第12話 破滅の言葉
教室に入ると、俺の席の辺りが何やら騒がしい。
まーた男連中がしょうもないことでもしているのかと、呆れながら近づいてみたら俺の机と椅子がバキバキに破壊されていた。机の中にしまっておいた教科書もご丁寧に破かれており、それら残骸の上には赤い文字で『落ちこぼれ』と書かれた紙がある。
「何だこれ?」
「あ、ジル……。わかんね。朝来た時にはこうなってたよ。一体誰がこんなことを……」
最初に教室に来たという男子が教えてくれた。
「ふーん。まぁいいや、とりあえず片付けるか。じゃないと授業を受けられんしな」
クラスが重苦しい雰囲気になっているため、俺は大して気にしていないという意味を込めいつも通りに振舞う。
「俺も手伝うよ」
「「私も!」」
「あれ、どうしたのよ皆して固まって……って何これ!?」
片づけようと残骸に手を伸ばしかけたところで、ティリカが机の惨状を目にして声を荒げた。
「これはジルの……。誰よこんなことしたのは!!」
凄い形相で周りを睨んだ。
魔力も漏れているし、皆はびびって目をそらしている。
「ほらほら落ち着けって。皆が怖がっているじゃないか」
「待ってなさい。スイレン様に頼んででも犯人をとっちめてやるんだから」
「いやいや!! そんなことで大精霊様を呼び出すなよ!?」
「そんなことって何よ!! アンタはこんなふざけたマネされて悔しくないの!?」
「こんな容姿だからな。いつかは嫉妬に狂った奴がこういったことをするとは思っていたよ。だからまぁ、しょうがないかなーって感じだ」
「しょうがないからって泣き寝入りするつもり!? 冗談じゃない!! アンタも男なら犯人にやりかえすくらいの気概を見せなさいよ!!」
なんかティリカって性格がスイレンに似てきたような気がする。俺としてはもう少しお淑やかに育って欲しいのだが……。今度スイレンと話し合わないといけないな。
「俺の為に怒ってくれてありがとう。その気持ちだけで十分だよ」
「っ、勘違いしないで。私はただこういう陰湿なやり方が気に入らないだけであって、決してアンタのためじゃないわよ! ……ふん、もう勝手にしなさい」
ツンデレみたいなセリフを残して自分の席へと着いた。
さ、片付けるか。
その後も俺への嫌がらせは続いた。
廊下を歩けば矢が飛んでき、中庭を通れば熱湯や生ゴミが降ってくる。顔が厳つい先輩からは「俺の悪口を言ったろ」とか難癖をつけられ、下位精霊からは物理攻撃を食らう。いかに俺がダメな奴なのか詳細に書かれた手紙が送られてくる。カバンに動物の死骸が入れられる。机が計3回破壊される、等々。
「こんなのがもう4日も続いてるんだぜー。何とかしてよー。ストレスで肌が荒れちゃうよー」
「ふん、大精霊から逃げ切れるのならそれくらいどうとでも対処できるだろ。いちいち俺に頼るな」
陰湿な虐めを受け、すっかり心がズタズタになった俺は学長に助けを求めに来た。だというのに学長の態度は素っ気ない。せっかく可愛い生徒の好感度を上げるチャンスなのに……。
「アレか。スイレンに話したことをまだ怒っているのか」
「そんな狭量ではない!! ……ただ学生同士のいざこざに首を突っ込む気がないだけだ」
「へぇー、犯人が学生っていうことはわかってるんだ」
俺は犯人に繋がる情報なんて一言も言ってないのに。
「……ふっ、当然だ」
あ、開き直りやがった。
「被害者がお前じゃなければ何らかの対策は取っていた。しかしお前に関しては要らぬ世話かと思い放置していたのだ。粛正会程度に遅れをお前ではないだろ?」
やっぱ犯人は粛正会でしたか。十中八九そうだろうと思っていたけど、これで確信できた。
動機は俺への嫌がらせを止める代わりにククルが粛正会に入ること。もしくは怒ったククルが粛正会に殴り込みをかけたところで暴力を理由に退学へと追い込む、ってところかな。
「で、何故とっとと止めさせずになすがままとなっている。まさか悲劇のヒロインでも気取っているのか?」
確かにその気になれば止めさせることは容易い。犯行の現場を取り押さえるだけで済む話だからな。しかし――。
「一撃で粛正会を潰すには虐め程度じゃ無理でしょ。もっと決定的なことをしてくれないと」
過去には机を破壊するなんて目じゃない程えげつないことをしたらしいし、こんな嫌がらせ程度のことで満足してもらっては困る。
「だから今は全く気にしない素振りを見せて、奴らがより直接的な行動を取るのを待っていたわけだけど……実はそうも言ってられなくってね」
「ほう?」
「周りがね、ちょっと過剰に反応してまして」
