35 番外編 二十歳剣士組の緊急食事会・前編
感想や評価、誤字報告等ありがとうございました!
続編を見据えつつ、しばらくは番外編を更新いたしますので
よろしくお願いいたします。
今回はジェイ視点です。
俺は、今までの人生であまり努力をしたことがなかった。
将来の夢もなく、意識も高くなく、贅沢な暮らしがしたいとも思わない。大きな怪我や病気をせず、飢えない程度に腹を満たせて、年の離れた弟妹が立派な大人になるまで面倒見られればそれで十分。頑張るのは疲れるし、自分を追い込んで苦しむより、その場のノリで面白おかしく遊んでいたいんだ。
トラブルに見舞われた時は根性と周囲の人の助けでなんとかなった。全く苦労をしていないとは言わないが、それなりに恵まれているんだろうなぁ。
……そんな軽薄でのん気な俺が、なんの因果か星灯の騎士になってしまった。
目先の金に釣られ、スカウトの言葉に乗せられた結果である。
美形ばかりの騎士団。握手会でちやほやしてもらえる華やかなイメージがあったけど、その本分は国を脅かす使い魔討伐だ。自分の命だけではなく、仲間や国民の生き死にがかかっている、非常にシビアで重い使命を背負った職業……絶対俺には向いてねぇ。
それに気づいた時には契約書にサインをしてしまった後だった。
しまったなぁと思いつつも、俺はそつなく活動した。
なんやかんやで楽しかった。騎士カフェで働くのも、握手会でファンと接するのも、魔物や使い魔に挑むときでさえ、ワクワクするようになっていた。
のらりくらりと適当に生きてきた分、刺激的な日々だったんだろう。その場のノリで契約更新して今に至る。
ただ、一つだけ騎士団の活動で苦手なものがあるとすれば、それは――。
「ジェイ! 何度同じ手に引っかかってんだ!」
俺は死角からの攻撃に対応できず、衝撃で地面に転がった。
「だぁ! 痛っ! また負けた……!」
肩で息をしながら、かろうじて攻撃を弾いたせいで痺れてしまった右腕をさする。訓練用の剣とはいえ、凄まじい速さで打ち込まれればかなり痛い。
相対する剣士――トップ騎士のトーラ・クロムは息一つ乱さず、呆れたように俺を見下ろしている。
圧倒的高みからの蔑み。寒気がするほど絵になる光景だった。
マゾっ気のない男の俺がこう思うんだから、握手会に来た女の子がトーラさんの冷たい一瞥のせいで新しい性癖に目覚めてしまうこともあるだろう。おっかない。
ここは星灯騎士団の訓練場――使われなくなった巨大な闘技場だ。月に何度か訓練見学会が催され、観覧席がファンで埋まるのだが、今日この時間は剣を用いる兵種で貸し切り、非公開の特別訓練が実施されていた。
苦手なんだよなぁ。剣術の訓練……。
「てめぇはまた小手先で剣を振り回しやがって……素振りで型を覚えて来いって言っただろうが」
「ちゃんとやってますって。……あんまり身についてないだけで」
「それじゃ意味ねぇんだよ! 舐めてんのか!」
物心ついた頃から剣を握って鍛錬を続けてきたトーラさんと、騎士団に入団してから剣を学び始めた俺では、技術に天と地ほど実力差があった。
こういう訓練の度に組まされて一方的にしごかれれば、苦手意識も持つというもの。いつも痛くて惨めな思いをしている気がする。この場に可愛がっている後輩たちがいなくて良かったぜ。
俺だって、別に手を抜いているつもりはない。自分や仲間を危険に晒したくないし、多少面倒でも訓練は真面目にやる。
実際、入団前と比べればかなり強くなったし、魔物とも問題なく戦えていると思う。
「地道な努力が足りねぇんだよ。お前はもっと強くなれる」
「はぁ……トーラさんは俺に期待しすぎじゃね? あんたら上級貴族と違って、平民の伸び代なんてたかがしれてるだろ」
「期待なんてしてねぇが、お前の伸び代はまだ伸びきってない。その馬鹿みたいな運動神経の良さを腐らせておくのがムカつくだけだ。俺の攻撃を連続でかわせる奴なんて、騎士団の中にもほとんどいねぇからな。ド素人のくせに……単純な肉体の性能だけで言えば俺より優れてるくらいだ。言わせるんじゃねぇよ、こんな腹が立つことを!」
