魔王様たち、定食屋で静かに世界の行く末を案じる
魔王様はカウンター席に堂々と腰掛け、「魔王バルゼオン専用」の湯呑みを慣れた手つきで持ち上げました。
その姿は完全に『定食屋の常連さん』そのもので、もはや威厳よりも安心感を放っています。
その横では――。
「……ふぅ……やり遂げました……」
何か大偉業でも成し遂げたかのような表情で、シュトラウス様がカウンターにぐったり倒れ込んでいました。ちょっと待ってください、ただ定食を食べ終えただけですよね!?
「シュトラウス様、大丈夫ですか?」
「……大丈夫です。これでも、魔王ですから……」
そんなギリギリの声で言われても、 全く説得力がありません。魔王のプライドとか今ちょっと横に置いて、休んでいただいても構わないのですが。
「シュトラウス……お前は最近、休日に何をしているのだ?」
湯呑みをゆったりと傾けながら、バルゼオン様が問いかけました。シュトラウス様はほんの一瞬迷った後、目を伏せて小声で答えます。
「……ダンジョンで……ひたすら、壁を見つめています……」
うん、聞かなかったことにしてもいいですか?
「心配するな。壁は逃げぬ」
いや、そういう問題じゃなくて!! もっと健康的な心配をしてあげてくださいよ!!!
「……バルゼオン様は休日、何をされているのですか……?」
今度はシュトラウス様が弱々しく問い返しました。すると、バルゼオン様は静かに、しかしどこか得意げに湯呑みを置いて言いました。
「我は料理本を鑑賞している」
「えっ、料理の本……?」
予想外の情報に、思わず口を挟んでしまいました。
「それって、まさか……『勇者の香草焼き』とか『僧侶のホイル包み焼き』とか、魔族のレシピ本ですか……???」
「人間界のものだ」
あっ、普通のやつでした。よかったー……。
でも、ちょっと分かります。料理本って見てるだけで楽しいし、私もレシピ本を買って、「こういうの作れるようになりたいなぁ」って思って、そのまま本棚に並べたままになっているの、何冊あることか。
……もしかして、あのやたらと丁寧な食レポは、料理本から得た知識だったりして?
真顔で「ふむ……焼き加減……なるほど……」と呟きながらページをめくっている魔王様。
そんな姿を想像して思わず頬が緩んでしまいそうになったところ、ふいにバルゼオン様が湯呑みを置きました。
「……最近、魔力の流れが、妙に鈍い」
言葉のトーンが変わったわけではないのに、その響きだけで空気が変わるのがわかりました。
「……灰祀の密廟も、以前のような静けさではありません。魔物たちが、なぜか……眠れぬように動き回っています」
「魔素の循環が滞れば、我らの支配領域だけの問題では済まない」
さっきまで、休日の話や料理本の話をしていたとは思えないくらい、静かで緊張感のある言葉。
「我々魔王は、世界の均衡を保つ役目を担っている。このまま魔力が停滞すれば、人間界にも影響が及ぶだろう」
「……大陸の魔族達にも、不安が広がっています。私たち魔王が動揺を見せれば、ますます混乱が深まるでしょう……」
「だからこそ、我々は誰よりも冷静でなければならぬ」
声を荒げたりはしていません。ただ、当たり前のように世界の話をしているその姿に、私は改めて気づかされました。
――この人たちは、やっぱり『魔王様』なんだと。
「……おにぎり、ありがとうございます」
シュトラウス様は、私が握った梅干し入りのおにぎりをそっと手に取り懐に収めると、ふわりと魔力の保護結界をかけました。
「冷めても、美味しいはずです。……たぶん」
「……後でゆっくり、いただきます……」
そして、二人は静かに席を立ちました。
風に揺れたローブの隙間から、細長く捩れて後ろへ伸びる、シュトラウス様の白い角がちらりと見えました。
……魔王様って、必ず頭に角が生えているんですね。
妙な安心感を覚えながら二人を見送りつつ、私はふと考えました。
魔王様も人間も、食事をして、会話をして、悩みを打ち明けたりして……きっと、みんな根本的には同じ生き物なのかもしれません。
この定食屋が魔王様たちにとって、ほんの少しでも肩の力を抜ける場所であるのなら――ちょっと嬉しいな。
そう思いながら、私はいつものように、静かに暖簾を下ろしました。




