別のギャルならワンチャン可能性あると思った?
6月にもなると空の日差しは夕方になっても随分と高い位置をキープしている。
じんわりと湿った空気の中、そろそろ本格的に梅雨入りが予想される今日この頃。空には分厚い雲がかかり、ゆっくりと天蓋のように頭上を覆い隠していく。
まるで太一のこれからを暗示しているかのような空模様だ。
ここ最近視界に入るのが常になってきた駅前公園の正面ゲート。不破はアーチ状のオブジェに腰を下ろして脚を組んでいる。短いスカートの内側が今にも見えてしまいそうだ。だが彼女はスマホに夢中でまるで自分の格好に関心がない様子。
しかし今の太一はそれどころではない。
……不破さんの友達って、どんな人が来るんだろう。やっぱり、おっかない感じなのかなぁ。
これから会うという不破の友人。
不破はどちらかといえば女友達よりも男子との付き合の方が多い印象だ。とはいえ全く同性との繋がりがないわけでもない。派手なノリの女子グループに属しており、全体は不破を中心に回っていた。
とはいえここしばらく、具体的には彼女が西住からフラれて以来あまり交流がある雰囲気ではないが。
そんな彼女が誘う人物とは一体どんな相手なのか。
「あ、あの、不破さん」
「ん、なに?」
スマホに目を向けたまま不破は生返事を返す。割と生真面目なタイプである太一はこういう部分でも彼女が苦手だったりする。
が、今はそれよりも、
「今日来る人って、どんな感じの人なんですか? その、名前とか」
「ああ……う~ん……まぁこれから会うんだし別に今説明しなくてよくない? あ、今駅出たって。もうすぐ来るっぽいな」
「そ、そうですか……」
できれば事前に少しでも相手の情報を仕入れて心の準備をしておきたかったが。太一の目論見はものの見事にスルーされてしまった。
不破からは今は話しかけてくるなという雰囲気を感じる。おそらく件の相手とメッセージのやりとりに夢中なのだろう。あまり追及してもまた怒鳴られるだけと、太一は不安に何度もツバを飲み込む。まるで刑が執行される前の罪人のような心境だ。
そして待つこと5分。
「――キララ~!」
と、甲高い声が辺りに響いた。あまりの声量に道行く人も何事かと音の出所に視線を振り向かせる。
「おせ~ぞマイ」
「ごめんごめん。ちょいトイレ行きたくなったら混んでてさ~」
太一たちの下に駆け寄ってきた少女。真っ黒な髪、しかし毛先にいくほど赤のグラデーションが掛かった独特の染め方をしている。程よく焼けた健康的な肌。彼女は太一や不破と比べてもかなり小柄だ。不破とは違いシンプルな赤いピアスを左右につけている。服装は大きめのメンズシャツにダメージ加工の入ったデニムのショートパンツだ。
髪の長さもセミロングでボーイッシュな印象を受ける。
「てかなにげに会うの久しぶりじゃね? 元気してた~?」
「久しぶりって……マイが全然ガッコこないからじゃん。毎日なにしてんの?」
「ああ……まぁ適当に街をブラブラして? あとバイト。つかさ、なんかしばらく見ない間にキララ太ったんじゃね?」
「うっせ! 分かってんだよんなことは! だから今日はお前を呼んだんだしよ」
「は? え、なにどゆこと?」
不破は苦虫を全力で嚙み潰すような勢いで、かなりざっくりとこれまでの状況を説明していく。自分がカレシに公衆の面前でフラれたこと、その際に体形をネタにされたこと、それに伴うクラスの反応もろもろ。
「うわ、えぐ……つかサイアクじゃん西住の奴。めっちゃクソじゃん」
「マジでそれ。ああ! 思い出したらまた腹立ってきた!」
「な~る。で、そっちの、ウツミ? とダイエットしてるってわけね」
「いえ、あの宇津木、です」
「え? ああごめんごめん。ウチひとの名前覚えんの苦手なんだよ。勘弁ね」
「は、はぁ……」
……よかった。思ったより怖そうな感じはしないかも。
恰好こそ不破に劣らずなかなかのギャルっぷりだが、話をしている感触としては不破よりもだいぶ落ち着いた雰囲気がある。
「つうわけで、今日はそっちの宇津木が、カラオケで歌ってダイエット、っての企画してきたからさ。なんだったらめっちゃ盛り上がってカロリー燃やしてやろうと思って」
「そゆことね。オッケー、じゃさっそく行きますか。どこ行く? コード? 手招き? それともジェイサン?」
「手ごろなとこでよくね。いっちゃん近いとこ」
「だね。じゃあ手招きだ」
太一の存在を蚊帳の外に話が進む。とはいえ太一からしてもどこに行く、などと話を振られたところでカラオケ店の違いなど分かるはずもないのだが。
「う~し行くぞ~! ついてこ~い!」
「なんでマイが仕切ってんだよw」
小さな背中を先頭に、太一たちはカラオケに向かう。
GO!
