21 SS 同期歓迎会
気になるキャラを教えてくださってありがとうございました!
クヌートwith同期のSSになります。
時系列はトップ騎士会議の後です。
騎士団本部に併設された食堂の片隅。
「それでは改めて! おかえりクヌート!」
訓練の後、同期の二人が私の王都配属の歓迎会をしてくれることになった。
リリンに遅れてネロも躊躇いがちにグラスを掲げた。二人は私の反応を待っている。仕方ない。入団時期は同じとはいえ、二人は年下。付き合ってやろうではないか。
「今後は私が年長者としてしっかりと面倒を見てやる。覚悟しておけ!」
グラスが合わさり、小気味よい音を立てた。
訓練の最後に走り込みをした。水浴びをして汗を流したとはいえ、まだ体が火照っている。三人とも無言で飲み干して脱力した。
ちなみにグラスの中身はよく冷えた果実水だ。
「何それー。年長者とかは関係なくない? ボクらの面倒ならジェイ先輩が見てくれてるし、むしろ王都勤務の先輩としてアドバイスするよ。じゃんじゃん頼ってね!」
「ふん、必要ない。私は北部で得難い経験をしたのだ。騎士として成長した」
「あ、そう。一人じゃこの食堂の使い方も分かんないくせに!」
「今日はお前たちに付き合ってやっただけだ。食事なら弁当を持参するか屋敷でとる」
「うわぁ、自分の家のこと屋敷って言うんだ。さすがお貴族様」
気づけば、テーブルの上に皿が置かれていた。
私とリリンが睨み合っている間、ネロは無言で料理を取り分けたり、果実水を補充したり、隣のテーブルの先輩が落とした書類を拾うのを手伝ったりしていた。
くっ、この働き者が!
「たまにはクヌートもこうやって一緒に食べられるといいね。ここのご飯、美味しいから」
いつもこうだ。私とリリンが衝突したときは、大体ネロの言動で毒気を抜かれて争っているのが馬鹿みたいになってしまう。
「……料理が冷めちゃうねぇ。食べようか」
「ああ」
いただきます、と特に揃えたわけでもないのに同じタイミングで口を開き、三人同時に食事を始めた。
目の前に置かれた皿を見て気づいた。ネロはリリンが苦手な野菜を多く引き受け、私の好きな魚料理を譲っている。
「…………」
私はちらりとネロを見る。相変わらず気遣いの塊のような男だ。
入団試験の時にこの男と組んで以降、私の平民に対する認識が変わった。魔力が弱く教養もなく、全面的に庇護が必要な存在だと思っていたが、全くそんなことはない。状況よっては高等教育を受けてきた私などよりもよほど活躍する。
最初は貴族としての矜持を粉々にされたと屈辱に震えたが、単純に私の生きてきた世界が狭く守られたものだったのだ。
考えてみれば、私が学校に通って学んでいる間、ネロは父君と野山を駆け、村のために働いていた。入団試験の時はその経験の差が出てしまったに違いなかった。
しかし学校に通っていた時間が人生においてマイナス要素になるはずがない。いつか私が学んだことが役立つ時も来るだろう!
……まぁ、当然焦りはある。随分差を付けられた。
ネロは先の使い魔討伐で、トップ騎士に次いで戦功を授与されていた。入団して一年以内の新人騎士としてはリナルド殿以来、平民の騎士としては騎士団創設以来初の快挙である。本人はどうもそのすごさが分かっておらず、「運が良かったんだ」としみじみと言っていた。
そんなわけがあるか。
つい先日は、トップ騎士会議にも召集されたという。
なんでも射手育成のため、今後はトップ騎士の先輩方との連携を深めるよう、アステル団長自ら命じられたそうだ。気づけば第七期入団生の中で最も活躍を期待される存在になっている。
悔しくないと言えば嘘になるが、ネロに関してはまぁ……私も一目置いているからな!
運で片付けたり、妬む暇があるのなら己が研鑽を積む。まぁ、すぐに追いついて肩を並べてやるさ。身近に目標があるのは良いことだ。
私が星灯の騎士になったのは、我が祖国エストレーヤ王国の渾身の国策に微力ながら協力するためだ。
国にはそれぞれ抱える問題点があるだろうが、定期的に強大な使い魔が出現するというのはなかなかに厳しい国難だ。無辜の民はもちろん、軍属であった私の先祖が幾人も犠牲になっている。魔女め、許さん!
それが五年ほど前に星灯騎士団が結成されてからというもの、使い魔の被害が激減した。勝利を重ねる騎士団の存在は、民にとって希望の灯火となっている。
女王陛下の英断、そしてアステル団長の勇猛果敢なご活躍ぶりには脱帽である。
私も役に立ちたい! 騎士になりたい!
