定食屋戦線非常事態!~村長・雑貨屋・道具屋VS定食屋・魔王の側近たち~
扉が開く――金属の軋む音が、やけに大きく耳に響きました。私は反射的にまぶたをきゅっと閉じ、息を止めます。
……終わりました。
これで私の定食屋は「魔族がたむろする危険スポット」として村中に知れ渡り、ご近所さんたちが家の前でひそひそ話をする未来が見えます。
井戸端会議で「そういえばあそこの店、最近なんだか怪しい客ばかりだったわよねえ」なんて噂され、パン屋のおかみさんは絶対にパン耳をおまけしてくれなくなります。
ああ……そんな村で私は、どうやって暮らしていけばいいんでしょうか。
ところが、耳に飛び込んできたのは予想外に落ち着いた声。
「おや、皆さん。どうされましたか?」
……え? グラフ?
恐る恐る目を開けると、そこには黒いスーツに身を包み、まるで役所の視察官のような雰囲気を漂わせたグラフが立っていました。普段は蝙蝠の羽をこれでもかと広げて威圧してくるのに、今は見事に隠れています。
「初めまして。私、ディートリヒと申します」
その隣には白を基調とした騎士服に身を包み、絵本から抜け出したような凛々しい立ち姿のディートリヒ。馬の耳も尻尾も影も形もありません。
――助かった……!
本当に助かりました、二人とも完全に人間仕様です!!
これなら外見で怪しまれることは、少なくとも今のところありませんね!
しかし、その安心も束の間。
「……あんたら、何者じゃ? どこから来た?」
村長が眉間の皺を深くし、射抜くような視線を二人に向けました。
ひぃぃぃ! いきなり尋問口調です!
普段は穏やかで、「遠いところよく来たねぇ」みたいな和やか挨拶をするおじいちゃんなのに!?
グラフは一瞬だけ目を伏せ、そして軽く笑みを浮かべました。
「私達は……王都の方から来ました」
――ナイス! 無難!! 完璧な答え!!! やるじゃないですか、グラフ!!!!
王都と聞けば、普通は「都会から来たお客さん」くらいのイメージで終わります。これなら誤魔化せますね、と私は一瞬だけ肩の力を抜きました。
……が。
「ほう……王都から、とな」
村長の声が低く響き、私の背筋に冷たいものが走ります。その口元は笑っておらず、目には警戒の光が宿っていました。
「……よくこの村に来れたものだな……恥知らずが!」
……え? えええ!?
耳の奥で警報の鐘が鳴り響きます。
いやいやいや! 王都から来たぐらいで「恥知らず」って何ですか!?
え、ここ、そんなに王都と仲悪いんですか!? 誰も教えてくれなかったんですけど!!!
村長の細められた眼光が、二人の全身を舐めるように観察しています。私は心臓をバクバク鳴らしながら、必死に笑顔を保ちました。
――お願いですから、グラフ。ここで「貴様、何様のつもりだァァァ!!!」なんて返さないでくださいね!
そしてディートリヒ、笑顔のまま火に油を注ぐような言動は絶対にやめてください。今はそういう雰囲気じゃありませんから!
外から射し込む午後の光が、村長たちの足元に長い影を落としています。
その影がじわじわとこちらへ伸びてきて、私の足元を侵食するように感じられました。
……これは、もしかしなくても、定食屋開店以来最大の危機です!!!
◆
私は、グラフとディートリヒを交互に見やりました。
黒いスーツに身を包み、無駄のない動きで立っているグラフは、まるで大都市の役人か、王都から派遣された冷徹な視察官のように見えます。
一方のディートリヒは、白を基調とした騎士服を身にまとい、背筋をまっすぐに伸ばして立っています。光沢のある肩当てや胸当てはよく磨かれていて、どう見ても由緒正しい騎士です。
ぱっと見、怪しさゼロ。怪しさゼロなのに、中身は魔族というのがこの二人の恐ろしいところ……!
ですが、今はそんな悠長なことを考えている場合ではありません。村長たちに正体がバレたら、私の定食屋の平和は秒で吹き飛びます!
三人の視線は、明らかにグラフたちを「王都から来た不審者」と捉えていました。
村長は目尻の皺を深く刻みながらじっと睨み、雑貨屋のご主人は剣の柄をさりげなく握っています。道具屋のおじちゃんに至っては、背負った大きな革袋から金属のぶつかる音がして……あれ、多分投擲武器とか罠とか、完全に何かの戦闘を想定した装備ですよね?
いやいやいや、ちょっと待ってください! 私の店でそんな臨戦態勢を取らないで!!!
どうにかしないと。今すぐ、この場で。
焦りで頭が真っ白になりかけたその時、ふと視界の端に机の上が映りました。木目の上で、鮮やかな色がやけに目立つ四角い物体――あれは……!
もしかして、これでいけるかもしれません。
いや、もうこれしかありません!!!
私は迷わずその四角い物を手に取り、胸の高さまで掲げました。全員の視線が一斉に私に集中します。
「村長! 黙っていて申し訳ありません!!」
喉の奥が少しひりつくのを感じながらも、声を張りました。ここで怯んだら負けです。
「実はですね……このお二人は――」
一拍置いて、私は手にしたそれをぐいっと村長たちに向けました。
表紙いっぱいに輝く「三段氷結魔法内蔵!最新式魔法冷蔵庫」の堂々たる姿。金色の文字と魔法のエフェクトがキラキラと光り、背景には氷の結晶と野菜のイラストが舞っています。
「――王都の方から来られた、魔法家電屋の店員さんと、その護衛の騎士さんなんです!!!!」
店内が静まり返りました。
グラフもディートリヒも、村長たちも、見事に口をぽかんと開けています。
グラフなんて、無言のまま片眉をじわりと上げ、露骨に「何を言ってるんだお前」という顔。
ディートリヒはうっすら口元に笑みを浮かべていますが、目が完全に「そんな話、聞いてませんけど?」と言っています。
いいじゃないですか! 私だって必死なんですよ!!!
胸に魔法家電のカタログを抱きしめながら、私は精一杯の笑顔を貼り付けました。
さて、ここからが、本当の正念場です。
……どう切り抜けますかね、私!




