36 番外編 二十歳剣士組の緊急食事会・中編
前後編の予定だったのですが、思った以上に長くなってしまったので中編とさせていただきます。
すみません。
貴族街の閑散とした通りを馬車で進む。
辿り着いたのは、騎士団御用達の食事処“流星の宴”――何を隠そう元星灯の騎士が経営しているこじゃれたレストランだ。
気軽に外を出歩けない騎士たちのために様々な配慮をしてくれる。例えば、裏口から個室に入れるような造りになっていて、他の客の視線や耳を気にせず食事ができたりな。
この店なら毒見も不要だと副団長からお許しが出るくらい信頼されている。
「え、アステル団長!?」
「久しぶり、ヘンリック。元気そうで良かった。いきなりで悪いが、入れるか?」
「もちろんです! うわぁ! ただ今ご案内いたします! てか何この組み合わせ!?」
ヘンリックさんは使い魔討伐で大怪我をして引退しちまった人だ。こうしてみる限り傷は癒えて、戦闘は無理でも日常生活には支障がないようだ。むしろ元気が有り余っているらしく、ウキウキで出迎えてくれた。
そして一番上等な個室に案内される。
この店には何度か来たことがあるが、この部屋に通されるのは初めてだ。俺には価値がさっぱりな豪華な調度品の数々……。
とはいえ、そこまで派手ではなくてかしこまってもいない。騎士たちが寛ぐためにいろいろな気遣いがされているのが分かった。
ゆったりとした四人掛けのテーブルの一番奥にアステル団長がついて、その隣にトーラさんが面白くなさそうに座った。俺は団長の向かいの席に座るように指示される。
俺が扉に近い席になるは当然だし、店員とのやり取りを全部任せるということだろうな。もしかして、万が一襲撃があった時、アステル団長を庇える位置にいろってことなのかも。俺の考えすぎか?
「団長は、普段こういう店で食事とかしませんよね?」
「そうだな、ほぼない。たまにバルタが誘ってくれるけど、食事よりも酒がメインの店が多くて……このメニューから好きなものを頼んでいいんだよな? こういうのすっごく新鮮だ!」
アステル団長は開店祝いのパーティー以来の来店だという。実質初めてじゃん。これはたくさん持て成してもらえそうだ。
基本的に城での食事はおまかせのコース料理か、事前にリクエストするかの二択らしい。騎士団本部に併設された食堂を利用したこともあるらしいが、定食が中心だからこのレストランのメニューとは少し違う。複数人で分けることを前提にした一品料理が多い。
「食べられないものはあります?」
「好きなものはいっぱいあるけど、嫌いなものは全然ない。たくさんあって選びきれないな。普段みんなが食べているものに興味がある」
「じゃあ、今日のオススメを中心にいろいろ頼んでシェアしますか?」
アステル団長は大喜びだった。
平民の俺なんかと同じテーブルについて、料理を分け合うことを楽しんでくれるなんて、本当に親しみやすい王子様だぜ。
「ジェイもなんでも好きなものを頼んでくれ」
「マジっすか! じゃ、じゃあ、霜降り肉のステーキを……噂には聞いたことあるんですけど、まだ食べたことなくて」
星灯騎士団ができてから、使い魔討伐の被害が激減した。
するとどうなるか。民が安定した暮らしを送れるようになり、観光客も増え、外国の商人たちも多く出入りするようになって、物が一気に増えた。
この霜降り肉も輸入品の一つ。平民街ではお目にかかれない高級肉だ。時価って書いてあるし……。
「いいぞ。俺も食べたい」
「やったー! 一生ついていきます団長!」
「……簡単な男だな」
爆上がりしたテンションで注文する。ヘンリックさんにオススメされた料理の他、酒も今宵の集まりにふさわしいものを選んだ。
「まさか初めて生まれ年のワインを飲むのが、野郎三人の集まりだとは思わなかったっす」
俺たちは二十年物の赤ワインで乾杯した。それもとびきり値段の高いものを。
舌が肥えていない俺にははっきりとした違いは分かんねぇけど、なんか味がくっきりしている気がする。香りが豊潤で、口当たりもいい。これはごくごく飲んでしまいそうだ。普段ありつけないレベルの酒だし、思う存分楽しませてもらおう。
団長も気に入ったのか、すぐに二杯目を注ぐ。
馬車での移動中からずっと楽しそうだったし、ジュリアン副団長の密命は頭の片隅に追いやって、普通に過ごしても十分リフレッシュになるんじゃねぇかな?