ティリカはイライラした視線を俺に向けて来るし、噂を聞きつけたアリサは「4ヶ国のトップに頼んでみましょうか?」とか言うし、最近懐き気味のネルはネルで「お父さんに相談してみる」とラングット最強に連絡を取りかけた。そして我が妹は……大変ご立腹のようで宥めるのに物凄く時間がかかる。
むしろ虐めよりも周りを落ち着かせることの方が気苦労だ。
「このままだと誰かしらが解決しちゃいそうなんだよねー。さすがにそれは情けないと言うか……」
それで粛正会が潰せるならまだいいが、おそらく彼女達の方法では俺への嫌がらせを止めることしかできないだろう。その場合だと彼女達にまで粛正会に目をつけられかねないので、やっぱり任せるわけにはいかない。
「そこで学長の出番! 学長には彼らを『来週から俺がイジメの犯人を捜すことにした』とか何とか言って脅してほしいんだよね。それで潔く引けば見逃す。でももし引かなければ……予定通りにいかせてもらう」
「いいだろう」
「あー、わかってる。教師の立場としては頷きにくい問題だもんな。だけど――って、いいの!?」
予想外の言葉にびっくりだ。
だって、彼らが大人しく引くなんてありえない。必ず強引な手に打って出るだろうから、要は「粛正会を潰すから協力して。止めるなら今の内だよ?」って聞いているのと同義だからな。文句の1つでも言われるのを覚悟していたのに。
「あいつ等には再三にわたり警告していたのだ、そろそろ今までの報いを受けるべきだろう」
ほほう、放任主義の学長がそこまで言うとは。
まあこれでどのような形であれ、数日以内には粛正会との決着がつくだろう。
翌日、俺は街へと繰り出した。
今回のファッションは白のブラウスに赤のスカート、髪はねじってサイドにまとめてある。ちなみにブラはちゃんと着用済みだ。外出するのにブラを着けるのは初めてだから、何だか物凄くドキドキする。この心境をあえて例えるならそう、初めて18禁コーナーに入った時の気持ちと似ているかもしれない。いけないことをしているわけじゃないのに心が落ち着かず、どうしようもなく胸が高鳴る。あまりのことに挙動が変になっていないか自分で心配になるくらいだ。
だが決して悪い気分じゃない。というより、気分はかなりいい。
なんせ俺は新たな一歩を踏み出したのだ!!
他人からは見えないとはいえ、ブラを着けているというだけで自分がいつもより可愛くなった気がする。ふっ、自分が怖いぜ……!! 俺は一体どこまで可愛くなってしまうんだ!?
「……はぁ、あとは胸があればなぁ」
そうすればより完璧に近づけるのに。何で男には胸がないのかねー。
ふむ……。
ふと、学長に胸がある姿を想像してみた。
2mを超える巨漢に鍛え抜かれた筋肉。そんな男に豊満な胸が様を思い浮かべてみたら――。
「うぷっ……」
気持ち悪……。
やっぱ男に胸はいらんな。俺も贅沢言ってないで与えられた肉体だけで勝負していくべきだろう。
「……」
つーかさっきからテンションがおかしいな。
これもブラ効果なのか? それとも虐めの所為で心がすり減っているとか?
――そんなことを考えていた時である。
「いてっ」
同年代くらいの男とぶつかった。
「ご、ごめんなさい。よそ見してました」
「おいおいおい。人にぶつかっておいて謝るだけか? それは無いだろう。ちょっとツラかせや」
「きゃっ」
腕を強引に掴まれ、暗い路地裏へと連れ込まれた。
衛生的にあまり綺麗な場所ではないため、人はほとんど通りそうにない。
「連れてきました」
「ご苦労」
ある程度進んだ所で、物陰から5人の男が出てきた。
その中にはこの前ククルとして振舞っていた時に遭遇した金髪君もいる。
ということは残りのメンツも粛正会関係か。
ククク、まんまと釣られやがったな。
「お前、ジル・クロフトだな?」
金髪君がナイフの切っ先を俺に向け訊いてきた。
ふむ。下準備が必要だし、しばらくは気弱な学生を演じるか。
「こ、この姿の僕をどど、どうやって……!?」
「学園で見た姿と大分違っていてこちらも半信半疑だったが、やはりそうか。くく、男子寮を見張らせていた甲斐があった――なぁ!!」
「うっ」
腹に思いっきり蹴りを入れてきやがった。
「さてさてジル・クロフト君。積もる話は後にして、まずは妹の責任を取ってもらうおうか。……おい、ブロチエ。やってやれ」
「うす」
「な、何を……きゃあ」
大男が俺の肩を左手で掴み、身動き出来なくしたところで大きく振りかぶった右手を顔面に当ててきた。
あまりの衝撃に壁へと叩きつけられる。
