ手にした鞄などで頭を守りつつ走る。
顔に雨が当たって視界が悪い。服などほぼ一瞬でびしょ濡れである。アスファルトを流れる雨水を跳ね上げて、足元も靴の中まで水が浸透する。もはや濡れてない箇所を探す方が困難だろう。
目の前に見えた交差点。一行が差し掛かるとちょうどいいタイミングで青に切り替わる。
「お? ラッキー!」
不破は速度を上げて真っ先に交差点に入り込む。
日ごろの運動のたまものか。ほとんど息切れが見られない。逆に少し遅れ気味の霧島は息が上がっている。
太一はそんな二人の中間。やや不破寄りの位置を走っていた。
――ふと、彼の横目に一台の白のワンボックス車が交差点へ進入しようとしている様子を捉えた。
が、どうにも曲がる勢いが速く、減速する様子もない。
「っ!?」
進行方向の先には、不破の姿があった。
……あの車っ、不破さんが見えてないのかっ!?
この大雨である。いかにワイパーを駆動させても視界不良は免れない。おそらくサイドミラーにも雨粒が当たって普段よりも車内からの視界が奪われているものと思われる。
かつ、不幸なことに車の進入と不破が交差点に駆け込んだタイミングはほぼ同時――
「不破さん!」
彼女の名を張り上げて太一の手が伸びる。しかし雨音に遮られて声が届かない。
だが不破も自分に向かって車が突っ込んできていることに気づいたようだ。車との距離はわずか。恐怖を覚えるよりも先に何が起きているのかを脳が処理しきれず思考ごと動きが停止してしまう。
が、慣性に支配されて前のめりになっていた体が急に後ろへと引っ張られた。太一が不破の腕を掴んで咄嗟に自分の方へと引き寄せたのだ。
視界が目まぐるしく切り替わり、不破は一瞬の浮遊感の後に太一ごと歩道に身を投げ出すことになった。しかし太一の体がクッションとなって不破を受け止める。
二人の視界の外。白のワンボックスは車線を右に左にとふらつかせながらも、止まることなくそのまま走り去って行ってしまった。
咄嗟に不破に気づき車線を跨いで回避しようとしたのだろう。
逆にもし、太一によって歩道側に引き寄せられていなければ……不破が車を躱すために、あえて車道側に飛び出していたら……車は完全に不破と激突していたと思われる。
「「――っ!」」
お尻から地面に倒れ太一は、体の上に覆いかぶさるようにして倒れてきた不破の下敷きになった。
「キララ! ウッディ!」
血相を変えて霧島が駆け寄ってくる。太一は雨の冷たさとジクジクとした熱が同居して痛むお尻に顔をしかめた。
「っ~……」
「いっつ~……あぁ、なんなんだよもう~」
不破が太一の上で起き上がる。
「キララ轢かれかけたんだよ! もうほんとウチっ、一瞬キララマジで死んだって思ったもん!」
「ちょっ、やめろってば!」
今更ながらに自分の置かれていた状況を思い出して不破はゾッとした。
あるいはあのまま棒立ち状態だったとしてもワンボックスは不破を躱し切れていたかもしれない。だがかなり距離は迫っていたというものありどこかしら接触していた可能性も大いに考えられた。
「つかあんのクソ車! キララにぶつかりそうになったってのに止まらねぇで行っちまうとかなんなん!? 普通に犯罪じゃん!?」
車が走り去っていった方向を見つめながら霧島は激高する。
しかし不破はなかば放心状態。雨とは違う寒気に思わず肩を抱いた。
「ああでもよかった~……てかキララ。さっきからウッディあんたの下敷きになってるから。いい加減どいたげなって」
「え? あ」
そこでようやく、不破は自分が太一の上にまたがっていることに気づいた。
「いや~、ウッディが咄嗟にキララ引っ張ってなかったらマジで危なかったから~。ウッディナイス!」
「い、いえ……あの、不破さん。大丈夫ですか?」
「あ、あぁ。大丈夫……うん……」
「よ、よかったです」
「と、悪い。いま退くから――痛っ!」
が、立ち上がったところで不破は足首に痛みを覚えて顔をしかめた。ジンとした鋭い痛みに立っていられなくなる。先ほど太一に体を引き寄せられたときに足首を捻ったらしい。
「キララ!? ちょっとほんとに大丈夫なの!?」
「やべ……足、挫いたかも」
「全然大丈夫じゃないじゃん!」
「うわぁ……マジ最悪……」
雨で全身びしょ濡れの上に怪我。先ほどまでカラオケで気分よく騒いでいたのが嘘のようだ。
「どうしよう……キララ、歩けそう?」
「ちょい無理。立つのもしんどい」
完全に弱り切った不破。太一はオロオロする霧島ごしに不破に声を掛ける。
「と、とりあえず、いったんうちに帰りましょう。このままだと、皆で風邪ひいちゃいますし……その、どうでしょう……?」
「ウッディんち?」
「は、はい。ここから歩いても10分以内ですし……あ、もちろん不破さんか霧島さんの家の方が近いなら、別に」
「ああごめん。ウチんとこだともうちょい歩く。てかキララんちも今って誰もいなかったよね? この状態でひとりはさすがにヤバいっしょ」
「じゃあ、やっぱりうちに」
「うん。その方がいいかも。キララもそれでいい?」
「問題なし。つかそもそも今日も宇津木んちに行くつもりだったし」
話はまとまり、ひとまず霧島も交えて宇津木家へ向かう流れとなった。
が、不破は本当に立ち上がるのしんどそうで、
「ねぇキララ。さすがにウッディに運んでももらった方がいいって。ウチだとキララを支えるのもキツイし」
「え? ぼ、僕?」
「いやそこで意外そうな顔しないでよ。こんな状態のキララ歩かせられないって」
「そ、そうですよね」
が、太一は別に不破を運ぶことには特に異論はなく、むしろそうすべきだとは思うのだが。
しかし、あの不破が太一に触れられることをヨシとするかどうか……一番の懸念はそこである。
「あの、不破さん……その、おんぶって感じになりますけど……その、」
「うぇ~……宇津木におんぶされんの~?」
「キララ!」
「分かってるけどさ~……さすがにハズいっていうかさ~」
「じゃあもうここに置いてくよ!」
「う……わ、分かったよ……その……よろしく……」
「い、いえ」
太一は不破に背中を見せる。霧島の手も借りて、不破は太一の背中に身を預けた。雨に濡れて張り付いたシャツ越しに不破の体温が感じられる。雨のせいもあってかけっこう冷たい。これはできるだけ早く体を温めた方がよさそうだ。
「うわ~、やばいこれ。なんか死にたい」
「さっき死にかけたばっかじゃん! そういうこと言うのやめなってマジで!」
「あの……と、とりあえず、行きましょうか」
幸い、この雨のためか周囲に人影はほとんどなかった。しかし不破は顔を赤らめ、太一の背中で小さくなって顔を隠す。
……結構、重い。
女の子が軽いなどという幻想を粉々にされつつ、太一は心持ち足を速めて自宅マンションへと急いだ。
(-ω - `;)ヽ(>ω <,ヽ)
じっくりと進行中!
じわじわと行きまっせ!
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