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【書籍化】推し騎士に握手会で魔力とハートを捧げるセカイ(連載版)  作者: 緑名紺
第7章 楽しい夏季休暇

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61 真夏のビーチ


メリィ視点です。

 

 これは由々しき事態です。

 楽しいリンピア旅行ではあるのですが、歯車が嚙み合わないような気持ち悪さを感じていました。


 流行中の新作演劇を観てから、母が不自然な別行動をとっています。

 お友達とのやり取りもあるのでしょうが、どこか落ち着きなく各所に連絡をしているように感じられました。

 何があったのかと尋ねても「帰ったら話すわ」の一点張りです。


 まさか、例の母の血筋に関する問題が……?

 母のことなので、楽しい旅行中に心配事を話すのが野暮だと思っているのでしょう。

 その心遣いはありがたいのですが、やっぱり気になってしまいます。私にも無関係ではないのですから。


 父はと言えば、偶然入ったお店で取引先の老夫婦に出会い、食事に誘われて出かけていきました。

 なんでも十二年前に亡くした息子さんと父の雰囲気が似ているらしく、普段から可愛がってもらっていて断りづらかったそうです。


 これで一人ぼっちにされていたらさすがに拗ねていたかもしれませんが、今回の旅行はエナちゃんも一緒です。

 正直、両親と友達と一緒に行動するのが面映ゆくもあったので、二人で遊べるのは気楽で楽しいですけども……。


「えー、残念ね。昨日ビーチに来ていれば、遠泳訓練のスタートに立ち会えたかもしれないのに」

「はい。せめて参加した騎士様の様子が知りたいです……!」


 私とエナちゃんは今日、ビーチに海水浴に来ていました。


 せっかく海辺のリゾートに来たのだから泳いでみたい。夏を思い切り満喫したい。

 普段は日陰でうじうじしがちな私にもそんな憧れがありました。

 砂漠の国から来たエナちゃんも同様の憧れがあったようで、相談の結果思い切って挑戦してみることにしました。

 最近流行し出した女性専用の水着を着るのはかなりの勇気を要しましたが、旅の恥はかき捨てです。


「変じゃないですか?」

「全然。メリィによく似合ってるし、可愛いわよ。肌が出ていても品がある」

「エナちゃんも素敵です。本当にスタイル抜群なんですから」

「ふふん。まぁ、鍛えていた時期があったからね。マーメイドも裸足で逃げ出す蹴り技が得意よ!」

「どこから突っ込めばいいですか」


 水着はドレスよりも露出度が高く、布地が密着していて体のラインが分かりやすいですね。やっぱり恥ずかしい……。

 ですがひらひらしたパレオが可愛くて嬉しいですし、海風が素肌に当たって気持ち良いですね。ビーチにいる女性のほとんどがこのような格好なので徐々に気にならなくなってきました。

 リゾートで開放的な気分を味わう……ものすごく陽の者ではありませんか。これがテン上げというやつですね。あとで熱を出しそうです。


 ちなみに私は淡い紫のチェック柄、エナちゃんは赤を基調としたカラフルな花柄の水着を選び、髪はお揃いのシュシュでサイドテールにしてみました。

 いついかなる時でも、推し騎士様のエンカラを意識する……ぬかりありません。


 海に慣れていない十代半ばの女子二人で海水浴というのは、いろいろな意味で危ないので、きちんとライフセーバーや警備員が巡回している有料のビーチを選びました。海もネットが張られていて沖には出られないようになっています。

