2
やがてぼくたちは、一つの洞窟を見つけた。
「多分ここだな。足跡がある」
xxが地面を指差して言う。
人間の足跡に似ているけれど、それよりは少し小さい足跡が無数にあった。
しかも、まだ出来たばかりの湿った足跡だ。
「そうだね」
「かなりの数が居そうだな」
「うん」
「……危険、かもな。殺されるかも」
xxは言う。確かに、魔物の巣に入るのは危険だ。相手にとっては地形をよく知った有利な場所だし、数も間違いなく向こうの方が多いから。
xxは暗闇の中をじっと見つめて動こうとしない。
「でも、荷物はこの中にあるし、入るしかないよ」
「それはそうだけど、別に戦う必要はないだろ? 今回の依頼は荷物を奪い返すことだけだ」
「そうだね」と、ぼくはそう言ってから、首をかしげた。「でもどうするの?」
「魔法がある」
xxは杖を構えた。そして精神を集中するように目をつむる。
すると杖の先から薄いピンク色の霧が発生して、洞窟の中にそれが入っていった。
魔法だ。
けど、見たことのない魔法だな。
なんだろう? と思って様子を見ていると、次第に甘くて美味しそうな匂いが漂ってきた。はちみつといちごを混ぜ合わせたみたいな、甘い良い匂いだ。
「いい匂いだね」
「だろ?」
「分かった。食べ物の匂いでおびき出すんだ」
「その通りだ」xxはうなずく。「俺が匂いの元になって囮になるから、アスカがその間に洞窟の中を調べてきてくれ」
「分かった。でも、xxは平気?」
「大丈夫だよ。姿を消す魔法を使えば、ゴブリンなんかには絶対に見つけられないからな。それより、お前の方が危ないんだぞ。洞窟の中からゴブリンが全部出ていけば良いけど、多分そう上手くはいかないだろうからな」
「大丈夫、心配しないで」ぼくは剣を構えて笑顔を作った。「ぼくは戦士だ。魔物なんかに怯えたりしないよ」
そうしたら、xxはいたずらっぽく笑った。
「なら良いけどな、戦士様。ともかく、商品を取り返したら街で合流な」
「了解」
しばらくして、ゴブリンは本当に洞窟から出てきた。緑色の顔についた小さな鼻をヒクヒクとさせている。
ぼくは木陰に隠れてその様子を眺めて待って。xxは匂いを漂わせながら、森の奥に消えていった。
洞窟からはゴブリン達が「ごぶごぶ」と鳴きながら、どんどん出てくる。一匹、二匹、三匹と次々に洞窟からそれが出てくる。そして、xxが向かった方角へと、誘われるように進んでいく。
予定通り、甘い匂いに釣られているようだ。
「よしよし、作戦通りだね」
ゴブリン達が洞窟から出てこなくなってところで、ぼくは恐る恐る洞窟の中に足を踏み入れた。
洞窟の壁には火の点いた松明かけられていて、床には動物の毛皮や骨、果物の食べ残しなんかがそこら中に散らばっている。構造は単純で、ひたすら一本道が続いていた。だから迷うことは無く、どんどん進んでいけた。ゴブリン達もどうやらみんな出払ってしまったようで、一匹も見つからなかった。
「これかな?」
洞窟を行き止まりまで進んだところで、ぼくは一つの大きな木箱を見つけた。木箱は爪で引っかかれて傷だらけだけど、未開封だったから、多分これが盗まれた商品だろうなと分かった。
「……でも、これ。外まで運べるかな?」
木箱の大きさは、ぼくが入れるくらいの大きさだ。
ぼくは戦士だから力持ちだけど、それでも持ち運ぶのはかなり大変そうだな。
そんなことを考えていた時、
「誰か居るんですか?」
箱から声が聞こえてきた。
「うわっ、箱が喋った!」
ぼくは驚いて飛び上がった。
けど、よく考えたら箱が喋るわけない。箱の中に人が居るんだ、とすぐに気づいた。
「お願いです……助けてください」
箱の中の人が言う。
「君は誰?」
「わたしはミカです」
「君が『商品』なの?」
「……そうです」
彼女は少し躊躇してから答えた。
「……ともかく、ここを出よう。この中に居たら、君はゴブリンに殺されちゃうよ」
ぼくは剣をてこのように使って、木箱の板を一枚剥がした。
「出られる?」
ぼくが質問すると、やせ細った白い手だけがニョキっと箱から出てきた。
「すみません。もう一枚外してもらえますか?」
「うん」
ぼくはもう一枚板を外した。そうしたら、今度こそ彼女は箱から出てきた。
彼女は、ボロ布の服を着ていた。見るからに貧相で、お金が無さそうだ。そして年齢はぼくたちと同い年くらいで、背が少し小さい。食べ物を全然食べていないらしくて、身体はがりがりに痩せている。
なんだか、可愛そうだな。と思う。もしも商人に彼女を引き渡したら、きっとどこかのお金持ちに買われて、死ぬまで働かされるんだろう。
彼女もそれが分かっているのか、目がすごく暗い。お腹が痛い時のxxよりずっと暗い顔だ。
「……急ごう」
でも、余計なことを考えている時間はない。xxが誘い出してくれたゴブリン達も、やがてここに戻ってくるはずだ。もしも鉢合わせになったら、一本道の洞窟には逃げ場がない。
ぼくは彼女の手を取って、洞窟の出口へと走った。
けれどすぐにミカは息が切れて、走る速度を落としていった。
よく見たら、彼女は裸足だった。ゴミだらけの洞窟の中を走ったせいで、すでにその足はボロボロになっている。
「ご、ごめん。気づかなくて」
「良いんです」
「これじゃ走れないよね。ぼくがおんぶするよ」
「大丈夫です。走れますから」
彼女は厳しい目でぼくを見ていた。多分、ぼくのことを悪い人間の仲間だと思っているんだろう。
いや……実際、ぼくは悪い人間なのかもしれない。と、そう思って少し嫌な気分になった。
今から彼女を奴隷商人に返して、その報酬として金貨3枚をもらうんだから。
けど、ここに彼女を置いていったら、間違いなくゴブリンに食べられてしまうだろう。それはもっと悪いことに違いない。
「君の走る速さに合わせていたら、ぼくまでゴブリンに殺されちゃうよ」
「……それは……なら、私一人で行きます」
「だめだよ。ほら、乗って」
ぼくはその場でしゃがんで、彼女に背中を向けた。
「……」
彼女はしばらく悩む素振りを見せたけど、結局はぼくの背中に飛び乗ってきた。
そしてぼくはまた走り出した。幸い、ミカの身体はすごく軽いから、さほど苦にはならなかった。




