48 モヤメラ
「ネロ? 大丈夫? さっきから表情が死んでるけど」
気づけば、ミューマさんが俺を心配そうに見ていた。
もうすぐ訓練発表会が始まる。ミューマさんは出番を間近に控えているというのに、俺を気にかけてくれた。優しいな。
「はい……大丈夫です」
だからこそ面倒をかけたくなくて、小さく笑って嘘を吐く。大丈夫ではなかった。
先ほど見た光景が頭から離れない。絶対にないと分かっているのに、悪い想像をしてしまう。
ミューマさんは小さくため息を吐いた。
「単純に緊張しているだけじゃないみたいだね。しっかりしなよ。気になることがあるなら試しに話してみたら? イベントで失敗すると、ジュリアンに嫌味を言われて面倒くさいから」
うっ、即バレた。
今の俺には嘘を吐き続ける気力もなかった。
副団長の名前が出たことで、潔く諦めてミューマさんに打ち明けることにする。
「実は、さっきジュリアン副団長の握手会の列に、若い男の人が並んでいて……」
「え? そんなの別に珍しいことじゃないけど。僕の列にも来るよ」
「えっと、その人が、その、メリィちゃんと一緒にいて……どういう関係なのか気になってしまって」
「……なるほど」
ミューマさんは少し黙った。明晰な頭脳であらゆる可能性を考えてくれているのだろう。
「あ。……それ、もしかしてベルナール・ピノーじゃない?」
「え?」
「ジュリアンの古参ファンで、若手の魔術理論の学者。彼って確か今は――」
「あまりファンの個人情報を言いふらすものではありませんよ、ミューマ」
突然声をかけられ、心臓が口から飛び出すかと思った。
振り返れば、にこやかな笑顔でジュリアン副団長が立っていた。いつの間に控室に入ってきたんだろう。
副団長は手を叩いて改めて注目を集めると、騎士たちに告げた。
「もう間もなく開始時間です。魔術の競技会に出場する者は東西の入場ゲートへ。見学したい者は、北側のゲート口へどうぞ。怪我や事故がないよう、気を引き締めてくださいね」
先輩たちが移動を始める中、ミューマさんが訝しげな視線をジュリアン様に向けた。
「ねぇ、“ハートの姫君”がジュリアンの握手会に来なかった?」
「ええ、いらっしゃいましたよ」
ハートの姫君――メリィちゃんのことだ。
魔女と悪魔との一件があってから、トップ騎士を含む騎士団幹部や王国上層部の間で、メリィちゃんに関する情報が共有され、そう呼ばれるようになったらしい。彼女の家は複雑な事情と血筋を持っているから、その存在は一般には秘匿されている。
ちなみに、俺とリリンも堅く口止めされた。クヌートやジェイ先輩の前でぽろっと言ってしまいそうでいつもハラハラしている。
「ベルナールと一緒でした」
「あの、ベルナールさん? というのは――」
ジュリアン様はいつも以上ににこやかに俺の肩を叩き、小声で囁いた。
「東側××ブロックの六列目。二人はその辺りにいるはずですよ。あなたの神懸った弓の腕を見せつけて差し上げなさい」
俺の質問には一切答えるつもりがないらしい。そのままミューマさんまで強引に連れて行ってしまった。
チケット当選者の座席番号を覚えているなんて……いや、多分俺に伝えるためにわざわざ調べて教えてくれたんだと思う。一体副団長は何を考えているんだろう。
「…………」
抱えていたモヤモヤがどんどん大きくなる。
じっとしていられなくて、俺は魔術系騎士の競技会を見学するために、北のゲートに向かった。
旧闘技場は広い。それでも場所さえ分かっていればその姿を見つけることは容易かった。視力には自信があるんだ。表情まではっきり分かった。
メリィちゃんは、ベルナールさんというらしい男性と隣り合って座っていた。やっぱり一緒にイベントに来たんだな。
二人とも手に何かを持っている。メリィちゃんは頷きながらメモを取っていて、ベルナールさんはもっと大きなものを膝の上に乗せている。応援グッズかな?