むしろ問題は……。
「あ、トーラさんはジュースも頼みます?」
「……放っとけ」
トーラさんはむっとしつつ、最初の一口の後、ピッチャーを目の前に確保してちびちびと水を飲んでいる。酒弱いからなぁ、この人。
「アステル、飲み過ぎるなよ」
「ああ、分かってる分かってる」
アステル団長も……そこまで強くはなさそうだな。既に頬が赤くなってきている。まぁ、俺が気にするまでもなく自制するだろうし、トーラさんが見張ってくれるだろう。
料理も届けられ、本格的に食事会が始まった。
冷めないうちに料理をそれぞれの皿に分けて配膳する。これは団長たちにやらせるわけにはいかない。
ヘンリックさんがお勧めしてくれた料理たちだけあって「絶対美味い!」と見た目から伝わってきた。それを損ねないよう、彩りのバランスも気を付ける。
「おお、ジェイは本当に器用だな」
「まぁ、騎士カフェで毎回やってますから。どうぞ」
ランチタイムに二人分のパスタやピザをシェアするメニューがあるんだよな。姫君がご所望の際は、取り分けのサービスもする。
サーブに関しては、王城から派遣された一流の執事から徹底的に指導を受けた。多分、貴族街の飲食店でも働けるレベルの技能は身に付けられたと思う。
「おい、ちょっと待ってろ」
俺が取り分けた料理を、アステル団長が早速口に運ぼうとしたが、トーラさんからストップがかかった。
先にいくつか少しずつ口に入れ、真剣な表情で味を確かめている。
「確認なんて要らないのに」
「念のためだ、念のため。お前に万が一のことがあったら、店が一夜で潰れ――これ……美味いな」
そのまま本格的にポテサラを食べ始めるトーラさん。一瞬神妙な顔をするから、警戒しちまったじゃねぇか。
「ずるい、俺も食べる! いただきます!」
アステル団長も食事を始めた。
食欲不振気味とのことだったが、大丈夫そうだな。俺も食お。
「本当だ。めちゃくちゃ美味しい。クリーミーだし、ベーコンがカリカリなのも最高だな!」
「変にフルーツが入ってないのもいい」
「え、入っていても美味いだろ?」
「ふざけるな。それだけは許せねぇ」
トーラさんは揚げ物にレモンをかけるのも反対らしい。この二人は味の好みも正反対みたいだ。
それにしても、二人とも食べ方がお上品だ。全く音を立てないし、動作の一つ一つが洗練されている。どれだけ美味くても、口いっぱいに頬張ったりもしない。
こういうところに育ちの良さが出るなぁ。俺も今日はゆっくり食べることにした。
霜降り肉のステーキも味わって食いたかったけど……口の中で溶けて消えた!
なんだこれ、美味すぎる。でもたくさん食べたら気持ち悪くなりそうな予感がして、俺は余韻に浸るに留めた。
意外なほど和やかに雑談をしながら、食事を楽しむ。
「ジェイ、騎士カフェ二号店は今、どんな感じだ?」
「順調っす。特に、トップ騎士の推しメニューができてから客足が増える一方で、どの姫君も幸せそうに過ごしてくれてますよ。最近は観光客もたくさん来ますね」
「そっか! 安心した。渾身のメニューだったからすごく嬉しい。なぁ、トーラ、みんなで何度も試食会して楽しかったよな!」
「はぁ? 俺には面倒くさかった記憶しかねぇよ。テキトーに要望言っただけだだし」
試食会は、俺たち店員側でもやった。豪華な甘いものをたくさん食わせてもらえたし、余った分は家族に持って帰ってやれたし、めちゃくちゃ楽しかったな。
「テキトーの割にはトーラさんのメニュー、人気ですよ。甘いのが苦手な姫君もいますし、年配のご夫婦や男性客も注文したりしてます」
「ああ、そうかよ、どうでもいい」
「俺のは? 俺のは?」
「団長のは……もちろん大人気です!」
人気なだけではない。
実は団長の推しメニューは、ほとんど利益が出ない。原価と売値の設定がおかしいからな。それを察している常連の姫君たちは追加で他のメニューも注文してくれ、いつもアステル団長推しのテーブルは客単価が極端に高くなる
狙ってるんじゃねぇだろうけど、結果的にアステル団長が一番稼いでいるってことだ。団長がこの王国の国庫を潤しているのは間違いない。一体どれだけの経済効果が……。
生々しい話になりそうだったので、俺は笑顔で誤魔化した。
「とにかくカフェは盛況っすね。休日だけでいいんで、もう少し人手が欲しいくらいです」
