第11話 ルームメイト
「皆さんもご存じの通り、下位精霊は数が非常に多いです。少なくても1日に数回は見かけるのではないでしょうか?」
「キャッキャ」
クーミル先生の授業を聞きながら、机の上に乗っている下位精霊を指であやす。手のひらサイズの妖精みたいな容姿をしており、俺の人差し指にじゃれつく様は愛くるしい。こうやって授業中に精霊が迷い込んでくるのもこの世界ならではの特徴だな。
――よし、おやつでもあげるか。
魔力を練り上げ、極小の飴を作る。目の前に差し出すと、凄い勢いで口に含んだ。人が食べても味は感じないのだが精霊には甘く感じるようで、ほっぺを膨らませながら美味しそうにもごもご食べている。
うーん!! 見ていてとても和むね。もう1個あげてみようかな?
「今は授業中ですよ」
「あ」
先生が精霊を指でつまみ、外へ逃がしてしまった。
「さて、何か私に言うことはありますか?」
目がちょっと怖い。
「……先生もお1ついかがですか?」
目の前に飴を浮かべてみる。
「いただきましょう。……うん、不純物が含まれていなくて美味しいですね。甘くて癖になりそうです。……ふむ、せっかくの機会ですし皆さんに魔力キャンディーの作り方を教えましょうか。コツがいるため難しいですが、覚えておけば精霊とのコミュニケーションに役立ちます。いいですか、まずは――」
「なあなあ、魔力キャンディーを俺に作ってくれないか? どんな味がするか興味あるんだ」
「俺も俺も! 結局時間内には出来なかったから作り方のコツとかも教えてくれると助かる!」
「はぁはぁ……ジルの魔力……魔力……」
授業が終わると同時に男どもが群がって来た。
めんどいからとっとと退散しよう。
「ごめんなさい、これから予定があるの。また今度ね」
「いえいえ気にしないでください。ごゆっくりどうぞ」
普段の口調で言うと食い下がってくるのだが、何故か女っぽく断ると途端に聞き分けがよくなる。だんだん男達の扱い方がわかってきたわけだが……こいつ等が変な道に進みかねないのでそろそろマジで自重した方がいいかも。
まぁそれはおいおい考えるとして、今はやるべきことを済ませるか。
「――それで、“彼女”はどこにいるのかな?」
「コッチ」
教室を出てから独り言のように呟くと、どこからともなく返事がきた。目を凝らしてみると若干空気が揺らいでいるところがあったので、それを頼りに付いて行く。
「ココ」
案内されたのは空き教室の前。
なるほど、ここにいるのか。
「ありがとな。お礼は何がいい?」
「ンー……ジャア、キャンディー5個デイイヨ」
「OK」
魔力キャンディーを6個作り、宙へ浮かべる。するとキャンディーがスッと消えた。
「マタ何カアッタラ呼ンデネ。バイバイ」
それだけ言い残すと、一陣の風を残して去って行った。
「んじゃ、俺も行きますか。失礼しまーす」
「……誰……?」
空き教室にいたのは淡い赤色の髪をした少女。髪は下していて長さは俺よりも少し長い。背は座っている為よくわからないが、150前半くらいかな。
初対面の俺がいきなり入ってきても特に動じず、眠そうな目と今にも消えそうな声で出迎えてくれた。
うん、だいたい俺が予想していた通りの人物だ。
「君が妹のルームメイトだね。初めまして、俺はククルの兄、ジル・クロフトだ」
「…………あぁ……」
納得、と首を縦に振ると、お弁当を食べ始めた。
どうやら俺は弁当よりも興味を持たれていないらしい。
ふむ……。
「ね、どうしてこんな所で食事をしているの?」
彼女の前に座り、明るく楽しく可愛らしく尋ねてみる。
「……っ…………独りが好き……だから……」
無表情を貫いたつもりだろうが、一瞬目を見開きかけたのは見逃さなかった。
この路線でいこう。
「騒がしいのは嫌い?」
「…………………あまり」
パンをかじりながらも返事はしてくれる。しかしこっちを見ようとしない。
「じゃあククルと同じね。あの子もうるさいのは好きじゃないから気が合うんじゃない?」
「…………そこ、そこ……?」
「ククルとは普段どんな話をしているの?」
顔を思いっきり近づけ、目と目を合わせる。
「……必要……最低限」
彼女の紅い瞳からはやや動揺の色が見える。
む、緊張させちゃったかな。それは不本意だ。ちょいと和らげるか。
「ところでさっきから気になっているんだけど、あなたの髪ってきちんと手入れしてる?」
「…………してない……」
「やっぱり」
彼女の髪は、寝て起きてそのまま学園に来ましたと言わんばかりの状態だ。枝毛もちょこちょこ発見したし、普段からほとんど髪の手入れをしていないのだろう。
「ダメじゃない! せっかく綺麗な髪をしているんだからもっと大事にしないと。ちょっとじっとしてて」
後ろに回り込み、懐から愛用のブラシを取り出す。そして彼女の毛先をほぐしながらゆっくりと髪を梳いていく。
「うん、いい髪ね。私には及ばないけど」
「ねえ。あなたって本当に男……?」
おや? 普通に話しかけてきたな。
「ああ、男さ。ククルからも聞いているだろ?」
説得力を与えるために、いつも通りに話す。
「男子はおろか女子にだって髪を梳かしてもらったことなんてないのに……。でも何故か落ち着く。不思議」
「それはアレだ。俺が可愛いからだな。可愛い子はいつだって心に癒しを与えてくれるもんさ」
「ふふっ、ジルって面白い人だね」
おお名前で呼ばれた! ならばこちらも名前で呼びたいところだが……。
「なあ、君の名前は何ていうんだ?」
生憎と俺は彼女のフルネームを知らない。ネルと言うらしいがククルから聞いただけで実は違う可能性もある。ちなみにこうして彼女の居場所を知れたのは、野良精霊に頼んでククルの部屋から彼女を尾行してもらったおかげだ。
「…………リーネルカ・フィン・アルシャルク」
ブラシを動かす手が止まった。
アルシャルク……?
