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『猫のお話 「猫になっちゃった!」』

謎のカリカリを食べたら、猫になってしまった のり子。猫になった小さな事件が始まります。


俺は窓際でデブった腹を床にぺったりとくっつけて、ため息をついていた。

昨日の猫集会で弟分のしまねこからもらった、七色に輝く不思議なカリカリ。

1日だけ人間になれるという噂のカリカリを、俺はまだどうしようか決めかねていた。

「にゃー……(のり子のやつを一日中観察するのも面白そうだけど、それだと結局猫のまんまだしな……もっと面白いことないかな)」

そこへ玄関の鍵がガチャリと回る音がした。

「ただいまー、太郎〜!」

のり子がいつもの明るい声で帰ってきた。

バッグを置くなり、俺の頭をくしゃくしゃと撫でてくる。その手の温かさが、いつも通り気持ちいい。

「……ん? 太郎、これ何?」

のり子が床に落ちていた七色のカリカリに気づいた。

好奇心いっぱいの顔でつまみ上げ、鼻を近づけてクンクンと匂いを嗅いでいる。

「変わった色……餌の中に紛れてたのかな? カリカリって意外と美味しいのかしら?」

俺は慌てて飛び起きた。

「にゃあっ! にゃーにゃー!!(待て待て! 絶対に食べるな!! 大変なことになるぞ!!)」

しかし、のり子はすでにパクッと口に放り込んでいた。

「…………にゃがーん……」

次の瞬間、のり子の体が小さく震えた。

彼女は自分の手を見て目を丸くし、慌てて後ろを振り返った。

「え……? 太郎、なんか急にでっかくなった?」

俺はため息をつきながら立ち上がった。

「どうすんだよ。お前が猫になっちゃったんだよ」

のり子は自分のふかふかの肉球、出し入れできる爪、そして白くて長い尻尾を見て完全にパニックになった。

自分の尻尾を追いかけてくるくる回りながら、

「にゃー! にゃーにゃー!!(太郎! これどうなってるの!? 体が勝手に動くよ!?)」

まったく……こいつ、猫になっても天然なのは相変わらずだな。

「太郎!どうして言葉しゃべれるの?」

「逆だ、逆、のり子が猫語、話してんだよ」

俺は重い体を起こし、どうするかな。仕方がない、のり子の方を一瞥して、溜息をついた。

「にゃー(とりあえず、猫集会に行ってみるか。みんなの知恵を借りるしかない)」


いつもの集会場に着くと、弟分のしまねこをはじめ、いつもの面々が集まっていた。

しまねこが俺たちを見て目を丸くした。

「にゃおー!? ボス! その白い猫、誰だよ!? めっちゃ上品な匂いがするぞ!」

俺はのり子を地面にそっと下ろし、みんなに向かって説明した。

「にゃーにゃー(これ、うちの飼い主のり子だ。例の七色カリカリを間違って食っちまって猫になっちまった。

1日で元に戻るらしいけど……何か知ってる奴はいねえか?)」

猫たちが一斉にのり子をジロジロ見始めた。

「にゃー(へえ、ボスの飼い主か……毛並み綺麗だけど動きがぎこちないな)」

「にゃおにゃお(人間の匂いがまだ残ってるぜ。なんか美味し……じゃなくて!)」

のり子は俺の後ろに隠れるように体を縮こまらせ、小さく震えていた。

「にゃ……にゃー……(太郎……みんな怖いよ……目が光ってる……)」

古株の三毛のおばさんが、のんびりした声で言った。

「にゃー(まあ、1日で解けるんだったら焦らなくてもいいんじゃないの?

でもせっかくだから、猫として生きる楽しさを教えてあげなさいよ。特にボス、あんたはいつも寝てるだけだからいい機会じゃないか)」

すると猫集会は急に

「元人間に猫の楽しみ方をレクチャーする会」

に変わっていった。

猫たちが思い思いに話し始め、すぐに脱線していく。

「最近チュールくれないんだよねぇ……」「3丁目のばーさん、足が痛くて来られないって……」

そんな中、のり子がもじもじと体をくねらせ始めた。

「太郎、太郎って……ねぇねぇ、デブ太郎!」のり子は、なかなか返事しない太郎に向かって、思わず言ってしまいました。

……おい。

その瞬間、集会場の空気がピタッと凍りついた。

「ボスになんて口をききやがる」「ちょっと教育よ」「爪の制裁が必要だね」

一気に剣呑な雰囲気になった。

俺はゆっくり目を開け、低く唸った。

「にゃー……(うちののり子を脅かすんじゃねえ)」

太郎の一声で、みんなしゅんとなった。

「まったく……で、なんだよ、のり子」

のり子は半分涙目になって、尻尾を小さく巻き込みながら言った。

「その……お手洗い、どこなの?」

「ぎゃははは!」「なにいってんの、この白猫」「トイレで何すんだよ、ぶぶぶ」

猫たちが大笑いし始めた。

「太郎、教えてよ。意地悪しないで……」

「お前、猫だぞ。そこらへんでしてこい」

「えー……やだよ、あああ、もれる〜〜」

のり子はとうとう諦めて、草むらの中へよろよろと入っていった。

俺は遠くからその後ろ姿を見ながら、ただため息をついた。

……本当に、明日になったら元に戻ってるよな?