「分かった、みんなの負担が少なくなるよう手配する。報告を聞くだけで、なかなか視察に行けなくて悪いな」
「いや、団長が営業中に来店したら、大パニックになりますよ。たまにクヌートが来るだけでもざわついてるのに」
珈琲の味を気に入ったらしく、最近クヌートが普通に客として来店するようになった。多分、自分だけカフェで働いていないのが寂しいんだろうな。絶対本人は認めないけど、可愛い奴だ。
目立たないように変装させても高確率でバレちまうし、ざわつく店内に「私がここに来てはご迷惑だろうか……」と落ち込む姿を見て、他の先輩騎士店員たちも胸を痛めて「帰んなよ!」「絶対また来いよ!」と歓迎してしまった。
もう開き直って窓際に専用の席を作って客寄せにしようという意見も出ている。クヌートにはまだ過激なファンもついていないし、騎士カフェに来る姫君たちの民度は高い。多分大丈夫だろ。
「へぇ、クヌートがカフェに……今年の新人たちは本当に仲が良いな! トーラは北部でしばらく一緒だっただろ? どうだった?」
「どうも何も、新入りのくせにうるせぇ。槍の扱いもリナルドと比べるとまだまだだ」
「リナルドと比べてやるなよ」
「早く追い抜いてほしいんだよ。またあいつが調子に乗る前に槍使いのトップから蹴落とすべきだ」
トーラさんは忌々しげにそう言った。
リナルドさんは、ああ見えて槍術の天才だ。ほとんど努力せず、天性の勘の良さで立ち回って大活躍してきた。いろいろ“持ってる”人だよな。
うん、そうだな、クヌートがリナルドさんに追いつくのは……絶対に無理とは言えねぇな!
リナルドさんが女の子にうつつを抜かして泣いている間に、案外クヌートの努力が実るかもしれない。真面目な男だからな。
「要するに、トーラはクヌートに期待してるってことだな! 分かる!」
「……まぁ、それなりに。真面目で根性があるところは認めてる」
「そうっすね。トーラさんとは気が合うんじゃないっすか?」
初対面では高圧的な態度が目立って勘違いされがちだが、クヌートは本当に良い奴だ。先輩とはいえ平民の俺のこともきちんと敬ってくれるし、他人を公平に評価できる。実は心が広いんだよな。
そういうところが誰かさんにそっくりだし、クヌートのことは俺も密かに応援している。
「…………」
入団試験で同じ班だったのが“あの二人”だからな。クヌートには腐らず捻くれずあのまま成長してほしい。
リリンとネロ。
この二人は普通じゃねぇ。比べられたら劣等感に苛まること間違いなし。クヌートじゃなかったら、耐えられねぇんじゃないか?
俺は酒の勢いで気になっていたことを聞いてみた。
「お二人は、リリンとネロのことはどう思ってます?」
トップ騎士の目からは、規格外の二人のことがどう見えているんだろう。
まずリリン。
あの中性的な見た目からは想像できない怪力の持ち主だ。平民だから魔力は少ないがカフェで瞬く間に看板騎士になるほど大人気で、握手会でもかなりの魔力を集めるようになった。
元々の怪力の一撃に、大量の魔力を上乗せしたらどうなるか。訓練場の地面に大穴を開け、その場にいた騎士たちを戦慄させた。
もはや人間兵器……みんなからはロマン砲と呼ばれている。リリンの一撃で使い魔にとどめを刺せたら気持ち良いだろうなぁ。
「リリンにはいずれは主戦力になってもらいたいな! それだけの力を持ってるし、あの元気で前線を盛り上げてほしい! 複数人での戦闘に慣れて立ち回りを覚えてくれたら、すぐトップ入りできると思う!」
「ぐいぐい前に来て危なっかしい。あいつの力が凄いのは分かるが、まだ一緒に戦いたくねぇ。すぐに怪我しそうだ。いっそ鎧着せて盾持ちに転向した方が活躍できるんじゃねぇか?」
やはりアステル団長もトーラさんも、リリンのことをよく見ている。どうやっても目立つ奴だからなぁ。
リリンは人の心の機微に敏感で、仲間想いの良い奴だ。明るくて前向きで、向上心もあるから周囲にも良い影響を与えていると思う。
でも精神的に幼いところがあって、雰囲気に流されやすく、すぐ頭に血が上る。あいつを怒らせると生きた心地がしない。
使い魔討伐に出たら、周囲の空気に呑まれて訓練通り動けないと思う。怪力がある分、暴走した時が恐ろしい。
……まぁ、初めての使い魔討伐で伸び伸びと戦える騎士なんていない。それどころか、初戦から戦功授与されるような活躍ができる騎士なんて滅多にいない、はずなんだけどな?




