定食屋の店主と、女子力の高い西の魔王様の側近
クッキーが焼き上がりました。
ふわっと広がる甘い香りとバターの芳醇な匂いに包まれて、思わず私の口元も緩みます。うん、いい焼き加減です。色も香りも完璧。サクッとした食感になってくれるはず。
「よし、これで完成ですね」
私は満足げに頷きながら、シンプルな紙袋を取り出しました。余計な飾りはいりません。大事なのは中身、見た目じゃない。これは定食屋クオリティのお返し用クッキーなので、普通の袋で十分です。
――と思った、その瞬間。
サッ!!
「えっ!?」
目の前から、袋ごとクッキーが一瞬で消えました。
正確には、ラブリアスさんが音速で持ち去っただけなのですが。
「ちょっ、ラブリアスさん!? 何するんですか!」
「ダメよメルヴィちゃん♡ こんな素っ気ない袋じゃ、クッキーの魅力が半分も伝わらないわ♡ 愛が、足りないッ!!」
いやいやいやいや!!!
ただのお礼代わりのお菓子ですよ!? 愛ってなに!? どこから湧いてきたの!?
「ちょっと待ってください! 持っていかないで!! それバルゼオン様に渡すんですから!!!」
全力で逃走するラブリアスさんを私は全力で見送りました。ええ、追いつけるわけがありません。だって、あの人、魔族ですからね。しかし全力で走る姿すらなんだか優雅って、どういうことですか。
約十五分後。
「お待たせ~♡」
再登場したラブリアスさんは、両手いっぱいにラッピング用品を抱えていました。いや、両手どころか、肩にも、頭にもバランスよく袋が乗ってます。魔族のバランス感覚、恐るべし。
「それ……全部買ってきたんですか……?」
「もちろんよ♡ クッキーって、ただ渡せばいいってもんじゃないの♡ ラッピングは愛のドレスアップよ!」
そうですか。私は食品衛生的な包装しか考えてませんでしたが、ラブリアスさんはクッキーにドレスコードまで設定しているようです。
「このタグなんて最高よ! 『私もあなたに食べられたい♡』って書いてあるの~~♡」
「いやいやいやいやいやいやいや!!!!」
どこの誰にそんな爆弾投げつけるつもりなんですか!?!?
ラブリアスさんは夢中で包装を始めました。ピンクと白のリボン、金の紙箱、お花のシール。私の心のブレーキをどんどんすり減らしていく圧倒的な女子力。すごい……。
「……あの、これだけ揃えていただいて本当にありがとうございます。よかったら、ラッピング代半分……」
「ううん♡ お金なんていいの。だってこれは、私の愛の布教活動だから♡」
「……」
「でもその代わりに、またわたしと一緒にクッキー作ってね♡」
「は、はい……」
そう言われて、私は思わず照れながら答えてしまいました。
いや、だってここまで手伝ってもらったし。ラッピングまでやってもらったし。クッキーをたまに作るくらいなら……!
「やっぱり~! メルヴィちゃんなら、そう言ってくれると思ってたの♡」
「えっ」
なんでしょう。
もの凄く嫌な予感がします……。
するとおもむろにラブリアスさんは、懐から袋を――いや、袋じゃないですね。これはもう山です。ドサドサと、見覚えしかない道具屋の半額シール付きクッキーミックスが次から次へとテーブルに積まれていきました。
「え……ちょっ……なにこの量……」
「うふふ♡ 道具屋さんにあった賞味期限間近のクッキーミックス、全部買い占めてきたの♡」
「ま、まさか……毎週来るつもりですか?」
恐る恐る聞いてみると、ラブリアスさんはキュートにウインクして微笑みました。
「さあ、どうかしら♡」
――どうかしら♡ じゃありません!!!!
というか、私の予定も考えて欲しい。
定食屋が、いつの間にクッキー専門店にされそうな予感がします……。
甘い香りが漂う中、私は密かに自分の今後を案じたのでした。




