魔王様、アジフライ定食を恐れる(+お返しを貰う)
今日も今日とて、魔王様がやってきました。
ええ、魔王バルゼオン様です。
ラストダンジョン「悠久の万魔殿」に君臨し、勇者様たちをことごとく返り討ちにしてきた伝説の存在。
その魔王様が――
「メルヴィ、来たぞ!」
といういつもの一言と共に、店の入口に立っていました。
いや、どうしてこんなに自然に日課みたいになっているのですか???
「いらっしゃいませ、魔王様」
もうこうなったら開き直るしかありません。私は慣れた手つきでカウンターの席をご案内します。
当然のように座る魔王様。
当然のようにメニュー表を見て――
「今日はこれを食べよう」
バシッ!と指差したのは、本日の日替わり。
「アジフライ定食」
ああ、なるほど。
今日の魔王様は揚げ物の魅力に抗えなかったのですね???
「承りました。少々お待ちください」
私は小さく笑いながら、調理に取り掛かかりました。
アジを三枚におろして、丁寧に骨を抜いていきます。塩をふって少し置いたら、衣をまとわせて油の中へ。
ぱちぱちぱちぱち……
衣をまとったアジが、油の中で音を立てます。
きつね色に揚がる表面。噛めばサクッと心地よい音がし、ふんわりとした白身が広がる至福の味――。
この定食屋で培った技術のすべてを注ぎ込んだ、完璧なアジフライ。それに、ご飯、味噌汁、小鉢、タルタルソースを添えて――
「お待たせしました、アジフライ定食です」
私は魔王様の前に、お盆を静かに置きました。
そして、その瞬間――魔王様の赤い瞳がキラリと光ります。
「これは……良い匂いだ!」
きた。
魔王様が美味しそうなものを前にした時の、「瞳がキラキラ輝く現象」 が発動しました。
「では、いただこう」
魔王様は、静かに箸を手に取り、一口――。
「……うまい!!!」
やっぱり叫びました。
「外はさくりと軽く、中はふっくら柔らかい。口に入れた瞬間に分かる……身が甘い。噛むたびに旨みが出る。衣も薄くて邪魔をしない。タルタルの分量、キャベツの切り幅、ご飯の固さ――全部ちょうどいい。さらに、ソースをかけるとコクと酸味が衣の香ばしさを際立たせる。……アジフライ定食、恐るべし……!」
いや、そんな壮大に言われましても。
ただのアジフライ定食ですから!
魔王様はもう食べることに集中しています。
そのまま無言で、もくもくとアジフライを口に運び続け――
完食。
そして――
チャリン……
食後の硬貨。
きっちりと代金を支払う、安定の魔王様。
さて、では本日のメインイベントです。
「魔王様、少々お待ちください……」
私は食器棚の奥から、 とっておきの品を取り出しました。
黒地に金の文字が書かれた湯呑み。そして「定食屋メルヴィオリジナルブレンドの茶葉セット」
「こちらをどうぞ」
私は湯呑みを両手で差し出しました。
「……?」
魔王様が不思議そうに受け取ります。
そして、湯呑みに書かれた文字をじっと見て――
「……!!!」
おっと。
また赤い瞳が輝きましたよ!
「これは……!」
魔王様が湯呑みを持ち上げます。
『魔王バルゼオン専用』
「名前入り……だと……!」
いや、そんなに驚きます!?
「ふむ……これは……良いな……!!!」
魔王様、湯呑みを握りしめながらめちゃくちゃ嬉しそう!!!!
「そして、こちらの茶葉も……」
魔王様は、セットになった茶葉を手に取りました。
「悠久の万魔殿に住まう魔王に捧ぐ、定食屋メルヴィオリジナルブレンド」。
「……我のために作ったのか?」
「ええ、お世話になっておりますので」
私はにっこりと笑って答えました。
「……」
魔王様が、しばし無言で湯呑みと茶葉を見つめます。
そして、静かに頷き――
「実に良い」
なんかもう、めちゃくちゃ満足している!!!!
よかった。
気に入ってもらえたようですね!
……しかし、その直後――。
魔王様は、懐から一本の剣を取り出しました。
「では、私も礼をしよう。これを受け取れ」
いやいやいやいや!!
また剣ですか!!!
「魔王様、それは何ですか!?」
「白煌剣アルビレオ・グレイスだ。燐光の勇者を倒した際に手に入った」
めちゃくちゃ大事そうな武器ですけどおおおおおおおお!?!?!?
「お前の包丁と同じく、これも料理に適した形に変えてやろう」
「待ってください!!!!!!!」
「ふむ……?」
魔王様は完全に『じゃあどうやって包丁に錬成するか?』みたいな顔になっています。
やめて!
絶対にやめて!!
そんな伝説の剣を、ぽんぽん包丁に変えないで!!!!
「いりません!! いりませんから!!! どうか大事にお持ちください!!!!」
「む……そうか……?」
「そうです!!!!!」
めちゃくちゃ悩んでいる。
いや、悩まなくていいんですって!!!
「とにかく、私はお返しをしたので、これでお互い様ということで!!!」
「ふむ……ならば、そういうことにしておこう」
魔王様は、剣を再び懐にしまい――湯呑みを手に、満足げに店を後にしました。
「……ふぅ……」
私は大きくため息をつきました。
今日も色々ありました……ですが、これで無事にお返しは完了です。
『魔王様専用湯呑み』、これにて終了。もう追加で、武器とか貰うことはないでしょう。
……ないですよね???
不安を抱えながら、私は厨房の包丁を磨きます。
オリハルコンの包丁は、今日も最高の切れ味でした。




