47 先生の推し語り
そして迎えたイベント当日。
エナちゃんが追試で実力を発揮できることを祈りつつ、私は訓練発表会が行われる旧闘技場へ向かいました。
会場前でピノー先生と待ち合わせ、一緒に入場します。
まずは競技のため、魔術系の騎士様への魔力譲渡の握手会の列を案内されました。
……射手の握手会は発表会の後だけみたいですね。残念ですが、仕方がありません。
周囲の目は気になるものの、これも何かの縁。
私はピノー先生と一緒にジュリアン様の握手会に参加することにしました。当選を素直に喜べたのもジュリアン様のお言葉のおかげなので、一言お礼を言いたいです。
……それにダブルチャンス制度を使うことで、ピノー先生にはより長く推し騎士様との時間を過ごしてほしいので。
「今日の持ち時間は一人十五秒。メリィ氏の分と合わせて三十秒!? そんなに長く同じ空間にいて、大丈夫だろうか……召される」
ピノー先生は「ガクブルっ」と音がしそうなくらい動揺していました。しかし顔合わせの時よりもテンションが高くなっています。
トップ騎士様の握手会が短いのは知っていましたが、イベント時でもたったの三十秒……。
私からしたら短く感じてしまう時間をこんなにも尊んでもらえるのなら、私としても喜ばしい限りです。
振り返れば、ジュリアン様の握手会の列は、人数制限により既に締め切られていました。隣のミューマ様の列も同様です。
さすがトップ騎士様……人気の度合いが段違いです。
よくよく観察すれば、この列にいるのは緑色のアイテムを身に着けた姫君ばかりでした。
ピノー先生も今日は深い緑色のネクタイを締めていますね。よくお似合いです。
うーん、男性である先生よりも、紫を基調とした服を着ている私の方が浮いてしまっています。しかし睨まれるようなことはありません。おっとりとした少し年上のご令嬢が多く、微笑ましく見守られているような感じがします。
「あら、画伯。ご機嫌よう」
「ごっ、ご機嫌よう」
少し前の方にいるお上品な姫君がピノー先生に会釈をされました。
先生という“従士”の存在は、ここにいる歴戦の姫君には周知の事実なのか、好意的に受け入れられているようです。
騎士団の設立から約五年。長い付き合いなのでしょうね。
順番が来るまで、ピノー先生といろいろなお話をしました。
あえて横並びになって視線を合わさずにいれば、先生も普通に接してくださいました。先生も先生で、私が思っていたようなキラキラ女子ではないと分かってきたようです。
ジュリアン様を推すキッカケを尋ねると、先生は遠い目をし、少し恥ずかしそうに切り出しました。
「実は、私は第一期の騎士団入団試験を受けているのだ……」
「え!? 先生が? すごい!」
「い、いや、そんな大層なものではない。エストレーヤ王家への忠誠を示す意味で、当時は貴族家のほとんどが嫡男以外の男子に試験を受けさせていたのだ。それでいて星灯騎士団が使い魔に対抗できるかどうか半信半疑であったから、受験者の中には入団を希望しない者も多かった。……私も、情けないことに自分の命が惜しく消極的だった」
父親の命令に従い、入団試験を受けることになったピノー先生は、本人の希望とは裏腹に書類審査を通過してしまいました。
そして仕方なく訪れた魔術の実技試験会場。雰囲気は最悪だったそうです。士気が低い受験者だらけで、しまいには示し合わせて手を抜こうと提案する者までいる始末。
先生もまた、本気で試験に臨むつもりがなかったと言います。
「その時、試験官を務めていたのがジュリアン様であった。彼が天才であることも、女王陛下に目をかけられていることも知ってはいたが……十代の貴族の子弟なんてものは大抵が傲慢で世間知らずな頭でっかちばかりだ。同年代の若者に値踏みされるというのは気分が良くなかった。ジュリアン様は他国へ留学していた期間が長く、その実力を疑う者もいた。かくいう私も魔術理論だけは一端のものを持っていたから……今となっては愚か極まりないが、最初はジュリアン様のことを顔と家柄とコミュ力だけの男と舐め切っていた」
ピノー先生はため息を吐きました。
本当に、ジュリアン様のことになるとよく喋ってくださりますね。
「しかし、私は、私たちは完璧に打ちのめされた! 試験の説明と称してジュリアン様が見せてくださった模範演習で! あの洗練された魔術の数々! 五年経った今でもなお、目に焼き付いて離れないほどだ!」
小声でありながら熱のこもった言葉。身に覚えがあります。私がネロくんについて語る時と同じ熱量でした。
「それで? どうなったんですか?」
私が前のめりで尋ねると、ピノー先生も嬉しくなったのかさらに饒舌になりました。
「ああ、ジュリアン様は魔術以外もすごかった!」
当時の先生が十年かかっても使いこなせそうにない難解な魔術を軽々と行使して見せた後、受験者の誰もその真似ができないと分かるや否やジュリアン様はこう言い放ったそうです。
『え? できないんですかぁ? ここにいらっしゃる皆さんは、志願書の特技の欄に“魔術”と書かれていたので、てっきりこれくらいは容易いかと……申し訳ありません。もう少し試験のレベルを下げますね』
爽やかな笑顔で驕りを指摘され、受験者全員が顔を真っ赤にして俯いたらしいです。
ジュリアン様の煽りスキル、高すぎません?