猫集会は、結局何も良いアイデアが出ないまま、だらだらと続いていた。

しまねこが「高いところに登れ!」と言えば、三毛のおばさんは「日向ぼっこが最高だよ」とのんびり返し、話はすぐに「最近チュールが少ない」「3丁目のばーさん、足が痛いって……」というおしゃべり大会に変わっていった。

俺は半分目をつぶりながら、隣でのり子をチラチラ見ていた。

のり子も最初は一生懸命耳を傾けていたが、だんだん尻尾の動きが緩くなり、

「にゃー……(なんか……眠くなってきた……)」

とうとう俺のデブ腹に頭を乗せて、うとうとし始めた。

結局、集会は全員お昼寝モードに入った。

公園の木漏れ日が気持ちよすぎて、誰も動く気にならない。

俺はため息をつき、のり子の首根っこを軽く咥えて立ち上がった。

「にゃー(……仕方ねえ。3丁目の足の悪いミケの家に行ってみるか。集会にこれないし、すこし心配だしな)」

のり子は眠そうに目をこすりながらも、素直についてきた。


3丁目の古い一軒家に着くと、庭のフェンスの隙間から中を覗き込んだ。

年老いたミケが、玄関の上がり框で倒れているおばぁちゃんのそばを必死に往復していた。

「にゃあっ! にゃあー!!(おばぁちゃん! 起きて! お願い……!)」

ミケは前足でおばぁちゃんの手に何度も触れたり、顔を舐めたりしているが、猫の力ではどうすることもできない。

おばぁちゃんの息は弱く、顔色も悪い。

のり子は一瞬で状況を理解し、耳をピンと立てて室内を素早く見回した。

「にゃーにゃー(太郎! あそこ! 壁に非常呼び出しボタンがある!

おばぁちゃん、持病があるみたい……あれを押せば救急が来るはず!)」

しかし、ボタンは壁の高めの位置にあり、人間には高くはないのだが、猫の体では到底届かない。

近くの小さな踏み台に乗っても、まだ少し足りない。

「にゃー……(高い……)」

のり子が残念そうに尻尾を垂らす。

俺はデブった体を軽く伸ばし、ボス猫の貫禄を込めて低く構えた。

「にゃー(……俺に任せろ)」

俺は少し後ろに下がり、のり子(白猫)に背中に乗るように促した。

でぶっちょの体とは思えない勢いでジャンプ——!

ドンッ!

台の上に着地し、すぐに体を高く構えてのり子に向かって声をかけた。

「にゃー!(そのまま、俺を踏み台にして、ボタンを押せ!)」

のり子は太郎の背中で、精一杯体を伸ばし非常呼び出しボタンに手を伸ばした。

「太郎!もっと上、もっと上げて!!」

俺の広い背中でのり子は、必死に背伸びをする。

俺はさらに爪を立てて体を伸ばし、のり子をできるだけ高く持ち上げた。

でぶ猫の大きさをフル活用だ。

のり子の前足が、ようやくボタンに届いた。

カチッ。

ピピピピッ——!

非常ボタンが作動し、電子音が家の中に響き渡った。

太郎とのり子(白猫)は、顔を見合わせて、安堵の息をもらした。


しばらくすると、遠くからサイレンの音が近づいてきた。

救急隊員が到着し、おばぁちゃんを丁寧に担架で運んでいった。

「よくボタンを押してくれましたね。本当によかったです……」

誰も、猫が押したなんて思っていない。

隊員さんたちは「おばあちゃんが自分で押した」と思っているに違いない。

俺、のり子、ミケの三匹は、玄関の少し離れたところでほっと胸をなでおろした。


いつの間にか陽が落ちて、外はすっかり暗くなっていた。

「にゃー(太郎、そろそろ帰らないと……)」

のり子が不安そうに言った。

「でもこの姿のまま家に帰ったら、お母さんとお父さんがびっくりするよ……どうしよう……」

その言葉が終わらないうちに、のり子の体が淡い光に包まれた。

白い毛が消え、尻尾が短くなり、人間の姿に戻っていく。

「太郎……私、戻ってる……!」

のり子は自分の体を確認して、ほっと息を吐いた。

そしてしゃがみ込み、俺の頭をいつものようにくしゃくしゃと撫でてくれた。

俺は「にゃー」と鳴いて先に歩き出したが、のり子はその場に留まった。

「待って、太郎……ミケが一人ぼっちになっちゃうよ。

おばぁちゃんが病院から帰ってくるまで、うちで面倒見ようよ」

俺は「にゃ~にゃ~にゃにゃ~」(……はぁ、仕方ねえな)と鳴いた。

のり子は優しく微笑んでミケを抱き上げた。

ミケはおとなしくのり子の胸に体を預け、安心した顔で目を細めていた。

こうして、のり子はミケを抱えたまま、俺を先導するように家路についた。

玄関の明かりが見えてきた頃、のり子が小さく呟いた。

「今日は本当にありがとう、太郎。」

俺はただ、のり子の足元を歩きながら「にゃー」と返事した。

今日一日の大騒ぎは、こうして静かに終わった。

夜空には優しい星たちが輝いていました。


  おしまい

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