魔王様と色々限界な北の魔王様
何度言ったか覚えていませんが、また魔王様が増えました。
そもそも定食屋に魔王様が一人でも来ること自体、普通ではないのに、なぜか一人増え、二人増え……うちの定食屋は一体何なのでしょう……?
もう本当に勘弁してほしい!!
「……メルヴィ、さん……」
「ひゃいっ!? は、はい!」
突如として自分の名前を呼ばれ、びくりと肩を震わせます。
店内に漂う不穏な空気。
声の主はシュトラウス様という、新たな北の魔王様でした。
青白い顔色、深い隈、骨の浮き出た痩せた身体――まるで『不健康』という言葉をそのまま人型にしたような存在。
しかし、こうしてお店にいる以上、うちのお客様であることには変わりません。
「……その、私も、注文……いいですか……?」
「も、もちろんです! 日替わりの豚汁定食でしょうか!?」
「…………はい……」
シュトラウス様はか細く頷きました。
いやいやいや、そんな悲壮感満載の顔しないでください!食事をするだけですよ!?そんな『これから処刑台に登る囚人』みたいな顔をしなくてもいいんです!!!
「ふむ、だいぶ元気がないな」
バルゼオン様が腕を組み、じっとシュトラウス様を見つめます。
「最近食事をまともに取っているのか?」
「…………」
「ほら、答えになっていない」
「…………その、食欲がなくて……三日前に、少し……」
シュトラウス様は力なく俯きました。
ちょっと待ってください、三日前!?
この魔王様の基礎代謝どうなってるんですか!?!?
「食わぬから弱るのだ。少しは肉をつけた方が良い」
「……無理に食べても、胃が……」
そう言いかけたところで、シュトラウス様がフードの奥からおもむろに取り出したのは小さなガラス瓶。その瓶のラベルにはくっきりと「胃薬」と書かれています。
ちょっと待ってください、北の魔王様――胃薬!?
「……最近、少し、調子が悪くて……」
少しどころではありません。
見た目からして明らかに限界ギリギリ!!
そんな私の目の前で、シュトラウス様は胃薬をぽりぽりと噛み砕き始めました。
「あの……疑問に思ったんですが、胃薬って噛み砕くものですか……?」
「……効き目が早いので……」
いやいやいや!!! そういうものじゃないですよね!?
ちゃんとお水で飲んでください!!!!
シュトラウス様を見ていると、つい可哀想になってしまいます。
魔王様のはずなのに、完全に『具合の悪い人』オーラしか出ていません。こんな魔王様、初めてです。
「メルヴィ、此奴のご飯を大盛りにしてくれ」
「…………!!!!」
「いや待ってください! ダメです絶対!!」
魔王様!! 今にも消え入りそうなシュトラウス様に 「大盛り」 は無謀すぎます!!!!
「無理そうか? ふむ……ならば豚汁を特盛に」
「さらに無理です!!!!」
なんで悪化させるんですか!? 何と戦おうとしているんですか!?
「……普通で……お願い……します……」
シュトラウス様は完全に諦めたようにうなだれて呟きました。ここまで不憫な魔王様は見たことがありません。
「わかりました。では、普通の量の豚汁定食をお持ちしますね」
「……すみません……ありがとうございます……」
シュトラウス様は申し訳なさそうにぺこりと頭を下げました。
いやいや、お客様にそこまで謝られると逆にこちらが悪いことをしている気になりますから。
定食を出すだけでこんなに緊張したのは初めてです。魔王って本来もっとこう、威厳があって恐ろしいイメージなのですが、一体どういう経緯でこんな状態になったのでしょう……?
気になりつつも、私は豚汁定食の仕上げに取りかかりました。
湯気を立てる豚汁と炊きたてのご飯、そして小鉢と漬物をお盆に乗せ、そっと二人の前に差し出しました。
「お待たせしました。豚汁定食です」
……さて、また騒動が起きなければいいのですが。
私は心の中でひっそりと祈りながら、カウンター越しに二人を見守るのでした。




