22 ときめきスクールライフ
最後に握手会でネロくんにお会いしてから、一週間が過ぎました。
魔物討伐任務は無事に終わったと広場の掲示板にお知らせが出ていましたが、ほとんど情報がありませんでした。いつもならどのような魔物で、どのように戦ったのかなどの情報も開示されるのですが、今回は「軽傷者がわずかに出たが、無事に討伐した」ということしか分かりません。
うーん、トップ騎士様が関わる任務なので、いろいろと情報制限があるのかもしれませんね。
取り急ぎネロくんに怪我がないか確認したくて、騎士カフェに顔を出したのですが、しばらく店自体を臨時休業すると貼り紙がしてありました。使い魔討伐の前後以外で、お休みするのは珍しいことです。これも理由が書いてありません。お店のメンテナンスでしょうか?
なんだかネロくんに関する情報が寸断されてしまった気がして落ち着きません。
「今週、初級・中級魔術の授業は担当教官が急な出張のため休講となります。課題にて補填を――」
週初めの朝、私は学校の大講堂に来ていました。
今日は全校集会の日です。
学校長の為になりそうで若者にはあまり刺さらないお話を聞いた後、優れた行いをした学生を表彰したり、諸々の連絡事項を聞いたり、時にはお説教を受ける時間です。
重要なお知らせは後で学校内の掲示板に貼られますし、休日明けの朝イチということで、全校集会をサボってしまう生徒も多いのですが、今日ばかりはこの場にいなかったことを後悔するでしょう!
「えー、最後に、大切なお知らせがあります。それでは、どうぞ――」
教務主任の先生の連絡事項が終わった後、壇上に二人の少年が登壇しました。
その瞬間、一部女子生徒から爆発的な悲鳴が上がります。眠気で目をこすっていた私も、隣であくびをかみ殺していたエナちゃんも、一気に目が覚めました。
「みんなー! おはよう! うわー、学生さんがいっぱいいるー!」
「静粛に! 先ほどから見ていれば貴様ら、姿勢が悪いぞ! 先生のお話はもっと真剣に聴け!」
現れたのはリリンちゃんとクヌート様です。
騎士団の団服を格好良く纏っています。二人のファンはもちろん、星灯騎士団に推しがいる者はみんな大興奮でした。
「初めましての人も多いよねぇ。改めて自己紹介しますね。ボクは星灯騎士団第七期入団のリリン・セロニカ。騎士カフェ二号店の常連さんは、知っていてくれると思うけど」
カフェの常連たちは大きく手を振って応え、「リリンちゃーん!」と呼び掛けていました。中には男子生徒の低い声も混じっていますし、教師陣の一部もニコニコしています。愛されていますね。
「私はクヌート・ゼーマン。リリンと同じ第七期入団の新人騎士であり、この学校の卒業生でもある。今日は大切な注意事項を伝えるために、集会の貴重な時間を頂戴しました」
にこにこ笑顔のリリンちゃんとは対照的に厳しい表情を崩さないクヌート様に対し、ため息が漏れました。凛としていて格好良いからでしょう。
というか、どうしてこのお二人が学校に?
その疑問はすぐさま解消されました。
「もしかしたら聞いている人もいるかもしれないけど、近頃不審者の目撃情報があって、人さらいの集団が入国したという情報もあったため、王都全域で厳重警戒をすることになりました。メインの警備は軍が行いますが、ボクら星灯騎士団の若手もこの学校の警備に協力させていただきます。ほら、軍の大人たちが校舎の中を歩くと、みんな緊張して勉強に集中できないかもしれないし?」
いえ、リリンちゃんがいる方が見惚れて集中できないのではないでしょうか。しかしそんな野暮な突っ込みをする者はいません。代わりに喜びの悲鳴が上がります。
「我々のことは気にせず、生徒諸君はいつも通り勉学に励んでくれ。たとえ校内でも人気のない場所では少人数で行動せず、登下校時は必ず決められた通学路を通るように。今後しばらく寄り道は禁止だ! 休日も人通りのない場所には行かず、幼い弟妹がいる者はきちんと面倒を見ること……不便をかけるが、協力してほしい。皆の安全のためなんだ。どうか、よろしくお願いいたします」
高圧的に言ったかと思えば、急に真摯な態度で礼をするクヌート様に、近くにいた女子生徒が息を呑んだのが分かりました。新たな沼の入り口に手招きされていそうです。
「ボクら以外にも、数名の騎士が校内を巡回しまーす。怪しい人物を見かけたり、おかしなことが起こったら、すぐに先生やこの団服を着ている人間に相談して下さいね!」
ようするに、不審者への警戒のために、星灯騎士団も警備に参加するということですよね。学校は生徒の年齢を考慮して新人騎士が担当する、と。
不審者への心配はありますが、ほとんどの生徒はしばらく校内で星灯の騎士に会えるということで浮かれきっていました。
かくいう私も、先ほどから忙しく講堂内を見回していますが、目当ての彼は見つかりません。
うぅ、だって! あの二人が来ているのなら、もしかしたらネロくんも!
