82.黎明の航路 ―白い世界の果てで―
病院を後にした私は、街の外れにある墓地へ向かった。
YUSUF KAREEM
―ユフス・カリーム
墓標には、その名が刻まれていた。
彼とは一度も会ったことがなかった。
けれど、毎日のようにモニター越しに会話をしていた。
いまこうして彼の墓標の前に立つと、まるで現実感がなかった。
「まったく、死んだ後も、こき使いよって……挙句の果てに勝手に自壊しおって……」
私は苦笑した。
彼はいつも、そんなふうに恨み言を言いながらも、
街間転移装置のフェリーの開発をゴトウ技師とともに進めてくれていた。
新しいフェリーの航路は、第二世界から来た人間も、安全に航海ができるように設計されていた。
フェリーの出航を見届けたあと、
彼は自室のベッドで静かに息を引き取った。
ちょうど百歳の誕生日だった。
「さやかさま、会議の時間が迫っております」
イヤリングから、アイリスの声が響いた。
「わかった。今行く」
墓地の外では、黒塗りの社用車が待機していた。
ドアの外には、アイリスが立っている。
車がChronoWorks社屋の車寄せに到着すると、
社員たちが一斉に並んで出迎えた。
「副社長、お待ちしておりました。お忙しい中、お立ち寄りくださいましてありがとうございます」
「ここを一時間半で出ないといけないので、手短にお願いします」
私は、目の前の初対面の社員にそう告げた。
「承知しております」
*
私は再びフェリーに乗り、別の街へ向かった。
港には、リー博士が迎えに来てくれていた。
「さやかちゃん、お久しぶりね!というか、初めましてかしら?」
八十歳のはずの彼女は、背筋がすらりと伸び、いまも若々しかった。
「初めましてですね、ヤオさん」
私は親しい友人である彼女に微笑んだ。
彼女の運転で着いたのは、この街の静かな墓地だった。
KEN OHTA
―ケン・オオタ
私はそっと、冷たい墓標に触れた。
彼を夢で見たあの夜――
彼はすでに、この世の人ではなかった。
「――あの時、私に危険を知らせてくれたの?ケン」
「きっとそうよ」
背後に立っていたリー博士が、穏やかに言った。
彼女はそっとスマホを取り出し、私の方へ画面を向けた。
そこには、ひとつの短いメッセージが残されていた。
《さやかを、助けて!》
私は息を呑んだ。
震える声で問う。
「これ……いつ届いたんですか?」
リー博士は、画面を見つめたまま、静かに答えた。
「この受信の時刻は、ケンの死亡時刻なのよ」
彼は、誰かが道に落とした何かを拾った直後、胸を押さえて倒れたという。
診断は心不全だった。
慌てた社員たちは、リー博士を電波の遮断された部屋に隔離した。
けれど彼女は、すぐに外部との通信を自力で再開し、シャオを介して私と連絡を取りながら、社内のやり取りを傍受していた。
――彼の最後の願いを果たすために。
空は茜色に染まり始め、美しい空の彼方でフェリーの汽笛がひとつ、長く響いた。