イライラしながら褒められてもな。理不尽だ。
俺は服に付いた砂を払って立ち上がった。
「はいはい、次はもう少し頑張ります。ってことで、そろそろ上がりましょうよ。もうすっかり日が傾いてる」
「は? まだ全然――」
「いや、完全にオーバーワークっすよ。俺は腹が減ってもう無理。というわけで、飯食いに行きましょ!」
「知るか。一人で勝手に行け」
俺は小さくため息を吐いて、小声で告げた。
「トーラさんが居残ると、他の奴らも帰りにくいんですよ。今日夜勤の奴もいるし、もう勘弁してやってください」
「…………」
トーラさんはちらりと周囲を見て、何人かの騎士がこちらの様子を窺っているのに気づいて舌打ちをした。
俺くらい図太い奴ならともかく、真面目な奴ほどトーラさんより先に帰るのは気が引けるだろう。誰よりも強いのに誰よりもストイックで努力家。素直に尊敬するけれど、たまには周りに合わせて休んでもらわねぇとな。
……先日魔女や悪魔と対決してから、トーラさんはずっとピリピリしている。十分に成果はあったと聞いているが、納得できていないらしい。自分を追い込むように体を虐めていて、また怪我をするんじゃないかと見ているこっちがハラハラする。
「……仕方ねぇな。今日はここまでにしておいてやるよ」
珍しく素直に折れてくれ、俺が小さくガッツポーズをすると、すぐさま脇腹を小突かれた。
「ぐっ、飯も付き合ってくれます? ほら、貴族街に騎士御用達の店があるでしょ? 久しぶりに行きたいなって。連れてってくださいよ」
「あ? 今日は弟妹の面倒は良いのかよ」
「二人ともじいちゃん家に泊りに行ってるんで、久しぶりに時間を気にせず飲み歩けます! 良いもん食わせてください!」
「……はぁ、俺にたかる度胸に免じて、少しだけ付き合ってやるよ。俺は飲まねぇし、すぐ帰るからな」
ラッキー。言ってみるもんだな。
俺とトーラさんは同い年だが、社会的身分も騎士としての階級も上。奢られるのに何の躊躇もなかった。先日大活躍した平民の後輩騎士たちに奢ってしまって、懐が寂しいんだよな。
一度騎士団本部に戻ってシャワーで身綺麗にして着替える。こんなこともあろうかと、ロッカーには一張羅が常備してあった。貴族街を歩いていても浮かないだろう。
「お」
「うっ」
準備を済ませ、トーラさんと廊下を歩いていると、角でアステル団長にばったり出会った。トーラさんが露骨に顔をしかめたので、俺はすぐに団長に声をかける。
「お疲れ様です! すみません、道を塞いでしまって」
「いや、俺もぼうっとしていたから。お疲れ様。トーラとジェイは、特別訓練帰りか? 俺も会議が長引かなければ顔を出せたんだけど……」
アステル団長はただでさえ多忙なのに、先日の事後処理と今後の対策を練るため、近頃は忙殺されているようだ。
いつもの眩しいほどのキラキラオーラが半減していた。これは珍しいことだ。
少し考えて、俺は「難しいことは何も分かりませーん」と言った気楽さで提案した。
「そうだ、今からトーラさんと夕飯なんですけど、団長も一緒にどうっすか?」
「ばっ」
トーラさんがすぐさま俺の首根っこを押さえた。
「一国の王子を気軽に飯に誘うんじゃねぇよ! 不敬だろうが!」
いや、俺だってそれくらい分かってる。わざとだ。
アステル団長はこれくらいのことで怒ったりしないし、むしろ――。
「――――」
ぱぁっと表情が明るくなった。木漏れ日が差し込んだ泉のように瞳がキラキラしてる。
うんうん、団長なら誘いを喜んでくれると思った。騎士団のみんなはアステル団長のことが大好きだけど、やっぱりどこか一線を引いているからな。本人は「もっと気安くしてほしい」と常々言っているくらいだ。
まぁ、断られると分かっていて誘う酔狂な奴も少ないだろう。全員での祝勝会には参加してくれるが、個人的な誘いに応じられるほどアステル団長は暇ではないんだから。
「ありがとう! でも……ごめん。すごく行きたいんだが、まだ事務処理が残っていて」
「そうなんすか」
予想通りの返事だったが、団長があまりにも残念そうにするものだから、気の毒になってきた。
誰も彼も働き過ぎじゃね?
