魔王様、西の魔王様を引きずって入店する(なお勇者討伐後の模様)
朝の仕込みを終え、開店準備は万端でした。食材のチェックよし、カウンターの磨き上げも完璧、看板の設置も滞りなく完了。
今日は何事もなく、平和に営業できるはず――そんな淡い期待は、扉の向こうから響くズルズル……ガリガリ…… という音によって、ものの数秒で打ち砕かれました。
この音に心当たりがある自分が嫌になる。
「メルヴィ、来たぞ」
案の定、涼しい顔で店に入ってきたのは、黒曜石のような髪をなびかせた魔王バルゼオン様でした。
これ以上ないほど堂々とした態度で店内に踏み込んできましたが、その後ろから引きずられてきたのは――
「やっほー、メルヴィちゃん! 元気してる~? 今日も可愛いね!」
襟元をガッシリ掴まれたまま、満面の笑顔で手を振る西の魔王アモルテ様でした。
いや、もう入店の仕方からして問題だらけです。
……なにこれ? どうしてこうなった?
「えっ、あの、どういう状況なんですか???」
私が混乱を隠しきれず問いかけると、バルゼオン様は当たり前のように平然と答えました。
「我が連れてきた」
いやいや、見れば分かりますよ!!!
なぜアモルテ様を引きずって来たんですか!?
「ねえねえメルヴィちゃん、聞いてよ~! バルゼオンが『定食を奢る』って言うから、せっかくの勇者との楽しいひとときを、途中で切り上げて来たんだよ!」
私の混乱を察するどころか、アモルテ様はズルズル引きずられたまま、楽しげに語り始めました。
「……えっと、勇者様との戦いを『楽しいひととき』って表現した気がするんですが、私の気のせいでしょうか?」
「気のせいじゃないよ! だって、すっごく楽しかったし!」
全然フォローになっていません!!!
というか勇者様、命がけですよ!? その相手に『遊ぶ』って、魔王の倫理観が怖すぎるんですが!?
「安心しろ、勇者は我が一撃で沈めた」
「安心要素がどこにもないです!!!!」
いやいやいや! 勇者を倒してから平然と定食屋に来る魔王って、一体どこの世界にいるんですか!?
「まあ、あのまま続けていても結果は同じだっただろうがな」
「確かにそうだけどさぁ、僕はもう少し遊びたかったのに~!」
「お前が無駄に引き延ばすから、余計に時間がかかった」
「そっちだって、攻撃をわざと何度か外してたじゃないか~」
「新技の実験だ。完全に合理的な判断だ」
「それを弱いものイジメって言うんだよ?」
「遊び半分のお前に言われたくはない」
魔王様同士が壮絶な会話を繰り広げる中、私は眩暈がしてきました。完全に定食屋の中でしていい会話ではありません。勇者様って、いつから魔王の遊び相手や技の実験台になったんでしょうか……。
「あー、お腹空いた~! メルヴィちゃ~ん、今日はバルゼオンのおごりだから、愛を込めて一番高い定食お願いね♡」
「勝手に決めるな。日替わりでいい」
「ええー! せっかく奢ってくれるなら、もっと贅沢したい~」
「黙れ」
これはもう、完全にいつもの流れ。せめて今日こそは普通の営業ができると思っていましたが……もはや諦めるしかないようです。
私はそっと厨房に戻り、日替わり定食の準備を始めました。こうなったら、できることを着実にこなすしかありません。定食屋の仕事は、お客様に美味しい料理を楽しんでいただくこと。――たとえそのお客様が魔王様だとしても。
バルゼオン様とアモルテ様を同時に迎えた時点で、平和で穏やかな一日など、夢のまた夢だと覚悟を決めた私なのでした。
やっぱり、今日も定食屋メルヴィは、静かに平和に営業出来なさそうです……。