\(≧▽≦)/\(≧▽≦)/!! (・ε・`。)
巨大な猫の手がデカデカと掲げられた大手カラオケチェーンのネコ手招き、通称「手招き」。
駅前や町内、近隣の市街を探せば一件は見かけるメジャーどころである。
駅裏に回り込んだ太一たちは隣接するテナントビルに入り、エレベーターで5階のカラオケ店に入った。エレベーターを降りてすぐにカウンターが設置されている。
オーソドックスなカラオケルーム。暗めの照明に、MVが垂れ流されているモニターの脇には3つのマイクと操作端末が並んでいた。
「んじゃ改めて、ウチは霧崎麻衣佳っていいま~す! ウチらって多分顔合わせ初だよね?」
「は、はい。宇津木太一、です」
「よっろしく~!」
肩をバシバシと叩かれる。霧崎は不破とはまた違ったテンションの高さで接してくるギャルだった。距離感が近くボディタッチが多い。
まったく女性慣れしていない太一は動揺しまくりで不破から「反応がキモい」とありがたくない評価を頂戴した。
「あははっ、確かに! すんごい陰キャって感じの雰囲気してるよね君! 顔つきはなんかヤクザっぽいのにさw!」
テンションが最初からトップギアであるギャル特有のノリに太一は既に気が重い。
ベクトルは違うが二人ともとにかく外身が派手で注目を引く。そこにまるで異物が紛れ込むようにオドオドとした太一が居心地悪そうに席に収まっていた。
ただ不破にカラオケダイエットを提案しただけなのに、まさか自分まで連れてこられることになろうとは。おまけに不破にも負けず劣らず、派手なもう一人のギャルまで参戦してくるなど、正直予想外の事態もいいところである。
……いや、でも逆に考えれば不破さんの相手が彼女に向くことで僕に絡んでくることがなくなるかも。
そもそも先程から二人は太一の存在をほとんど忘れて盛り上がっている節がある。今も、「やっぱ最初はこれからっしょ」、「キララ毎回それな~。じゃ、ウチはこれ~」と、いった感じに、既に曲を入れて歌い始めていた。
二人ともカラオケ慣れしているのか、普通にうまかった。アップテンポな曲でテンションを上げ、「イエーイ!」と更にボルテージを上げていく。
二人で知った曲を共有し、合いの手を入れたり強引に割り込んでデュエットしたり。
歌った後に表示される消費カロリーの表示に一喜一憂しながら、彼女たちは二人で5曲ほどを歌い切った。
その間、太一はずっとチビチビとドリンクバーから入れて来た烏龍茶をストローで吸い込こむ。
大人しく影に徹していれば、あるいは無難にこの場を乗り切れるかもしれない……が、そんな淡い期待はあっさりと打ち砕かれる。
「ねぇねぇ、ウチダはなに歌う? ウチもキララも小休止してるから、なんか歌いなよ」
「え? ぼ、僕?」
「君いがい他にいないじゃんw。つかなんでそんな端っこいんだよw」
「おう歌え歌え! ド下手くそでも笑うだけにしてやっからさ!」
「ちょっとキララってばw、ウエダわかいそうじゃんw」
などと言いつつ霧崎も笑っている。というよりも先ほどから太一の苗字を間違えまくっていた。
……早く帰りたい。
太一は端末を押し付けられてたどたどしい動作で操作する。
そもそも太一はゲームが基本的な趣味でほとんど曲を聞かない。なんならアニソンすらもほとんどわからない有様だ。
太一は壊滅的にカラオケに向いていなかった。
「はやく歌え~時間なくなっぞ~」
「ほらほらなんでもいいじゃん。アニソン祭りでもウチは全然いいぞ~!」
それすらわからないからもたついてるのだ。しかしいつまでも待たせると場の空気をシラけさせることになるのは必至。
太一は記憶を探り自分でも歌えそうな曲を脳内検索。あまりにマイナー過ぎてもダメ。彼女たちも知ってそうなそこそこ知名度のある曲。いくつかの選択肢が浮かぶ。その中に一つだけ、まるで光明を見つけたかのようにある曲を思い出し、端末から曲データを検索し送信した。
「は?」
「へ? なにこれ?」
画面上部に表示される曲名。しかし二人は首を傾げる。
画面が切り替わると、これまで不破たちが歌っていたのとはまるで曲調の異なる、ゆったりとしたジャズ調のイントロが流れ始める。
「あれ? これどっかで聞いた事あるかも」
「え? アタシ全然知らね」