その名は最近どこかで聞いたような……。
っ、そうだ……!! この前の休日に俺とククル、アリサに喧嘩を売って来た男――。
「オロフ・アルシャルク!! もしかしてアイツの関係者か!?」
「………………オロフは私の父」
「!!」
ということは俺はアイツの娘の髪を梳かしているのか!
どうする? ククルをよろしくと頼むつもりだったが止めておくか?
いや待て、よく考えろ。
この子がオロフの娘だというのなら、この前アイツがちょっかいをかけてきたのも偶然じゃないだろう。間違いなくローザ女王の思惑が絡んでいるはずだ。ならどういう意図があったのか。
……ここでオロフに出会わなかった場合を想定してみよう。おそらく俺はアルシャルクの名に反応することなく、この子とある程度までは親しくなっていた可能性が高い。仲良くなればククルとも共通の話題が生まれてルームメイト同士会話しやすくなるかなー、とか打算的なことも考えていたしな。
ふむ……つまり女王はオロフを差し向けることによってその未来に待ったをかけたわけか。「お前はあのオロフの娘と仲良くする気があるのか?」と脅しにも似た行為で。そんなことをするっていうことは俺とこの子が仲よくすると何か不都合なのか、はたまた他に思惑があるのか……。
……。
まっ、いっか。
「そうか。じゃあ、ネルって呼ばせてもらうよ。妹共々よろしくな」
止まっていた手を動かす。
女王のことなんて無視だ無視。あの人が何を考えていようと俺はやりたいようにやる。オロフの娘だろうと関係ない。この子が良い子であれば付き合っていくし、嫌な奴ならば距離を置くだけ。周囲の環境に左右されてネルを色眼鏡で見るなんてことは彼女に失礼だ。
「……ぁ……ぅ…………気が向いたら」
それからは今日の授業の内容とか好きな食べ物、街でこんなものを見つけたとか昼休みの学生の大半がしているであろう他愛もない話をした。
その中で意外だったのは俺から話題を振るのではなく、ネルの方から積極的に話しかけてきたことだ。今までの情報からてっきり無口キャラかと思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。
「ジルはお父さんを知っているの?」
おっと、答えにくい質問が来た。
「んー、知っているというというか何というか。もう少しでネルのお義母さんになるところだったと言えばいいかな?」
襲われたことは黙っていた方がいいだろう。……むしろこっちを黙っていた方がいいような気もするが。
「……お父さんが迷惑かけた」
「気にすんな――っと、こんなもんでいいだろう」
「あ……」
ブラッシングを止め、ヘアゴムで彼女の髪をまとめていく。
「はい、ツーサイドアップの完成」
さーて出来具合はっと。
彼女の正面から確かめてみる。
「うん、なかなか似合っているぞ」
短時間でこれなら十分だろう。
「………………ありがとう……」
あれ?