『冗談です。私もつい大人げないことをしてしまいましたね。心よりお詫び申し上げます。……ですが、我々は本気でこの新しい騎士団で王国を救うことを目指しています。国のため、アステル様のため、身命を賭して戦える者……新時代を担う逸材を探しているのです。この場に招いた皆さんには英雄の片鱗があります。でなければ、この私が貴重な時間を割くものですか。ですのでどうか、今日の実技試験では皆さんの本気の魔術を見せてください……できますよね?』
表情、声のトーン、話し方、その全てが完璧だったと言います。
落とされた後に持ち上げられ、受験者たちは見事に舞い上がってしまいました。
「その後もジュリアン様は、圧倒的な魔術と巧みな話術で受験者を扇動していった。ある者は掌を返して騎士団への入団を熱望するようになり、ある者は心を折られて杖を置き、またある者はジュリアン様の従順な信者になった」
「……ちなみに先生は?」
「全部だ」
ピノー先生の瞳は、恐ろしいほどに澄んでいました。きっとその日を境に、己の全てを塗り潰されてしまったのでしょう。すなわち沼落ちです。
「私は心を入れ替えて本気で実技試験に挑んだが、後日不採用通知が届いた。落ちたら魔術なんて捨てて田舎で鶏と暮らそうと思っていたのだが……しかし定型文の他に、ジュリアン様からのメッセージも添えられていた。それで完全に心を掌握された」
ジュリアン様からピノー先生へのメッセージ、それは……。
『あなたの論文を拝読いたしました。私にはない着眼点でとても素晴らしかった。実戦よりも魔術理論の構築の方がはるかに向いていますよ。あなたはその頭脳で王国に貢献なさい』
当時の感情が呼び起こされたのか、先生はハンカチで目元を押さえました。
「今も、金の額縁に入れて寝室に飾ってある……」
推し騎士様に才能を認められるなんて、これ以上の誉れはありません。
それから先生は魔術の研究に邁進しつつも、教壇に立って人を教え導くことにも力を入れるようになったそうです。
「私は、アステル殿下やジュリアン様とは違う。凡人だ。一人で頑張ったところで限界があるのだと、この数年で思い知った。後進を育て、議論を交わさねばいずれ閃きもなくなる。だから、キラキラティーンが怖くとも、教職に就くことにしたのだ……っ」
自分なりの方法で王国に貢献することを志したピノー先生。そのために苦手なことも頑張ってご立派です。
やはり推し騎士様……推し騎士様こそ、人生の活力。世界平和の礎。
先生はこんなにも頑張っているのですから、いつかまた魔術分野での活躍をジュリアン様に褒めていただける日が来ますよね、きっと。
「おや、ベルナール。クラリスから聞き及んではいましたが、本当に教え子の同行者になってまでイベントに参加するとは……そんな暇があるのならアステル様の麗しい御姿を作品にして残しなさい」
ジュリアン様は開口一番ぴしゃりとそう言いました。
魔術よりも絵画の才能を求められている!?
やっと握手会の順番が回ってきたと思ったらこの塩対応……私はハラハラしながらピノー先生を見上げました。
「はっ、描いてはいます。ですが、なかなか献上できるほどの仕上がりにはならず……申し訳ありません!」
「……まぁ良いでしょう。駄作を量産されるのは許しがたいのでね。待ちます」
「有難きお言葉!」
「進捗はクラリスを通じて逐一報告するように」
「承知いたしました!」
ピノー先生は傅くように礼をしてから、恭しくジュリアン様と握手をしました。紋章が緑の光を放ち、魔力譲渡が完了しました。
先生は、それはそれは嬉しそうに「競技頑張ってください!」「帰ったらすぐに筆を執ります」とやる気をみなぎらせていました。学校での先生とは別人のようにハキハキしています。
私は呆気に取られてしまいました。
突っ込みどころはいろいろとありますが、お二人の間で完結している事柄ならば、私が口にするのは野暮ですね。
「お嬢さん、もう時間がありませんよ?」
「あ! すみません。あの、えっと、その節はいろいろとお世話になりまして……ありがとうございました!」
促されて、私も控えめにジュリアン様と握手をしました。
ネロくん以外の騎士様と握手をするのはかなり久しぶりなので、いつもとは違う緊張があります。
魔力譲渡が完了すると、ジュリアン様は失笑されました。
「ふふ、思いの丈が露骨に表れていて、実に結構です」
「う……申し訳ないです」
他のファンと比べて、明らかに少ない魔力の譲渡量だったのでしょう。なんだか本当に申し訳なくなってきました。
「いえいえ。これからも期待の新人を存分に推してくださいね。こちらこそありがとうございました。この後も楽しんでいってください」
こんなに至近距離でトップ騎士様に微笑まれると、さすがに冷静ではいられなくなりますね。麗しいっ。
「メリィ氏いいなぁ……」
「おや、ベルナールにもいつも感謝はしていますよ。あなたなら分かっていると思いますが」
「ジュリアン様……っ」
ピノー先生は本当に召されるんじゃないかというくらい浮かれています。こんな姿、学校の生徒に見られたらどうなるのかと私の方が心配になりました。
与えられた三十秒はあっという間に過ぎ、ジュリアン様は小さく手を振って私たちを見送ってくださいました。
「ベルナール、今日はそちらのお嬢さんをしっかりエスコートなさい。その方が面白いものが見られそうなので」
えっと、その言葉の真意は……?




