3
「……まずい。もう、帰ってきてたのか」
洞窟の出口にたどり着いたところで、ついにゴブリンと鉢合わせになってしまった。敵の数は3匹。そしてゴブリンは、ミカを背負ったまま逃げおおせるほどノロマじゃない。
「ふー、ふー」と、ゴブリンは鼻息を鳴らして僕たちの方を睨みつけている。
「ミカ、きみは逃げて」
ぼくはミカを地面に下ろした。
「あなたは?」
「多分、奴らはまだまだ沢山集まってくる。ぼくがここで戦うから、きみはその間に森の外に逃げて」
「でも……」
「時間がないんだ、早く!」
「わ、わかりました……」
ミカはそう言って、足を引きずりながら森の中に走っていった。
そしてこの場に残ったのは、三匹のゴブリンだ。
甘い匂いを散々嗅いだせいで、お腹が減っているんだろう。口からはよだれを垂らして、ぼくに向かってジリジリと近寄ってくる。
ゴブリンの姿は、人間の老人に少し似ていた。
肌がしわしわで、背が丸まっている。身長は低くて、手足も細い。けれど、老人とは違って素早いし、力も有るし、なによりも……凶暴なんだ。
「よし、かかってこい!」
ぼくは剣を抜いて、両手で構えた。
ゴブリンは決して弱い魔物じゃない。多くの人間の命を奪ってきた、危険な魔物だ。
けれど、ぼくだって弱くない。xxと一緒にずっと旅をしてきた。数え切れないほどの魔物と戦って、剣の腕をあげたつもりだ。
「てい!」
まずは少し前に出ていたゴブリンを一匹切り倒した。ゴブリンには少しの知能はあるらしいけど、連携は拙い。おかげで簡単に一匹を倒すことが出来た。
けれど、一匹を倒した途端、残った二匹の顔つきが一気に怖くなった。もう、敵は油断していない。徐々に距離を詰めてきて、いつでもぼくに飛びかかれる距離で止まった。
「ぐるる」と、不気味な声を漏らしている。緑色の顔に、2つの赤い目が光っている。
「……ふぅ、ふぅ」
剣が普段よりも重い気がした。なんでだろう……? もしかしたら、いつも一緒に戦ってくれるxxが居ないからかな? でも、そんなことを言ってはいられない。彼はもっと多くのゴブリンに追われているはずだ。
ゴブリンのにらみ合いが続く。彼らはそれぞれ、ぼくを中心にしてゆっくりと円を描くように動いて、ぼくを挟み撃ちするような陣形になった。
その時に気づいた。『もっと早く自分から仕掛けるべきだった』って。
この状態で一気に襲われたら、ぼくは多分両方の対処するのが難しい。
そう考えた直後、ゴブリンの身体が飛んだ。二匹が同時にぼくに向かってくる。
考える時間は無かった。
ぼくは片方のゴブリンに狙いをつけ、剣を突き出した。狙いはうまくいって、ゴブリンの口に剣が突き刺さり、そのまま後頭部まで貫通した。
けど、それと同時に、ガァン! と、背中側に大きな衝撃を受けた。
もう一匹のゴブリンだ。バランスを崩して、ぼくはその場にうつ伏せの姿勢で倒れこんでしまった。
こういうとき、金属製の鎧はあんまり良くない。倒れ込んでしまったら、立ち上がるのが大変なんだ。
「ごぶごぶっ!」
ゴブリンがぼくの背中に乗って、暴れながら何かを叫んでいる。きっと、仲間を殺されて怒ってるんだろうな。
ごめんね。けど、ここはそういう世界なんだ。戦って戦って、殺すか殺されるか。それだけだ。そしてどうやら、今回殺されるのはぼくなんだろう。
ああ、xxが居たらな……
ゴブリンはぼくの背中をがんがんと殴りつけてくる。その衝撃で、僕の顔は地面に何度もぶつかって、顔が泥まみれになる。
鎧を着ているから、ダメージは小さいけど、それがむしろ嫌だった。背中側に馬乗りになっているから、どうあがいても形成を逆転するのは難しい。腕は背中側に回らないし、逆転の目はなさそうだ。
あーあ、ここでぼくの冒険は終わりか。
「ファイアボール!」
その時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
直後、ぼくの背中から「ギャッツ」というゴブリンの悲鳴が聴こえて、軽くなった。
「大丈夫か? アスカ」
「xx。助かったよ。ありがとう」
「話は後だ。すぐにゴブリンが戻ってくる……って、商品はどうしたんだ? 見つからなかったのか?」
