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英雄の方針

ピー太郎の話を聞いてしばらく沈黙していたがシュウノが口を開く。


「最初に山羊男を見たときは怖がって逃げていた。最初から飛べたなら飛んで逃げてたはずだ。」

「あいつは戦うごとに使える力が増えてるんだと思う。」


カタム領主もその考えには肯定を示し


「その仮説にはぜひとも外れてほしいが、あの化け物には戦うほどこちらに勝てる見込みが減っていくということだ。」

「今後は私の許可なくキャベツに近づくのは許さん。国王にも報告する。違反者は厳罰に処する。」


ティアニスが腹の虫がおさまらない様子で悪態をつく。


「要するに、ただの山羊が化け物に変身して魔王以上に世界を滅茶苦茶にしてるってことですか?」

「馬鹿馬鹿しくて付き合えるか!!」


「しかし、文句を言う場合でもない。魔王だろうと山羊男だろうと世界にとって脅威なのが問題だ。」

「今はメイリアと衛兵の遺体を渡す他に街を守る手段がないし、風見族の使者を手ぶらで帰すと彼らも危険だ。」


イグナはティアニスの間に入り、時間を稼ぐしか今はないと諭す。

カタム領主はシュウノに目線を移し話を続ける


「その通りだ。イグナ君の判断が最も賢明だ。英雄であれ、今の問題に対処できないのであれば、私の責務の邪魔をしないこと――それが君たちに求めるすべてだ。この決定で納得してくれるね?」