掴まれていた部分のブラウスは破けており、ブラの紐が露出している。
「酷い……、な、なんで……こんなことを……」
怯えた顔、震える声で彼らを睨みつける。
「はははははははははははは!! いい様だな!! 良く似合っているぞ!! だがこんなもの序の口にもならん。もっともっと恐ろしい目に遭わせてやる」
「見て下さいよアイツ、ブラなんてしちゃって。もしかして本当に女なんですかね?」
「なんだかムラムラしてきそうですよ」
「どっちであろうとも、あの容姿なら需要はありますよ。いい小遣い稼ぎになるじゃないですか?」
俺の姿にすっかり気を良くし緊張が解けている。
うん、こんなもんでいいだろう。
「影牢」
「「な!?」」
よっと立ち上がり、魔法で計6人の動きを封じる。
「なんだこれは……まったく……動けん……。それに魔法も……使えない……!?」
「俺が解除するまでは動けませんから、余計なことはしない方がいいですよ。――はい、ちょいと失礼しますねー」
固まっている全員のズボンを下ろし、パンツ丸出しの状態へする。
この光景は見ていてなかなかにシュールだ。
「何のマネ……っ、まさか……アイツラをやったのはお前か!? それと同じことをしようというのか!?」
「ひっ」
彼らの脳裏によぎっているのは、全裸で職員室に突撃した奴らのことだろう。
だが……。
「違いますよ。毎回同じじゃ芸がないですからね。今回は別なのです」
「くっ、俺達に何かしてただで済むと思うなよ……!!」
「最初に喧嘩を売って来たのはそっちじゃないですか。俺のはただの正当防衛ですよ。……まったく、大人しく学生生活を楽しんでいれば良かったのに」
「いいか、お前達と違って俺は――」
「んじゃ、そろそろお別れです。今から“破滅の言葉”をお聞かせしますね」
長くなりそうな負け惜しみを強引に遮る。
「何だ、それは……?」
破滅という単語に反応してか、やや顔が引き攣っている。
「魔力を一切使わずに人の一生を狂わせる言葉です。十分に堪能してくださいね」
餞別代りに可愛く微笑み、息をゆっくりと吸い込む――。
さあ、響け!!
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 助けてぇ~~~~~~~~~~!!」
「「!?」」
辺り一帯に俺の悲痛な叫びが広がる。
「どうしました!?」
すると1分もしない内に騎士が駆けつけてくれた。
「た、助けて下さい!! この人達に犯されかけたんです!!」
「「な!?」」
パンツ丸出しの彼らを指差しながら必死に助けを求める――ふりをする。
「ふ……ふざけるな!! 誰が男のお前なんて襲うか……って髪の色が変わっているじゃないか!?」
金髪君が俺の髪が銀からピンクに変わっているのを見てツッコミを入れた。
「何を言って……?」
「分かりりません、元々私の髪はピンクなのに……。あの人達さっきも『げへへへ、お前は男だろ。男が服なんて着てんじゃねぇよ!!』って意味の分からない言いがかりをつけてきて……。お願いします、助けて下さい……!!」
「言いがかりをいっているのはそっちだろうが!!」
「……」
騎士が俺の顔、破けた服、そこから見えるブラの紐、スカート、ズボンを下ろしパンツ姿を晒している彼らへと順に目を向け、うんと頷いた。
「お前達を少女暴行の現行犯で拘束する!!」
懐から笛を取り出し「ピイイイイイイイ」と音を鳴らすと、瞬時に精霊達が集まり彼らを囲む。
よし『影牢』解除っと。
「来い!! こんな可憐な少女に不届きを働く男の恥共め!!」
「貴様……誰に向かって口を利いている!! 俺はベルダットの第4皇子コルネウスだぞ!! 不当な拘束だと抗議してやるからな!! そして必ず復讐してやる!!」
精霊に取り押さえられながらも鋭い目で俺達を睨んでくる。
「無駄だと思うが抗議するといい。しかし仮に釈放されてもお前はクロスセブンを追放になるがな。王族であろうと関係ない。ここで罪を犯すとはそういうことだ。そんな君を父上が優しく出迎えてくれるといいな」
「な――」
騎士の言葉に顔を青くして脱力し、彼らは精霊達に連行された。
こうしてコルネウスが捕まったことにより、粛正会との因縁――とも呼べないようなショボイいざこざには蹴りが着いた。トップが不在、かつ立て続けに事件を起こしたため粛正会は解散したし、学園の風通しもよくなったことだろう。
俺への嫌がらせもピタリと止んだことだし、心配してくれた人達にはお菓子でも持っていくか!!




