魔王様と、花と、絶望の定休日
私の全力の拒否もむなしく――。
魔王様は、何の躊躇もなく、軽く咳払いひとつ。そしてそのまま、包みの紐に手をかけました。
「あっ、まっ、ま、ま、魔王様!? 待ってください! こちら、まだ心の準備が――!」
がさり。
「準備って言ってるでしょうが!!!!」
必死の制止もむなしく、魔王様は実に手慣れた動作で紐をほどいてゆきました。ああ、これはもうダメです。逃げられないやつです。
布がめくられ、中身が姿を現したその瞬間、私は反射的に後ずさり、柱の影から様子を伺いました。
「……え?」
そこにあったのは鉢植えでした。
正確には、紫色の花が咲いた鉢植え。
薄紫の花びらが幾重にも重なっていて、中心には黄金色のめしべが、まるで光を宿したように輝いています。花全体が微かに揺れていて、見ようによっては風にそよぐ幻想的な……って、ちょっと待ってください!!
さっき、あれだけ「がさがさ動いていた」包みの中身が、なんで花!?
「魔王様、これは……?」
「花だ」
「それは見ればわかります! 問題はそこじゃありません!!」
私は念のため、もう一歩だけ近づいて――
――パクッ!
「ぎゃあああああああ!!!!」
私は情けない声をあげながら、背筋をぞわりと震わせ、慌ててカウンターの奥へダッシュしました。
口が! 今、明らかに口が開きました!!! 中央のめしべ部分、あれめしべじゃないですね! 上下に開いてました!!! 牙が生えています!!!!
「え、え、え、なに!? 花って、そういう生き物でしたっけ!?!?!?」
私が怯えている間に、花は何事もなかったかのように、しれっと元の姿に戻っていました。
まるで「私はただの植物ですけど何か?」みたいな顔で、ゆらゆらと優雅に揺れてるんですけど、さっき口開けてましたよね!? 『パクッ』って音、聞こえましたよね???
「魔王様!!! これ、いったい何なんですか!?」
「ラストダンジョンに咲いている花だ」
「!!!???」
よりによってラストダンジョン!!!!
持ってきてほしくないタイプの花No.1ですそれ!!!
「え、えっと、なぜこれを……?」
「土産だ」
「土産の定義、再検討していただいていいですか!!!」
魔王様は、いつものごとく平然と答えました。
お土産。うん、知っていました。そのつもりで持ってきてるのは、何となく分かっていました。
……でも!!
「お土産って、もっとこう……!クッキーとか、お饅頭とか、そういうのじゃないんですか……?」
「ふむ、それも悪くないな。だが、こやつの方が珍しかろう」
珍しさで勝負しないでくださいよ!!!!
私はひくひくと眉を震わせながら、花との距離を取りました。
「ちなみに、この花……人を食べたりしませんよね?」
「食べる」
「即答しないでください!!!」
私はふるふると首を振り、カウンターの奥で何か防具になるものを探しました。駄目です。まな板とお鍋しかありません。あと、乾燥昆布。牙の生えた花相手に、昆布で応戦するしかないんでしょうか!?
「……魔王様、これ、さすがに危険すぎませんか?」
「安心しろ。我がいる間は襲ってこない」
「逆に言えば、魔王様がいないときは……?」
「ふむ」
「ふむ、じゃないです!!!!」
このままでは、定休日の朝が牙の生えた鉢植えとの命がけの攻防戦になってしまう!!!!
「……お願いです、魔王様。これは、お持ち帰りいただけませんか。というか、できれば二度と連れてこないでいただけると……」
「気に入らなかったか?」
「気に入る要素が一つもないです!!!!」
私は涙目で叫びました。しかし、魔王様は少し顎に手を当て、考え込むような素振りを見せ――
「ふむ……もう少しだけ様子を見てみるか」
「見なくていいです!!!!!!!」
定休日の朝から、一体何を試されているのでしょうか、私は。