シュウノは表情を失った様子で返事をした。


「…わかった。ティアニス、いずれキャベツと戦うから倒す手立てがつくまで今は耐えてくれ…」


ティアニスは信じられないといった様子でシュウノを睨みつけ


「えらく、今回は物分かりがいいですね?私が戦死したらそんな顔で山羊男に遺体を渡しますか?」


シュウノは「すまない」しか言えないのをイグナがティアニスに「そこまでにしろ」と制止する。


目的と無関係な話が多いのにしびれをきらしたバロットは早く帰りたそうに領主に


「それで遺体はどこー?腐る前に持ってこいって言ってたから、決まったなら早く案内してー。」


と発言した瞬間だった。ティアニスが怒髪天を衝きバロットに飛び掛かった。

「落ち着いてください!」衛兵2名に捕まり、退席させられたのだった。


ピー太郎は「その話し方は怒らせるだけだからやめた方がいい…」と咎めるが

バロットは「原因のキャベツに怒ればいいのに。ボクみたいに弱そうな相手なら、怒りやすいのかな?」と切り返す。


カタム領主はバロットの要求通り衛兵に案内させ退席させた後、「不謹慎な男だ」と不快そうに愚痴をもらす。


「魔力を持つ者はティアニス君のような戦闘向きでない者でも取り押さえるのに兵士が2人もいるほど体力がある。シュウノ君も見てないでああいう時は手伝ってくれ。」


「すまない。後でティアニスには言っておくよ。」


ピー太郎は「バロットはキャベツと馴れ馴れしかった」と本人がいない場で言い、


「私が今後、キャベツや故郷のシルバナで起きたことはできる限り情報を提供いたします。」

「シュウノ様、どうか恐るべき山羊男を倒し風見族とシルバナをお救いください。」


「そうしたいが、今は奴を倒す手段がない。倒す努力はするからそれまで待ってくれ」


シュウノは絞り出すような声で言うと、ピー太郎は「待っております」と言い残し、バロットが歩いて行った方向へ向かっていった。


シュウノとイグナはティアニスの連れていかれた場所へ歩いて行った。


カタム領主は来客達がいなくなった後で秘書に愚痴を漏らす。


「まったく、冒険者というのは戦いが強い理由だけで我々のような者に礼儀を欠く若造が多い。あの連中はこのような場での口の利き方もできないのか?」


「全くです。過程や競争を踏んで領主になられたカタム様とは品格が違いますからあまりお気になさらないでください。」


「…ああ、だが山羊男を放置するわけにはいかん。暗殺者の『ラッキーナンバー』を呼べ。どんな化け物も頭に風穴が開いたら助かるまい。」


ピー太郎とバロットは衛兵とメイリアが入った遺体袋をそれぞれ足で掴んで飛び去っていった。

ピー太郎は飛び立つ前にメイリアの遺体袋に詫びた。


「我々は飛んでる間は手が使えないから足ですいません。」


シュウノ達は領主の館から飛び去る二人を遠目に見ているのだった。


「遺体は必ず取り戻す」


そう言うしか今は出来なかったのだった。この状況の無力さと虚しさを噛みしめる他なかった。



***3か月前のあの日の過ち


シュウノはこれまで味わった事がないやるせなさと無力感がのしかかったまま帰宅した。

2カ月前に買ったモデルハウスが目前に近づいてくるが安らぎは感じない。


玄関に入ったその時、帽子をかぶったぶかぶかした服を着た女性が入口に待っていた。


シュウノは誰だ?と声をかけると女性が振り向いたら


「シュウノ。お久しぶりですわ」


貴族のセイルだった。


会いたくないタイミングだったが本音を言うわけいかず、シュウノが「どうして俺の家に?」と疑問に聞くとセイルがもじもじした様子で


「シュウノ…わたくし、事情があって家出しましたの。」

「あなたに話さなければならないことがありまして…」


「…え?何があったんだ? とりあえず、中で話そう。今日は疲れたけどセイルの話なら聞くよ。」


そういうと二人は家に上がった。


部屋に入り椅子にシュウノは座るがセイルは座ろうとしない。


「どうしたんだ?なんで座らない?」


シュウノが不思議そうに聞くとセイルが少し、怪しい笑顔でシュウノを見つめる。


「わたくし、いつもは胸を見られたくないかこのようなぶかぶかした服を着てますの。」

「でもシュウノの前で着たいわけではないですのよ? 今日一番、見てほしいのは――」


そういうとぶかぶかした服を脱いで身軽な服装が出て来たがお腹がわずかに膨らんでいる。


シュウノは青ざめて思考が止まった。


「私、妊娠しましたの。あなたの子を――」


(…や…やっちまった。やっちまったぁー!!!)


シュウノは心の中で絶叫した。


「おい、……それって、あの宴の時のことでか?」と恐る恐る聞くと


「そうですわ…そのような関係にはなっておりませんもの…フフフ。」


その目はどことなく、標的を見つめるような目だった。


(…う、嘘だ。こんなことがあるはずがない。でも嘘でセイルがここまでする意味もないし…)


思考が嫌でも無意識に目まぐるしく回るシュウノだったがセイルが見つめる。


「シュウノ、近いうちにわたくしの実家へ挨拶に行きましょう。今帰れば、わたくしは親に勘当されるかもしれません。お腹が大きくなってからあなたが一緒に来れば、実家も認めざるを得ないでしょう?」

「わたくし、あなたの口から言ってほしい言葉がございますの。……おわかりになりまして?」


「それは……結婚……ということか?」


「もうシュウノったらロマンチックに欠けますわね?」

「もっとわたくしを喜ばせてくださいまし? それでもわたくしの亭主様なのですか?」


シュウノはかきたくもない冷や汗をかいてる。

脳裏にティアニスとイグナの顔が浮かぶ。もし彼女たちにバレたら……。


(ティアニスなら……「私に黙ってセイルと“できちゃった婚”ですか。シュウノ、今すぐ私の目の前で切腹してください。」とか言い出すに違いない)


(イグナなら……「見損なったわ。あの巨乳女と一緒に一生を終えなさい。二度と私の視界に入らないで」と完全に見限れ、毒矢のような軽蔑を浴びせるだろう)


それだけではない。魔王を討伐した「英雄」が、酒の勢いで貴族の娘を身ごもらせ、隠していたことが発覚すれば新聞の一面記事で世間からのイメージもガタ落ちだ。


「シュウノ? どうなさいましたの? 顔色が良くないですわ?」


セイルが小首を傾げるが企みがうまくいったような微笑みが時折、相まみえていた。

シュウノは気を取り直してセイルに話しかける。


「...いきなりだから考えさせてくれ。セイル、すまないがしばらくこの家に隠れてくれないか?決してお前を見捨てないから、結婚の話は待ってくれないか?」


そうシュウノが弱弱しく言うとセイルがご満悦な表情で


「もちろんですわ。しばらく二人で結婚生活の練習と気分を味わいましょう!」

「どんな式にするか一緒に考えましょうね?式にはイグナもティアニスもお呼びしましょうね?」


明るく将来を想像しているセイルに、ただただ重責に押しつぶされそうなシュウノだった。


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