「見つかったよ。追いかけないと」
「どういう意味?」xxは首をかしげた。
「商品は森の外に向かってる。行こう」
説明している時間が無かったから、ぼくはミカが逃げていった方角へと走り出した。
でも、ミカの姿は中々見当たらない。走って走って、ついに森の外まで出てしまった。
周囲は見晴らしの良い草原だけど、ミカの姿は見えない。
「それで、商品はどこに?」
「……どこかに居るはずなんだけどなぁ」
「商品って、生き物なのか?」
「うん。人間だよ」
僕の一言で、彼はすべてを察したらしく、少し悲しそうな顔をした。
「……もしかしたら、街に向かったのかもな」
「そうだね。街に行ってみよう」
そしてぼくたちは街に戻った。
ミカの服装は、悪い意味で目立つから、街の中を探すのは難しくはないだろう。
そう思っていたら、想像していたよりもずっと早く、彼女を見つけることができた。
街の入口で、彼女は門番に止められていたんだ。
「お願いです。冒険者の人たちが森で魔物に襲われているんです」
彼女は、どうやらぼくたちを助けるために助けを呼びにきていたみたいだ。
「そう言って、こっそり街に入るつもりだろう?」
でも、門番の男の人は少しもミカの言葉に耳を傾けていない。
「そして、乞食は街に入れるわけにはいかない」
「居た、彼女だ!」
「彼女が商品なのか?」
xxはミカを見ながらつぶやく。
「そうだよ」ぼくはそう答えながら、門番に近寄った。「彼女は乞食じゃありません。街に入れてあげてください」
「あなたは冒険者ですか?」
彼はぼくの姿を見て、すぐに察知したらしい。
ボロボロの使い古した鎧を着ている人間なんて、冒険者ぐらいだからだろう。
兵隊は鎧を着ているけど、戦うことはめったに無いから鎧に傷はつかない。
けれど、冒険者は毎日のように戦うから、鎧がボロボロになるんだ。
「そうです。彼女の護衛がぼくの任務なんです」
「そうですか。それは失礼しました」
と言って、門番の男性は道を開けてくれた。
それから、ぼくとxxは、ミカを連れて街の中に進んだ。
「あなた達は、誰に頼まれたんですか?」
街を歩きながら、ミカが言った。
「商人に依頼されたんだ」
「わたしのこと、商人に引き渡すんですか?」
「それが仕事だから」と、ぼくは答える。
「嫌なのか?」xxが質問する。
「……」
すると、ミカは黙り込んでしまった。そして僕たちはその場に立ち止まった。本当なら、すぐに酒場に向かう予定だけど……
「……なら、ご飯を食べに行こう」
xxの一言で、一旦、近場の食堂に行き先を変更した。
店に着くと、ぼくたちは一番安い安い魚料理を注文した。
お金が無いからだ。今回の依頼の報酬を貰えれば、肉料理を頼んでも良かったけれど、報酬はまだもらえていないから、魚料理を頼むしか無かった。
料理が運ばれてくると、ミカはすごい勢いで料理を食べ始めた。よっぽどお腹が減っていたみたいだ。よく考えてみたら、あの木箱の中にずっと閉じ込められていたんだから、当たり前か。
食事の途中で、彼女は急に顔色を変えてトイレに立った。
多分、気持ち悪くなってしまったんだろうと思う。お腹が弱っているところに、無理に食べ物を詰め込んだのが悪かったんだろう。
「アスカ、あの娘のことを本当に引き渡すつもりか?」
xxは、ミカがテーブルを離れてから、ぽつりとつぶやいた。
「うん。だって、それが仕事だから」
「……商人っていうのは、奴隷商人のことだったんだな」
「そうだね」
「彼女のこと、引き渡さなかったらどうなるかな」
「報酬を貰えないだけじゃ済まないと思うよ」そう言って、ぼくは不安に思った。
もしかしたら、xxはミカのことを助けたいって思ってるのかもしれない。
そんなことは出来ないのに。
「彼女を助けたら、ぼくたちは商品を盗んだ泥棒になっちゃうよ」
「助けるなんて言ってないだろ?」
「そうだね。ごめん」
「でも」xxはスプーンを皿の上に置いた。「どうせ、この街からはもう出ていくつもりだっただろ? たとえ犯罪者になっても、大した問題にならないよ」
「駄目だよ。犯罪者は犯罪者だ」
「奴隷商人のほうが、よっぽど駄目だろ。合法だとしてもさ」