 それでも父は心配していましたが、二時間だけという条件で許してくれました。


「今のところリナルド様とリリンちゃんの話しか聞こえてこないわね。アステル様がいらっしゃらないのは分かったけど……」

「うぅ、やっぱりネロくんの消息が分かりません!」


 更衣室やビーチの海カフェで、昨日に行われたという星灯騎士団の遠泳訓練の話が聞こえてきました。

 騎士様たちの水着姿を拝めたとあって、女性陣が異様に盛り上がっています。


 肉体美、筋肉、火照った肌……ちょっとセンシティブなワードの数々に、私とエナちゃんは早速のぼせそうになっていました。


 父に「ビーチには不埒な者がいるかもしれないから、十分に気を付けるんだよ」と言われましたが、このままでは我々がその類になってしまいます。


「頭を冷やさないと……」

「そうね。海の塩で邪念を浄化してもらいましょう」


 入念に準備運動をして、浮き輪という特殊な植物の繊維から作られた水に浮かぶ道具を抱えて、恐る恐る海に入ります。

 足がつく深さの段階で浮き輪を頼りにぷかぷかと漂う体験は新鮮でした。


 水平線に海上隣国であるジャルダンガーデン王国らしき影が見えます。

 こうしてみると意外と近く感じますね。


 海に浮かんだまま思い切って仰向けに倒れ、真夏の空を仰ぎます。

 キラキラと輝く太陽と澄み渡った青。


「ネロくんの水着姿……」

「アステル様の夏の装い……」


 私はネロくんの水着姿が見たかったなと未練がましく思っていました。

 きっとエナちゃんも「アステル殿下とリゾート都市」というお題で想いを馳せていることでしょう。


 ……波は穏やかですが溺れそうです。

 私たちは最後に海の中で思い切り手足を動かしてから浜に戻りました。楽しかったです。


「喉が渇いちゃった。ドリンクを買ってくるから待っていて。なんでもいい?」

「え、私も行きます」

「大丈夫よ。すぐそこのお店だし。メリィはパラソルを確保しておいて」


 空いているパラソルの数が少なかったこともあり、エナちゃんのお言葉に甘えて私は場所取りに専念しました。


「うぅ、結構しみますね」


 日焼け止めを塗っていたのに、肌が少しひりひりします。顔が赤くなっていないか心配です。


「あ」

「……っ!」


 振り返った瞬間、脳が揺れました。驚きのあまり思考が空転したのでしょう。


「ね、ねねねネロくん……!?」

「メリィちゃん、どうしてここに」


 なんと先ほどまで執念深く考えていた推し騎士様が、まさに水着に上着を軽く羽織った姿でそこに立っていたのです。

 私同様、彼も瞬きを繰り返して固まっていました。

 やがてお互いの視線が顔だけではなく、全体像を捉えます。


「だ、ダメだ――」

「ダメです!!!」


 私としたことが、ネロくんの言葉を遮ってしまいました。


 しかし謝る余裕もありませんでした。

 だ、だって! 露出した健康的な肌が煌めいています!


 これは汗ではありませんね。おそらくネロくんも先ほどまで海に入っていたのでしょう。濡れた髪が目に入らないようにか、前髪を後ろに流しています。

 ネロくんのおでこ……そして端正な顔立ちが思い切り露わになっているうえに、水も滴る美少年状態。色気が増し増しです。

 分かっていましたが、さすが現役の騎士様。しっかりと筋肉がついていて、腹筋も割れているような……もう直視できません!


 ネロくんの頬がほのかに桃色になっていく中、私の全身はおそらく真っ赤なゆでダコ状態になっていることでしょう。

 いろいろな臨界点を限界突破し、私はその場にうずくまって頭を抱えました。砂浜よりも体が熱いです。


「ありがとうございます、夏っ!!!」

「え!?」


 本当に信じられません。

 こんな偶然ありますか?

 もしかしてお守り石の効果かと思いましたが、今日は失くしそうだったので宿屋に置いてきています。純度百パーセントの奇跡的な遭遇に違いありません。

 頭の中がグルグルして、心臓は壊れそうなくらいドキドキして、どうにかなってしまいそうでした。


「ふふっ」


 ふと気づけば、頭上からくすぐった笑い声が聞こえました。

 ネロくんが思わずといったように声を殺して笑っています。こんなネロくんは大変珍しい……。


「え? え?」

「ご、ごめん。偶然にびっくりして、それから……なんだか面白くなっちゃった。あはは!」


 あまりに素敵な光景に見惚れてしまいました。

 いつも控えめで感情を大きく出さないネロくんが、まるで幸せを噛みしめるようにして笑っています。

 儚げな印象を受ける瞳も今日は年相応の少年のような無邪気な光を携えていて、かっこよさよりも可愛さを感じてしまい胸が苦しい。


 私の気のせい?

 ついに自分の目まで信用できなくなってきました。


「ありがとう。メリィちゃんのおかげで、ここ最近の悩みとか不安とか全部どこかにいったよ。心が楽になった」

「えっ? ネロくんのお役に立てたのなら良かったですけども……? 私、何かしました?」


 普段と違うネロくんに萌え散らかしていただけですけど?

 というか悩みや不安ってなんでしょう。そちらの方が大問題です!

 私が首を傾げつつも、気遣うように見上げると、ネロくんは目を細めました。


「もう平気だよ。迷ったけど、思い切って海に来て良かった。もう戻らないといけない時間だから俺は行くけど……メリィちゃんは一人?」

「あ、エナちゃんと一緒です。すぐ戻ってくると思います!」

「そうなんだ。また今度話を聞かせてほしいな。握手会やカフェで」

「はい! もちろんです! 私もネロくんのお話が聞きたいです!」


 会える機会の数だけ会いに行きますとも。

 王都から遠く離れたリゾート地で同じ日同じ時間に巡り合えるなんて、本当に嘘みたいな偶然でした。

 名残惜しいですが、これ以上望んだら罰が当たります。

 海にはしゃいでいる他の観光客も、そろそろネロくんに気づくかもしれません。変な噂が立ってしまったら大変です。


 ネロくんは頷いて、それから少し目を逸らしました。


「その、似合ってるけど、ちょっと刺激が強くて……できればあんまり他の人に見せないでほしいかも」

「…………え?」


 じゃあ、と言ってネロくんは砂浜を足早に去っていきました。

 最後に見た彼の頬は桃色よりもずっと濃い赤になっていたような……。


「お待たせー。スペシャルドリンクよ。アイスも載せてもらったわ。ってどうしたの!? 見たことない顔色になっているわよ!」

「あ、ああエナちゃん……大変です。たった今信じられないことが起こったんですが、全部幻だったかもしれなくて……蜃気楼? 白昼夢? とにかく呼吸と体温調整がうまくできません! 私ってエラ呼吸の魚類でしたっけ? 海に入ったから?」

「ちょっと何を言っているのかよく分からないけど、熱中症じゃない? 大丈夫?」


 私はエナちゃんによく礼を言ってから、冷たいドリンクをもらいました。

 甘酸っぱいソーダが口の中で弾けて、異常な熱をもった体を癒していきます。


 なんて楽しいリンピア旅行でしょう。

 宝物のような思い出が増えました。



 ……翌日、リンピアの沖合に巨大な背びれを持つ魔物が出現し、いろいろな意味で忘れられない夏になってしまいました。


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