それは愛じゃなくて健康です!茹でしゃぶサラダ定食
鍋のお湯が、ぐつぐつと沸き立っています。
火を少し弱め薄くスライスされた豚肉を菜箸で摘み、お湯の中を泳がせます。ふわりと揺れるお肉が、ゆっくりと桜色からやさしい白色に変わっていくのを見ると、なんだか心までほっとしますね。
豚肉の甘い香りがふんわりと立ちのぼり、ほどよく火が通ったところで、手早く引き上げて冷水でキュッと締めます。
瑞々しいレタスの上に、しゃぶしゃぶしたばかりのお肉をふんわり盛って、大根おろしと刻みネギをたっぷり散らし、仕上げに彩りとアクセントのトマトを添えれば――初夏に相応しい、さっぱりした日替わりメニューの完成です!
私は定食をお盆に乗せ、カウンターまでそっと運びました。
「お待たせしました、茹でしゃぶサラダ定食です」
目の前には、いつものように定食を待つ魔王様。
そして、何か企んでいそうな顔のエヴァンス様とディートリヒも、高貴な佇まいで椅子に座っています。
ここは高級レストランではないのですが……まあ、今さら突っ込むのも野暮ですね。
魔王様は静かに箸を取り、まずは豚しゃぶを一口。ゆっくりと味を確かめるように、静かに口の中で咀嚼しました。
「ふむ……」
低く漏れる声。
次に、付け合わせの野菜も一緒に口に運び、また静かに咀嚼。
「……美味い!!! 肉は柔らかく、湯引きの加減も見事だ。余計な脂は落とされ、残された旨味だけが静かに舌に広がっていく。豚肉本来の甘さと、レタスの瑞々しさ、大根おろしの涼やかさはそのままに。トマトの酸味も、ただの飾りではない。一口ごとに味わいの流れを整え、清涼感さえ感じるほどだ――軽やかで、だが食べ応えもある。このような静かな一皿、私は嫌いではない」
――ほっ。
さっぱり系の料理は、お気に召さないかもと少し不安でしたが、どうやら気に入っていただけたようですね。
私は胸を撫で下ろしながら、少しだけ言葉を添えました。
「最近、揚げ物や濃い味のものが続いていたので。たまには、少し軽めのものをと思いまして」
バルゼオン様の赤い瞳が私を見つめました。
「つまり――魔王様の健康を考えた結果です」
「……ふむ?」
その瞬間、魔王様の動きがぴたりと止まりました。箸を持つ手も、視線も、わずかに固まっています。
「健康……か」
魔王様は静かに、もう一口豚しゃぶと野菜を食べました。
さっきまでの何気ない食事とは違い、一噛み、一噛み、しみじみと味わうような、静かな仕草。
そして――
「……そう、か」
ふっと目を逸らし、わずかに咳払いをしました。
――えっ、バルゼオン様が照れてる!?
いつも堂々とした佇まいで、威厳に満ちた魔王様が、わずかに頬を染めて視線を逸らしています。
こ、これは……意外な反応。
私は驚きつつも、なんとも言えない気恥ずかしさを覚えました。
……と、その空気を静かに壊す声がひとつ。
「愛ですね」
「違います!!!!」
私は即座に全力で否定しました。
声の主は、ディートリヒ。
上品な微笑みを浮かべながら、とんでもないことを穏やかに言い切りました。
「これは単に健康を考えた献立です!! 愛とか、そういうものではなく!!!」
「いえ、これは紛れもなく愛です」
「だから違います!!!!」
なんなんですか、この人!?
ふと見ると、魔王様がじっと私を見つめています。そして――
「ふむ……愛、か」
やめてください!
魔王様まで考え込まないで!!
これはあくまで、健康を考えた普通の定食なんですから!!!
私は思わず、天を仰ぎました。
すると、ふと脳内に誰かの顔がよぎったのです。
『愛こそすべて! それがこの僕!! アモルテ様~~~!!!』
ああああ!
やめてください!!
勝手に脳内に出てこないで!!!
「……メルヴィ?」
「……なんでもありません!!!!」
これ以上この話題を続けたら、絶対に碌なことにならない!!!
私は強くそう確信して、勢いよく話題を打ち切りました。
「さっ!! 皆さん、冷めないうちに、どうぞ召し上がってくださいね!!!」
満面の笑みで、魔王様達に声をかけました。
どうかお願いですから、
愛の話はこれで終わりにしてください!!!!