「その仕事、明日じゃダメなんすか?」
「……明日?」
「そう。急ぎじゃないなら、明日の自分に頑張ってもらって、今日の自分は息抜きしちゃえばいいと思ったんで」
たまにはサボっちまえよ、と暗に告げると、虚を突かれたように団長は瞬きをした。
「おい」
「あ、すみません。出過ぎたことを言いました。きっと大切な仕事ですよね」
トーラさんにぎろりと睨まれ、退き際を悟った。
さすがに踏み込み過ぎたか。俺は団長を困らせたり、堕落させたいわけじゃない。なんかシンドそうだったから、少し肩の力を抜いてほしかっただけだ。
「――普段なら口の利き方に気を付けなさいと床に座らせて叱るところですが、今回は見逃して差し上げましょう。ジェイ・リッツくんの発言には一理あります」
アステル団長の背後から、ジュリアン副団長が音もなく現れた。
その場にいる全員が控えめに半歩身を引いた。
「アステル様は本日も下々のために膨大な執務をこなしてくださいました。もう十分でございます。残りの業務は一週間以上の猶予がありますし、明日は特に大きな予定もございません。せっかくの機会ですし、たまには羽目を外して休息なさってきてください」
「ジュリアン……でも」
「同い年の剣士の集い、素敵ではありませんか。こんな無礼な誘い、もう二度とないかもしれませんよ?」
さりげなく俺に殺気を向けないでくれ。マジで怖い。
ここで強硬に拒否するのも躊躇われたのか、アステル団長は一度頷いた。そして、俺の隣に立つトーラさんに問いかける。
「トーラは? いいのか? 俺が行っても」
「……そ、それは」
全ての決定権がトーラさんの手に渡った。
この二人は幼なじみで、本来は主従になるべき関係だったのにトーラさんが頑なに拒んだために絶妙に拗れている。決して仲は良くない。
でも俺は知ってる。内心気が重いだろうが、ここでアステル団長を突き離せるほどトーラさんは薄情じゃないってことを。
ぷいっと顔を背けて、トーラさんは答えた。
「別に、どうでもいい。好きにしろよ」
トーラさんから許しを得たことで、アステル団長は本当に嬉しそうに目を輝かせた。
王子や団長としての荷を少しばかり降ろして、ただの二十歳の青年のようににこにこ笑っている。
いやぁ、団長が幸せそうだと、それだけで良い一日だって思えるからいいよな!
国を傾ける類の危うい美しさではなく、国に活力を与える圧倒的な健全さ。それでいて一部の姫君の情緒を悉く狂わせているんだからすごい。
「じゃあ一緒に行く! すぐに準備してくるから、少しだけ待っててくれ!」
「はーい」
アステル団長が去ると、トーラさんが思い切りジュリアン副団長を睨んだ。どすの利いた声で問い質す。
「てめぇ、どういうつもりだ? 普段なら俺に近づけようとしないくせに、一体何を企んで――」
「近頃のアステル様はお疲れで、思いつめていらっしゃいます。あと少しのところで魔女を逃したことに責任を感じているようでして、無意識に仕事を詰め込んでいるほどです」
「!」
同じ心理状態だっただろうトーラさんは、二の句が継げなくなった。
「睡眠も浅く、食欲も減退しているご様子。非常に心配です。憂うご様子も大変麗しくはありますが……やはりアステル様の千年先の未来をも照らす絶対的な輝きを損ねるようなことがあってはなりません。というわけで、二人でアステル様をチルアウトさせて差し上げなさい」
ジュリアン副団長はそう言いながらも、露骨に顔をしかめた。
「大変口惜しいことに、私がいくら励ましの言葉をおかけしてもあまり効果がなく……」
「てめぇは普段からあいつを持ち上げ過ぎなんだよ。アステルも、お前からの称賛なんか話半分に聞いてるだろ。最近無反応だし」
「ああ、本当に恨めしい! 気が置けない間柄だという一点において、トーラごときに軍配が上がる事実に涙を流しながら見送って差し上げます。光栄に思いなさい」
「さっさとどっか行け!」
ジュリアン副団長はトーラさんに一瞥もくれず、にこやかな表情で俺の肩を叩いた。
「良いですか、ジェイ・リッツくん。今宵はあなたのゆるふわな人生観と生き恥を晒してでも、アステル様に癒しを与えなさい。トーラの沸点の管理も任せます。明日、アステル様に元気がなかったら……分かっていますね?」
やべーことになった。
後先考えずに迂闊に提案するもんじゃねぇな。
もう何もかもが遅いけど。