イントロでは曲のタイトルが黒い画面に表示されるだけだったが、ふっとシーンが切り替わり、フルCGのアニメ映像が流れ始め、歌詞が表示された。
「ああっ! これ! えっ、なっつ!」
「あははっ! ああ、これな! え? なにこのチョイス! 古くね!? めっちゃウケんだけど!」
霧崎と不和が画面を指さす。太一はうろ覚えの記憶を頼りに、羞恥を堪えて歌い始めた。
画面には超有名海外制作アニメ映画の映像が流れている。
意思を持ったおもちゃたちの掛け合いや日常、そしておもちゃならではの自分という存在意義、悩み、葛藤を描いた作品。太一は子供のころにこの映画のいじくりまわされたおもちゃのシーンで軽いトラウマを植え付けられた。
続編やスピンオフ作品も数多く作られるほどの名作で、実際に見たことがなくともビジュアルだけは知っている者は多いと思われる。
不破と霧崎はケタケタと妙に高いテンションで流れる映像に反応し各キャラのビジュアルに笑い、思い出を振り返っているようだ。
太一の選択したこの曲はフルで歌っても3分にも満たないほど短い。英語版と日本語版が存在し、太一が歌っているのはもちろん日本語版である。
短い時間、しかし太一にとっては(悪い意味で)濃密な時間をなんとか耐え、画面は静かに暗転。下に消費カロリーが表示され、太一は歌い切った達成感に肺の中の物を一気に吐き出した。
「い、いやぁ、よかったよ、うん! ちょっとこれはw、さすがに想像してなかったw!」
「くっ、はははっ! なに歌うのかと思ったけど! ほんとっ、あんた! はははははっ!」
なにやら妙に彼女たちのツボに入ったらしい。シーンと静まり返られるよりはマシかもしれないが、なんともバカにされているようで太一としては素直に喜べない。
「はぁ~、笑ったぁ。ウチダ、この映画好きなの?」
「そ、そこまで好きってわけじゃ……ただ、今の曲は、けっこう覚えてたってだけで」
「ウチはけっこう好きだったよこれ」
「そ、そうなんですね……あと、僕は宇津木、です」
「そだっけ? いやほんとごめん。ウチってばマジ人の名前覚えるの苦手だからさ~」
あっけからんとした態度の霧崎に太一はなんとも反応に困ってしまう。
「あ、そだ。君のあだ名さ、『ウッディ』でいいじゃん!」
「ウ、ウッディ、ですか?」
いきなりあだ名をつけられた太一。不破もパンと手を鳴らして霧島のノリに乗っかる。
「ああ! ソレいんじゃね? 名前も宇津木だしなw」
「じゃあ今度からそんな感じで呼ぶからよろしく」
「え、あぁ、はい」
「んじゃ、ウッディで決定!」
太一のあだ名がウッディになった。
不破と霧崎は太一の選曲に感化されてか、次に歌ったのは、先ほどの映画と同じ会社が手掛けた作品の挿入歌だった。太一が小学生の時に放映された雪を操る王女様が劇中で歌った曲である。当時は社会現象にまでなり、太一も幼い頃にサビだけなら何度も耳にして記憶に残っている。
「おら! あんたももっと歌え!」
「歌えい!」
「しっかりもっと盛り上げてけって!」
「場がシラケたらウッディ罰ゲームでコンビニアイス全員に驕りね」
「あ、じゃあ採点して最下位のヤツに罰ゲームとかもよくね?」
「ほぉ、ウチとやるって? OK! ボッコボコにしてやんよ!」
「いやアタシの方が毎回普通に点数たけぇしw。あ、宇津木も強制参加だから」
「頑張れウッディ!」
ギャル二人の波状攻撃。太一は終始、かなりグダグダになりながらもなんとかその場をのり切っていく。ちなみに勝負の結果は太一がダントツでビリ。罰ゲームとして女性陣によって化粧をさせられることになった。
「あはははははっ! やべ! これは無理、腹筋死ぬwww!」
「こ、これは……ぶふっ、いや、うん……めっちゃいい感じじゃん、ウッディ……く、くく……」
「……」
……カラオケなんて滅びてしまえ。
完全にギャル二人のおもちゃにされてしまった太一。カラオケのトイレで化粧を落とした太一は、鏡に映るゲッソリとした自分を前に、
「ダイエットだいせいこ~う」
と、虚しく響く声で呟いた。
ドヨォォ─(lll-ω-)─ォォン
皆様のおかげで!
ジャンル別:日間ランキング25位圏内に食い込みました!!
作品を評価してくださった読者様には頭が上がりません!!!
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