推し騎士の名前や「笑って」「指さして」などが書かれた、ファンサを求めるプラカードや旗はよく見かける。
「本日はお越しいただき、ありがとうございます。大変お待たせいたしました。ただいまより、星灯騎士団訓練発表会を開始いたします。今回は、遠距離攻撃部隊の部ということで、魔術系騎士と、射手の合同で執り行います」
ジュリアン副団長が拡声の魔術でアナウンスをすると、多くの姫君が熱狂し、ベルナールさんも高速で拍手をした。テンションが爆上がりなのが遠目にもよく分かる。
本当にジュリアン様のファンなんだ……。
「まずは皆様に譲渡いただいた魔力を用いて、使い魔に対抗するために磨いた魔術の腕をご覧に入れましょう!」
騎士たちが入場すると、他の観客たちも湧き立ち、会場の熱気が一気に高まる。
円形の訓練場の中心で巨大なゴーレムが立ち上がると、その迫力に俺も観客と一緒になって息を呑んだ。
以前訓練演習で使われたゴーレムと比べて移動しない分、かなり頑丈な造りらしい。
「観客席に危険が及ばぬよう、結界を張らせていただきますね。前列の方々、身を乗り出して結界面に触れぬようお願いいたします。それでは、魔術競技会を開始いたします!」
ジュリアン様の号令により、ゴーレムを取り囲んで魔術系の騎士たちが一斉に攻撃魔術を放った。
火球、雷撃、水砲、風刃、鉄礫……魔術によって生み出された様々な攻撃が殺到する。音と光でくらくらするけど、大迫力で観客席は大盛り上がりだ。
「さて、今回の魔術競技会のルールですが、ゴーレムの核を破壊した者が優勝でございます。複数人での複合魔術は禁止。あくまで単独での撃破を目指していただきます。ただし、こちらのゴーレムは王国の著名な魔術師たちが作り上げた特別製……約七十年前に出現し、甚大な被害を出した亀の使い魔と同等の強度となっております」
第一陣の攻撃を受けても、ゴーレムは少し煤けたくらいでヒビ一つ入っていなかった。
おお、とお客さんが驚嘆している。俺もだ。本当に頑丈にできているみたいだ。
魔術系の騎士たちは、むっとしたが、さらに長い詠唱に入った。もっと威力の高い攻撃魔術を繰り出すようだ。
爆音と歓声、詠唱する声。そしてジュリアン様の聞きやすい解説。会場は大盛り上がりだった。
「さぁ、まだ小手調べです。どんどん参りましょう。がむしゃらに攻撃し続けるのも良し、ゴーレムにダメージが蓄積するまで力を蓄えるも良し。隠された核の場所は我々の誰も知りませんので、ある程度は運も絡んでくるでしょう。戦略は自由ですが、早い者勝ちだということをお忘れなく。一応、ハンデとして、トップ騎士である私とミューマは二回しか魔術を放ちません」
ゴーレムの関節や脚を狙って、攻撃魔術が再び炸裂し始める。
前後左右から強烈な攻撃を受けて、ゴーレムの体にやっと傷や凹みが付き始める。
「さて、そろそろ私も競技に参加させていただきますね。ミューマ、お先にどうぞ!」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
入場してからずっと微動だにせず詠唱を続けていたミューマさんが杖を構えた。
途端に他の騎士たちが壁際に退避したし、姫君たちの声援が大きくなる。
「――――!」
その一閃は、彼が得意な氷結系の魔術のきらめき。
鋭い氷柱に貫かれると、ゴーレムの右腕が凍りついて砕けた。とんでもない威力だ。
会場の熱気を一気に冷やしてしまった。観客たちの多くが言葉を失くし、震え上がっている。
「あ、ハズレ。右腕に核はなかったみたい。案外、セオリー通りに頭や胸の辺りにあるのかな?」
当の本人は淡々として、他の騎士に場所を譲った。残りの攻撃チャンスは一回ということもあって、しばらく様子見をするみたいだ。
「さすがトップ騎士……」
「レベチすぎる」
「可愛い顔して可愛くなーい」
俺の他に見学していた騎士たちも、尊敬と畏怖が入り混じった視線をミューマさんに向けている。
やっぱりミューマさんはすごいな。元々の魔力量も、魔術の技量も、頭一つ以上抜けている。
ふと、視線をメリィちゃんに戻す。彼女はベルナールさんに話しかけられていて、うんうんと頷いていた。
彼は魔術の学者だという話だから、ミューマさんの攻撃魔術について解説してもらっているのかな。
……それは別に構わないけど、二人の距離が近い。再び始まった攻撃の音で会話がしにくいからだろうけど、気になって仕方がない。
俺の胸にはモヤモヤが燻り続けていた。
ミューマさんの攻撃後、魔術系騎士たちの猛攻が再開された。しばらくすると連撃が当たって今度は左足が破壊されて、ゴーレムが尻もちをつく。その衝撃で、会場全体が揺れた。
それでもゴーレムの体は崩れない。まだ核が破壊されていないんだ。
「そろそろ頃合いですかね」
ジュリアン様が前に出ると、また他の騎士が退避の構えを取った。待っていましたとばかりに、観客たちが声援を贈る。
彼は杖ではなく、古い魔術書を媒介にしている。まるで聖書を手に、祈りを捧げる神父のような佇まいだ。
いつもは主に治癒や祝福、騎士団全体の指揮を執っているから、ジュリアン様が前に出て攻撃に参加する機会はあまりない。先日の魔女の館での戦いでも、みんなのフォローに徹していた。
だから、ジュリアン様の強力な攻撃魔術は俺も初めて見る。
「――――」
音は遅れてきた。
眩い光線が天からゴーレムの頭を貫く。
あまりの光量に思わず目を閉じた。
なんて美しく荘厳で……凶悪な一撃。
恐る恐る目を開けば、頭が高いと窘められたかのように、首から上をなくしたゴーレムが力なく倒れ伏していた。
「おや? まだ崩れませんね。核はボディですか」
今の攻撃によって、ゴーレム全体に亀裂が入っていた。他の騎士たちはチャンスとばかりに攻撃を仕掛ける。
ジュリアン様の攻撃魔術に対する喝采が鳴り止まない。
さすが副団長、なんて頼もしい、神々しくて素敵――観客席からはそんな声が漏れ聞こえてきた。
やっぱ怖いな副団長、逆らったら消滅させられる、絶対に敵にしちゃダメだ――見学の騎士たちは声もなく顔を見合わせ、心を通わせた。
俺も同意の頷きをして、またメリィちゃんへ視線を移す。
「なっ!?」
二人の距離がさらに近くなっている。
興奮したベルナールさんが大喜びして、彼女の背中を叩いたり、肩に手を乗せたりしていた。メリィちゃんは苦笑しつつ、やんわりとその手を剥がしていた。
どういう関係か知らないけど、ちょっと馴れ馴れしくないか?
メリィちゃんが困っている。
「……………」
モヤモヤした心に火がついて、今はメラメラしている。
なんで俺は出場する側なんだろう。観客席に行けないんだろう。
俺だって……俺だってメリィちゃんとイベント観覧したいのに!
気づけば、イベント前に感じていた緊張は吹き飛んでいた。