騎士団の活動に感銘を受け、その気持ちを抑えられなくなった。学校を飛び級で卒業すると同時に身命を賭す覚悟で入団を希望した。
全ては使い魔討伐に参加し、同志や民、国をこの手で守るためだ。
同期を出し抜くのではなく、切磋琢磨して強大な敵に立ち向かう。それでこそ私の憧れた星灯の騎士の本分であろう。
「きっともうすぐクヌートも王都デビューだよねぇ。握手会、どれくらい来てくれるかな? 最近騎士カフェでもクヌートのことよく聞かれるし、結構知名度高いっぽいね」
「入団式の時は、クヌートが一番注目されていたから。満を持してって感じなんじゃないかな」
握手会、握手会か……。
もちろん北部でも握手会は催されていたが、娯楽の少ない土地柄のせいか老若男女問わず積極的に参加してくれていた。
それが王都では、大量の女性ファンが詰めかける。麗しい女性たちに応援されれば、騎士もやる気が出るので悪いことばかりではないだろう。
しかし、ほとんどが女性ファンというのは少し不満だ。
私は入団前、握手会が開催されると聞けば、時間が許す限り参加していた。女性しかいない列に並ぶのは、さすがの私も少し気後れしたものだ。多感な時期だったゆえ、学友たちを誘うのも躊躇われるほどだった。
国のために働く者への応援ならば、男女の性差など関係ない。もっと男が握手会に参加してもよいだろうに、女性ばかり列に並ばせて魔力を負担させるのはどうかと思う。
この風潮、どうにかできれば良いのだが……何も良い案が思い浮かばない。強制はできまい。アステル団長も、使い魔討伐以外で国民に負担を強いるのは避けたいようだからな。
「貴様たちはどうなんだ。もう姫君と呼べるようなファンはできたのか?」
「もちろん! ボクはとびきり可愛いからねぇ。お姫様だけじゃなくて、町の王子様も結構来てくれるよ。カップルで応援してくれたりもする」
舌をぺろりと出してウインクするリリンを見て、私は頭を抱えた。男だと理解していても脳が混乱する。可憐すぎて怒りすら湧いてきた。
なんということだ。男でも可愛ければ男性ファンがつくという事実。
私にはどうにもできない難題を、リリンにはいとも容易く解決できるというのか!
……リリンはいつもそうだ。
世の中の常識などものともしない。聞くところによると、この中性的な容姿ゆえに侮られ、その規格外の怪力ゆえに恐れられ、幼少期から疎外感を味わってきたようだ。
そんな周囲を見返して「どや!」と胸を張るために騎士団に入団したと聞いた。
格好良さではなく可愛さで人気を得て、魔力に依存しない戦い方でも強さを示す。今までの騎士団には存在しなかったタイプの騎士である。
既存の概念を打ち崩し新しい時代を先導するのは、きっとこういう人間なのだろう。
リリンを見出したというジュリアン副団長の慧眼には恐れ入る。
「急に黙り込んでどうしたの?」
「いや、なんでもない。貴様なら人気者になるのも当然だろうな。……ネロはどうだ。握手会など、見るからに苦手そうだが大丈夫なのか?」
私の問いに、ネロは食事の手を止め、恥じ入るように俯いてしまった。
「お、俺は、その……」
「あは、それ聞いちゃう? ネロはねぇ、とっても可愛くて愛情深いお姫様に出会えたから、握手会も思っていたより苦じゃないみたいだよ」
「リリン、ちょっと待――」
「ネロにとって幸運の女の子で心の支えなんだって。実はこの前クヌートがカフェに来た時、隣の席に座ってたんだよ。学生さんが二人いたでしょ? というかクヌートにとっては学校の後輩じゃない?」
「そういうことはその場で言え。不躾に他の席の客を観察できるわけないだろう」
「いやいや、他のお姫様の前で特別扱いもできないでしょー?」
これは詳しく話を聞く必要がありそうだ。
ネロのことなので騎士団との契約や規定に反するようなことはしないだろうが……流されやすいからな。うっかりやらかすかもしれない。対人関係については危なっかしい男なのだ。
それからしばらく、ネロの姫君の話で盛り上がった。
ネロの話を聞く限り可憐で心優しい少女のようだが、リリンの話を聞く限りだいぶ向こう見ずで変わった少女のようだ。言動の数々が重すぎる。危なっかしいのは相手も同じか。
しかし、握手会を殊更不安がっていたネロが頑張れているのは、その姫君がいつも来てくれるおかげ。使い魔討伐での活躍も、彼女の献身とも呼べる大量の魔力譲渡があったから。
なるほど、ネロにとっては幸運の乙女――運命の相手なのかもしれないな。
「ふん。その姫君に報いるためにも、浮かれて怪我などするなよ!」
「……うん、気を付ける」
いつも損な役目を引き受けるネロが、己を大切にする理由が増えるのは喜ばしい。
半年前と比べ、随分と表情が明るくなった気がする。
……表立って祝福できるのは当分先だろうが、いつかネロの姫君に会ってみたいものだな!