また最初の消え入りそうな声に戻ってしまった。照れているのか? いや、それだけって感じじゃなさそうだが……。
「なあ――」
「あ…………zzz……」
いきなりネルが机に突っ伏して眠ってしまった。
「誰だ!!」
微かに魔力が感じられたから人為的なのは確実だ。
「そんな警戒しないで欲しいニャ。敵じゃないニャ」
そう言いながら現れたのは一匹の白黒猫。
「初めまして。吾輩は闇の中位精霊ルパ。リーネルカの母君の家――フィン家に仕えていて、この子の保護者みたいなことをしているニャ」
闇の中位精霊……。かなりレアな奴だ。
嘘を言っているようにも見えないし本当のことなんだろう。
「で、眠らせる必要はあったのか? それともネルはあんたの存在を知らないとか?」
「知っているニャ。君が来るまでは喋り相手にもなっていたしニャ。眠らせたのはちょっと君と内緒の話をしてみたかったからニャ」
「ほう?」
「君は『姫様』と決闘した男だからニャ。まさかあの方とそんなことをする存在がいるとは思っていニャかったから、闇の精霊達の間では軽い騒動になっているニャ。だから噂の人物と話せれば自慢できるニャ」
「ふーん」
けっこうくだらない理由だった。
「そしてもう1つ」
む、気配が変わった。
「中途半端な気持ちで彼女と関わるな。もしリーネルカを傷つけるようなことがあれば誰であろうと許さないニャ」
闘志むき出しで俺を睨んできた。
学長のそれに比べれば全然だが、彼の目からは揺るぎなき信念を感じる。俺がネルに何かすれば命を捨てでも襲い掛かってくる、無条件でそう思わせるほどの眼力だ。
「安心しろ。そっちから何かしてこない限り、俺が危害を加えるようなことはしないさ」
「ならいいニャ。でも念のため彼女にはあまり近づかないで欲しいニャ。その方がお互いの為ニャ」
「……」
ふむ……。
ルパの首根っこを掴んで持ち上げる。
「にゃ、ニャにをするニャ!? 離すニャ!!」
「断る。……いいかよく聞け。ネルの保護者だか何だか知らないが、お前が勝手に決めるな。決めるのは俺とネルだ。互いに気が合えば友達として関わっていくし、逆にいまいちだと思えば離れていく。そこにお前の意見なんて挟む余地はない。わかったら二度と余計なことを言うな」
「……わかったニャ。すまないニャ。つい過剰に反応してしまったみたいニャ」
「うん、素直でよろしい。褒美にキャンディーをやろう」
ルパを下ろすついでに、キャンディーを作って口に放り込む。
「美味いニャ……」
「さあ、話はもう終わりだろ? ネルを起こすか?」
そろそろ昼休みも終わるしな。
「いや、ギリギリまで寝かせてあげて欲しいニャ。吾輩がきちんと起こすからジルはもう教室に戻った方がいいいニャ」
「そっか。じゃあ先に戻ってるぞ。ネルによろしく伝えておいてくれ。……あ、ヘアゴムは友好の印にあげるとも頼むなー」
「ん~~~~!!」
廊下に出ると、思いっきり体を伸ばす。
これで心配ごとの1つがなくなったな。
粛正会の連中が本格的にククルの関係者に危害を加えようとしているみたいだから、真っ先にルームメイトが狙われるかなと警戒していたのだが、ルパがいるのなら大丈夫だろう。あいつ、見た目の割にかなり強そうだったもんな。少なくても学生相手に遅れを取ることはまずないはず。ま、それでも一応気を付けてはおくが。
「あ、ジル様。こんにちは」
「ん、アリサか」
教室から少し離れたところでアリサと遭遇した。
彼女が学園を1人で歩いているのは珍しいな。
「この前は何だか逃げるように帰ってしまって申し訳ありませんでした」
「ああ、アレね……。まぁ気にすんな」
この前の買い物の時、いきなりアリサに抱きついた所為で混乱させちゃったんだよな。俺も謝った方がいいかな?
「ふふ、ジル様もアレはそんなに気にしないで下さいね。……それでジル様はもしかしてオロフの娘に会っていたんですか?」
空き教室を指差しながら尋ねてくる。
相変わらず鋭いな。
「まあね――って、オロフの娘がこの学園にいるって知ってたのか?」
「はい。尤も、知ったのは昨日ですが。そして彼女に興味が出てきたので会いに来てみればジル様に先を越されていたと」
「アリサもネルに話しに来たのか。まだ教室にいるし会ってみればどうだ? ……寝てるかもしれないけど」
「いえ、聞くところによれば彼女は人見知りの様ですし、短時間のうちに知らない人が何人も会いに来るのは負担になると思います。なのでしばらく待つことにします」
うーん……人見知りとはちょっと違う気もするがな。
「そういうわけでジル様にはこれを差し上げます」
「およ?」
渡されたのは可愛くラッピングされたクッキーの詰め合わせ。作りたてのようでまだ温かい。
「リーネルカと会話の糸口になればと思い作って来たのですが、不要になってしまいましたので。いらなければお姉ちゃんにでも渡して下さい」
これをあげるなんてとんでもない!!
「大事に食べさせてもらうよ」
「もしリーネルカと仲良くなったら私にも紹介してくださいね。それではまた」
立ち去るアリサを見送る。
「ふふふ、このクッキーはどうやって食べようかなー」
彼女が見えなくなったところで如何に美味しくクッキーを食すか考える。
なんていったってアリサの手作りだ。簡単には食べられない。じっくりと味わって食べないと。自室にある秘蔵の紅茶と共に……いや、苦いコーヒーと一緒にっていうのもありだな。んー、でもあえて水だけでいくという手も……。
午後の授業はネルや粛正会のことを忘れて、クッキーのことばかり考えていた。