「……でも」
「この間さ、街を歩いてる奴隷を見ただろ?」
「ああ、うん」
「足かせをはめられてさ、身体中傷だらけだった。きっと、鞭で毎日打たれてるんだ」
「そうだね」
「彼女もそうなるかも」
「あの奴隷は男の人だったでしょ? ミカは女の子だから、優しく扱ってもらえるよ」
「彼女、ミカって言うのか?」
「そうだよ」
「名前があるんだな」
「あるよ」
「……可愛そうだよな。アスカも、そう思うだろ?」
「うん」と、ぼくは言う。
可愛そうなのは間違いない。だって、彼女が奴隷商人の元に戻ったら、今後一生、ずっと奴隷として生きることになるんだから。
けれど、この世界じゃ甘いことばかり言ってられないんだ。
みんな命がけで生きている。ぼくが助けられるのは、せいぜい自分自身とxxの二人くらいだ。
他の人を助けようなんて、危ない考えだ。すべてを失うことになるかもしれない。
「ごめんなさい」
ミカがトイレから帰ってきた。
「別に謝らなくていい」
「そうだよ。全然謝る必要ないよ」
ぼくとxxが言う。けれど、ミカはそれでも申し訳無さそうに目を伏している。
「あの、さっきは変なことを聞いてごめんなさい。命を助けてもらったのに、ご飯も奢ってもらったのに」彼女は泣いていた。それに口の周りが汚れている。やっぱり、吐いちゃったんだ。「仕事なんですよね」
「そうだね」
それから、ぼくたちは黙ってご飯を食べた。
けれど、3人とも全然ご飯を食べる手が進まなかった。
結局、ぼくたちご飯を食べきれなくて、お金が無いのに沢山食べ物を残して店を後にした。
店を出ると、天気が急に悪くなっていた。
まだ昼間なのに空は暗くて、ジメジメしている。多分、そのうち雨が降るだろうな。もしかしたら、嵐がくるかもしれない。
「酒場に君を引き渡す。そうしたら、俺たちは金貨3枚を貰うんだ」
道を歩きながら、xxがミカに向かって言った。
道を歩いているのは、ぼくたちだけだった。
みんなきっと、天気が悪くなるのを察知して、建物の中に入ってしまったんだろう。
「はい」
ミカは誰の顔も見ないでうなずいた。
「それで良いんだな」
「はい」
「……少しも後悔しないのか?」
xxはどうやら、ミカに対してすごく同情しているみたいだ。それか、彼女のことが好きなのかもしれない。そう思って、ぼくは彼に耳打ちした。
「どうせ彼女を引き渡すなら、話なんてしない方が良いよ。彼女のことを知ったら、余計に辛くなるだけだから」
「おれたちは辛くならなきゃ駄目なんだ」
xxは大きな声で言う。怒っているみたいだった。
「ぼくたちは仕事をしてるだけだよ。何も悪いことをしてるわけじゃない」
「そうだ。でも、嫌だ。俺は嫌なんだ。どうして弱い人間が不幸にならなきゃいけないんだ? 何も悪いことをしてないのにさ」
xxは拳を握って、泣きそうな顔をしていた。彼の悲しそうな顔を見たら、ぼくまで悲しくなってきた。
ああ、ぼくが悪いんだろうか? そう思ってミカの方を見たら、彼女は泣いていた。
「本当はわたしも嫌です」彼女が言った。「本当は嫌です。奴隷になりたくない」
雨が降り始めた。そう思うと、一気に雨は強くなってザーザーと音を立て始める。
「やっぱりそうだったんだな」xxは笑った。「ミカは引き渡さないでおこう。アスカも、それで良いよな。な」
「君がそうしたいなら、ぼくは反対しないよ。でも、そんなことしたら、ぼくたち酒場から仕事を受けられなくなるよ。しかも、お金はもう全然残ってないし」
「そうか。でも、遠くに行けば平気さ。ずっと遠くのどこかなら、また仕事を受けられるよ。だって、俺の魔法とアスカの剣があったら、ドラゴンにだって勝てるんだからな」
xxはそう言って、拳をぼくのまえに突き出してきた。
「それは……そうだね」
ぼくは笑っちゃった。そして、拳を合わせた。
xxは口が上手い。そんなことを言われたら、ぼくには反論する言葉は残されていなかった。
もうすぐ嵐が起きそうだというのに、ぼくたちは街の外に向かって歩き出した。この先どうなるのか心配だ。
けれど、きっとなんとかなるだろうな。
なにせ、ぼくの剣とxxの魔法があれば、何が相手だって怖くないんだから。




