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ラストダンジョン最寄りの村の定食屋ですが、魔王様が常連客になりました  作者: 松本雀


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魔王様、おにぎりは防御結界ではありません

ことの発端は、シュトラウス様が残したご飯をおにぎりにした事でした。


魔王様はいつものように定食を綺麗に食べ終え、静かにお茶を啜っていた……はずなのですが、ふとこちらをじっと見てこう言ったのです。


「……なぜ、私にはおにぎりが出てこない?」


「え? だってバルゼオン様は、きちんと完食されましたよね?」


私は驚いて聞き返しました。

魔王様がご飯を残すところなど見たことがありません。


「……それはそうだが」


「もしかして、バルゼオン様もおにぎりが欲しいんですか?」


私が恐る恐る聞くと、バルゼオン様は視線を逸らしました。


何でしょう、この「別に欲しいとは言っていないが、作ると言うなら受け取ってやらないこともない」みたいな態度……いや、それ、ほぼ欲しいって言ってますよね!?


「お作りしましょうか?」


さらに問いかけると、バルゼオン様はごく小さく頷きました。


定食屋のカウンターに、ラストダンジョンに住む世界の終わりを司ると言われる魔王様がいて、おにぎりを求める日がやって来るとは……一体誰が予想したでしょうか?


私は手早く準備をします。


ご飯は炊きたて。塩加減は控えめにして、ふわっと、でも崩れないようにしっかりと。梅干しが切れてしまったので、代わりに甘辛く煮た昆布の佃煮を中に詰めることにしました。


仕上げにのりを巻いて、お皿にちょこんと乗せます。


「お待たせしました、今回は梅干しの代わりに昆布の佃煮入りです」


バルゼオン様にお渡しすると、無言で受け取りました。


さっきまでおにぎりが欲しそうな雰囲気を醸し出していたのに、いざ渡したら黙るのはどういうことですか? もしかして期待外れだった?……と思っていたら、違いました。


めちゃくちゃ嬉しそう!!


表情は、極めて平静を装っているように見える。見えるのですが……よく見れば、耳が真っ赤になっているではありませんか。


いやいやいや!!!

魔王様、クッキーの時といい、どうしてこういう時だけ控えめなリアクションなのですか!?


バルゼオン様はおにぎりを手に取ると、じっと形を見つめました。


「なぜ三角なのだ? 防御結界か?」


「違います! 手で握りやすいからです!!」


「楕円形にした場合、弱点を突かれるのか?」


「誰がどこからおにぎり狙ってくるんですか!!!」


なぜおにぎりが重要な防御アイテム扱いされるのか、理解できません。


バルゼオン様はそのまま、おにぎりを静かに口へ運びました。


もぐもぐ……。


咀嚼。


ちらっ……。


具を見て沈黙。


「……この黒き、ぬめりのある細片……『這い寄る黒滑』(はいよるくろぬめ)の触手か?」


「触手じゃないです!! 昆布の佃煮です!!!」


「ぬめり、艶、闇の気配……我のダンジョンに徘徊しているモノと一致する」


「佃煮は徘徊しません!!!」


横で豚汁をちびちび啜っていたシュトラウス様も、小さな声で呟きました。


「……私のダンジョン『灰祀の密廟』(はいしのみつびょう)入り口付近にも……これと似たものが徘徊しています……」


「昆布の佃煮みたいなモンスターが!?!?!?」


「具体的には、湿った通路にへばりついていて、たまに自ら剥がれて這い寄ってくる……」


「止めて下さい!! 本気で怖いです!! って言うか、なんですかその食欲が失せるタイプの情報!!!」


バルゼオン様は静かに咀嚼を続け、最後にひとことだけ呟きました。


「……だが、美味い」


いや、結果オーライみたいにまとめないでくださいよ!?


魔王様の顔は、どこか満ち足りていました。


横でシュトラウス様は静かに微笑んでいます。いやいや、シュトラウス様、今の微笑みはどういう意味ですか!?


こうして、バルゼオン様は最後までおにぎりを美味しそうに食べきりました。

満足げなその表情に、私はふと考えます。


――もしかして、バルゼオン様って、人にご飯を作ってもらうのがすごく嬉しいのでは?


なんとなく、そんな気が……いや、でもこれ、深く考えたら負けな気がします!!!!



【モンスター辞典】


這い寄る黒滑(はいよるくろぬめ)


種族:腐魔生物ふませいぶつ

主な生息域:幽靄の深苑、棄界の孔、灰祀の密廟

サイズ:約30cm(ただし伸びる)

属性:闇/粘性/腐蝕

危険度:★★★☆☆

ドロップ:黒滑の膜(スライム素材)、腐魔の結晶、奇妙な粘汁


佃煮ではない。が、昆布の佃煮に酷似した見た目を持つ。それは、かつて祈りとして捨てられた腐敗魔力の残滓。音もなく忍び寄り、足元を冷やし、油断した者の感情に染み込んでいく。


触れてはならぬ。

見てはならぬ。

――そして決して、食べてはならぬ。

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