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ピコンと軽快な音がスマホから聞こえてくる。ちらりと視線を向ければコンビニの店長からだ。
次のシフトが決まったとの連絡で、俺はそれにわかりましたと簡潔に返事をした。
「ねぇ勇さん! これでいい?」
呼ばれて顔をあげた。根岸の足元には解体されたベッドがある。
「持ち運びやすいように紐で縛ってくれ」
「はーい!」
上機嫌に鼻歌を口ずさむ男は放っておいて、俺は数少ない食器を一皿ずつ新聞に包んでいく。
必要最低限のものすらなかった部屋でも、何年も住んでいたらそれなりにも物が集まっていたようだ。店から貰ってきていた段ボール箱だけでは足りない。
桜の木に可愛らしい蕾がつく頃、俺たちは新しいアパートへ移ることになった。
根岸が正社員に登用され、俺も正社員として近くの会社に採用されたので、もう少し広いところに引っ越しすることになったのだ。
「ねぇ、勇さん~」
背中に伸し掛かられて、ぐぇっと変な声が出た。
「初めてのお給料でお揃いのお茶碗、買おうね」
「あるじゃねぇか」
もったいないというと、頬を膨らませた。
大男がそんなことしても可愛くない。と言いたいところだがこいつはなぜか似合うので、緩みそうになる顔を引き締めた。
「もうヒビが入ってるよ! 新調しよう、ケガしちゃう。それに俺、お揃いのお茶碗って憧れだったんだよね~」
新調しようというわりには、そのヒビの入った茶碗を愛おしそうに掲げている。きっと大事に残しておくんだろう。
「わかった、わかった。一緒に選びに行こうな」
ぽんぽんと頭を叩いてやれば、やったと抱きつかれてしまった。
「お、お前! ほんと危ないから! 何度言ったらわかるんだよ、急に抱きついてくるなって! 子供でも何度も言えば理解するぞ、お前は何歳だ!」
「え、昨日で二十歳になったよ」
「は? え、昨日?」
「うん」
「ちょっと待て、二十歳!?」
「うん。勇さんは? 二十五くらい?」
衝撃の事実だ。俺は聞こえない振りをして、荷物をよいしょと持ち上げた。
「教えてよ~」
立ちあがってもべったりくっついて離れない。いい加減鬱陶しい。
「……三十五だよ」
「え?」
「三十五だ!! 悪かったな、おっさんで!」
年下だろうとは思っていたが、まさかそんなにも年下だとは思っていなかった。
二十歳だなんて……しかも、昨日が誕生日だったなんて。
「俺の処女をくれてやったんだからな、今さら別れてくれなんて言われてもそう簡単に別れてやらないからな」
離してやるものか。睨みつけ唸ってやった。
すると、俺の睨みは効かなかったのか両手を頬にあてて、乙女のようなあざといポーズをしだした。
「しょ、処女だなんてそんな恥ずかしい……って、処女!? 勇さん、処女だったの!?」
「でかい声でさけぶな、ボケ犬!」
「だ、だって、衝撃的すぎて……」
「年齢のほうに驚けよ」
「いや、そっちも確かに驚いたけど、でも好きだし関係ないかなって。それより処女のほうが、だって、勇さん恋人いたって、じゃあ、その」
「連呼するな、馬鹿! お前だからくれてやったんだよ!」
新しい部屋は、生まれ変わった俺たちが幸せに暮らすための場所だ。
「そ、そんな男らしいところも大好き!」
「うるさい! とっとと荷物をまとめろって!」
きっと、にぎやかで楽しい毎日になるだろう。
end
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