牙の花と、定食屋と、ラストダンジョン最寄りの村
仕込みを終えてひと息ついた私は、朝の陽射しが降り注ぐ裏庭へと向かいました。手に持つのは、道具屋で買ったじょうろ。目の前には――牙の花の鉢植え。
銀色の茎から伸びる花弁の内側に生えた鋭い牙は、まるで口のようにパクパクと動きながら、静かに揺れていました。
「……本当に、生きてるんですよね」
私はじょうろを傾け、水をゆっくりと注ぎます。透明な水滴が土に染み込むと、花がかすかに震え――牙がカチカチと鳴りました。
「いや、喜んでるのか威嚇なのか、どっちですか……」
バルゼオン様がお土産として持ってきた、ラストダンジョンに生えている植物。
初めは「あの、魔王様? これ、噛みつきませんよね?」なんて恐る恐る尋ねたものです。とはいえ、使ってみるとこれが意外と便利。お店の厨房から出る野菜の切れ端を与えると、見事に消化してくれるんです。助かります。
ただ、この先どうなるんでしょう、私のお店。定食屋としては、繁盛している……かもしれません。けれど、お客様の層が特殊すぎる!!
いつか魔王様たちと村の人や、勇者様が鉢合わせたらどうしよう……!
私はじょうろを持ち直し、静かに庭を見渡しました。
昔と変わらない、のんびりとした田舎の風景。でも――定食屋の未来は、どこか遠い異世界へ進んでいるような気がしてなりません。
「ねえねえ、メルヴィちゃん!」
そんなとき、賑やかな声が響きました。
ふと顔を上げると、道具屋のおばちゃんと雑貨屋の奥さんが並んで歩いてくるのが見えました。買い出しのときにお世話になっているご近所コンビです。
エプロン姿のおばちゃんは、手を大きく振りながら近づいてきます。
「あのね、この前はありがとねえ!」
「え?」
何のことかと聞き返すと、雑貨屋の奥さんもにっこり微笑みました。
「あなたのお友達が、道具屋と雑貨屋の在庫、まとめて買ってくれたでしょう?」
「……お友達?」
一瞬、誰のことかと思いましたが――すぐに思い当たりました。
「ああああ、ラブリアスさん……!」
「そうそう! あの華やかな方ねえ!」
道具屋のおばちゃんは、手を叩いて嬉しそうに笑いました。
「型抜きとか、クッキーミックスの粉とか、まとめて持ってってくれたのよ! おかげで在庫整理が助かっちゃった!」
「それに、ラッピング用品もごっそり買っていったのよ。あれ、何に使うのかしらね?」
雑貨屋の奥さんもくすくすと笑います。
そう言えばバルゼオン様に渡したあのクッキーも、ラブリアスさんが可愛くラッピングしてくれたものでした。ああ……目に浮かびます。情熱的で、元気で、ちょっと派手で。でも悪い人じゃないんですよね。
あの日のことを思い出すと、ちょっと微笑ましくなります。道具屋のおばちゃんは、ニコニコと肩を叩いてきました。
「また連れてきなさいよ!」
「そしたら、新しい商品もたくさん仕入れられるしね!」
雑貨屋の奥さんまで、目を輝かせています。
おばちゃんたちは楽しそうに笑っていました。
……そっか。
この村はラストダンジョン最寄りだけれど、魔王様も魔王様の関係者も、普通に買い物を楽しんだり、定食を食べたりしている。
それが当たり前で、平和に馴染んでいるんですよね。これって案外すごいことじゃないですか?
なんだか妙に気持ちが楽になって、思わず深呼吸をひとつしました。
私は、できることならこのお店を続けていきたい。――誰が来ても、ごはんを作ってあげられる店でありたいな。
そんな風に決意を新たにして、私は立ち上がりました。牙の花が、心なしか嬉しそうに(?)葉っぱを揺らしています。
「よーし、あとでニンジンの皮たっぷりあげますからね!」
そう声をかけながら、私は厨房へ戻ることにしました。
【モンスター辞典】
デモニアフローラ
•種族:魔植綱・妖花目
•生息域:悠久の万魔殿、影織りの森、夜咲きの魔庭園
•サイズ:約20~35cm(花径)
•属性:植物/魅惑/捕食
•危険度:★★★☆☆(油断禁物)
•ドロップ:麗花の花弁、黄金の蜜、牙咲き種子
薄紫の繊細な花びらが幾重にも重なり、中心には柔らかな黄金色が光を宿すように煌めく。
だがその麗しい姿に惑わされてはいけない。
近づけば、微かに開く黄金の口元に、
鋭い牙が隠されているのだから。
人は言う、美しき花には棘があると。
だが棘だけとは限らない。
牙もあるのだ。




