気付き
「成績良いわけでもなし、顔が良いわけでもなし、優と一緒じゃなかったら誰も相手しないっての」
「ウクレレって何? おやじ?って感じしない?」
「大体、暗いんだって」
愛理が教室に入ってくると、未咲来があざけるような調子で誰にともなく話し始めた。
…またか。
優が脅して以来、優が居る時は言わなくなったけど、それ以外ではずっとだ。わざと聞こえるようにあーゆー事言って…。私が何か言っても、まるで私が見えてないかのような反応をする。幽霊にでもなった気分…もう、誰にも何も話かけない。どうせ無視されるだけ。優と居る事でこういうのから守られてたんだな…。そういえば、ここまでじゃないけど小学校の頃にも似た様な事があった。あの時も優が守ってくれたっけ…。『守って』ホントだ。守られた事あった。私がそう意識してなかっただけだ。ユーディが言った通り。…守られるのを当然の事と受け止めてしまってたんだ。あの時ちゃんと意識して考えてればわかったのかもしれない。けど、あの時の私は信じなかった。信じられなかった。こうなってしまう前に、私がユーディの話を信じていたら、あんな醜くなって、不気味な場所に居なくて済んだ?今の私はあんなひどい場所に居るんだから、アイリーンやユーディに会えるはずがない…。今更後悔したってもうどうにもならない。どうしてあの時信じなかったんだろう、どうしてただの夢か妄想って思ってしまってたんだろう、私、バカだな…。
愛理の目から涙が溢れた。
「ははっ。もしかして泣かせちゃったー?」未咲来が得意そうに言った。
違う、あんたなんかに泣かされたんじゃない!
愛理はたまらなくなって、教室から走り出た。
ちょうど、教室に入ってくる優にぶつかりそうになり、一瞬目があった。
愛理はすぐに気まずそうに目をそらして走っていった。
なんで、よりにもよって…優。
優は、走っていく愛理を目で追ったが、すぐに目をそらした。
愛理、泣いてた…。もう、関係ない。
みんなに色々言われるのも、無視されるのも、優に酷い態度とったバチがあたってるんだ。あててくれる方が良い。きっとこれが、アイリーンの言った責任とるって事なんだ。あの恐ろしい夢…あんな醜い状態のままなんて嫌!なんとかしなきゃ。あの怖い夢…あっち的に言うならあれが現実なんだろうけど、あれをはっきり認識したのは、あれ一回きり。でも、今でもはっきり覚えてる。朝起きた時に、嫌な感覚が残ってる事も何度もある。多分覚えてないだけで、あっちではあそこに居るに違いない。想像するだけでもぞっとする。アイリーンは辛い時、抱きしめてくれてるって言った。けど、あんな醜い私をあの光に溢れたアイリーンが抱きしめられる訳がない。きっともう一緒になんて居ない。…自分でなんとかしなきゃ。
休み時間、優は、みんなに囲まれていた。
「優、すごいね!高一なのにレギュラーって、さすがー。今度の試合応援行くね!」
「ありがと」
「あ、私も行くー」「私もー」「私も!」周りに居たクラスメートが一斉に声をあげた。
愛理は、ちらっとその様子に目をやった。
今に始まった事じゃないけど、優はどこでも人気者でいつも大勢の人に囲まれてる。優はなんでもできるし、やさしいし、良い子だし、当然。 …なんだろう、素直にそう思える。優を妬む気持ち、いつの間にか無くなってる?なんであの頃、あんな風に妬んでしまってたんだろう?わがままになってたのか、甘えてたのかな…。あ、そういえばホワイトボードに何かかかれるの、あれ以来無い。きっとアイリーンが言った通り、優ファンが、優と一緒に居る私に嫉妬してやってたんだ。優と離れてしまったら、私の事なんて、別にどうでも良くなった…私が優を妬まなくなったから?妬まれなくなった?
「ようこそ、アイリーン。益々キレイだ。前よりも眩しく感じる。」ユーディは、憧憬に満ちた顔を向けたかと思うと、沈んだ様子になった。「差が開いてしまってるってことだね」
アイリーンは少し悲しげに微笑んだ。「ユーディは?どう?」
「ゆっくりさせてもらってるよ。私も、『天翔ける銀の月』も」ユーディは、壁にかけっぱなしになっている銀の大鎌に目をやった。「いつになったら、天を翔けられるんだろう」
「ごめんなさい。まだ…先になりそう」
「そうだね…わかってる。 アイリーンに守護されてるなんて、ものすごく恵まれている事なのにね。愛理はわかってないね」ユーディは小さく溜め息をついた。
「それは仕方のない事だわ。」
「わかってる。けど、歯がゆくて。アイリーン程の高い位置に居る者に守護されるなんて、そうそうあることじゃないのに」ユーディはまた溜め息をついた。
「けど、今の愛理には私の声が全く届かない…私はただ見守るしかない…」アイリーンは哀しげに言った。
「辛いね」
「ええ。ひどく辛い。けど、少なくともあれ以上落ちてはいない。優を妬む気持ちもなくなった。色々気づきもしたみたい。今の愛理ならきっと大丈夫、這い上がっていけるはず。そう信じてる。」
ユーディは頷いた。
「優の方は?」
「優は心配ない。やっぱりキーは愛理だよ」
「そうね。 しばらくゆっくりしてて」
「そうするしか無いね。私としては、アイリーンがもう少し頻繁に来てくれると嬉しいんだけど」ユーディは、少し哀しげに微笑んだ。
「ごめんなさい。そう、今度、ここのステージで歌うの。聴きに来て」
「もちろん行くよ」