その日の昼休み、早速リリンちゃんはファンに囲まれていました。
少人数で行動するのがダメなら、みんなで一緒にお昼を食べればいいじゃない、と言わんばかりに食堂がにぎわっています。学校が初めてだというリリンちゃんはお誘いを受け、順番に机を回って楽しそうにお話を聞いていました。
一方クヌート様は校内を巡回なさっているようで、顔見知りの教師や生徒たちと言葉を交わして警戒を促しているようです。後ろをついて回っている女子生徒にもたまに声をかけ、散らしていました。実に真面目な仕事ぶりです。
もちろん騎士に興味のない生徒もいますし、本当にごく一部は校内の盛り上がりに辟易としている様子でした。それでも騎士たちは仕事で来ているので、あからさまに邪険にはされないでしょう。
私は見苦しくない程度の速度で昼食を食べ終わりました。
「ごちそうさまでした! 午後の授業までちょっとお散歩してきますね!」
「もうメリィったら、少人数で歩き回るなって言われてるでしょう。わたしも行くからちょっと待っていなさい」
「エナちゃん……!」
ネロくん探しの旅に出ようとしていた私に付き合ってくれるようです。二人でも少人数には変わりないのですが、エナちゃんは「わたしの回し蹴りには五人分の威力があるわ」という謎の理論を披露してくれました。頼もしい限りです。
エナちゃんが食器を片付けているのを待つ間、リリンちゃんに声をかけようかどうか迷いました。ネロくんも学校に来ているかどうか、聞いてしまった方が早いです。しかし、ファンたちを押しのけてリリンちゃんに話かけるのは難易度が高そうです。
「…………」
諦めきれずじっと見つめていたら、リリンちゃんが私に気づきました。
ウインクとともに、外を指さします。ほんの小さな仕草でしたが、ばっちり伝わりました。
期待していいということですね! ありがとうございます!
早速私たちは、指さされた方角……中庭の方に向かいました。
ベンチや木陰でお弁当を持参した生徒たちが昼食を取っています。ものすごくゆったりとした時間が流れていて、ここに騎士様がいる気配はありません。
「いないわね」
「うぅ、もう移動してしまったのでしょうか? 諦めきれません……!」
中庭を抜けて、校舎の裏側へ向かいかけたところで、わずかに物音がして木の葉が一枚落ちました。
私とエナちゃんはくっついて身構えます。
「ネロくんっ!」
木の上から、ネロくんが降りてきました!
猫のように身軽で着地の音もしません。すごい。これが狩人の隠密技術というものでしょうか。全然気がつきませんでした。
「驚かせてごめん。でも、そっちは人気がないから……それに、あの、もしかして俺のことを探しているのかと思って」
気恥ずかしそうにそう言うネロくんに、私はその通りだと大きく頷いて示しました。握手会やカフェ以外の場所でネロくんに会えるなんて……夢みたいです!
ネロくんも騎士団服を着ていました。このままでは目立つので、と大きな木の陰に移動します。
「俺は校内の危険そうな場所を探したり、見張る係なんだ」
ネロくんまで女の子に囲まれてしまうと、仕事がやりにくくなるので全校集会では顔を出さなかったそうです。仕事ゆえの適材適所、役割分担なので仕方ありませんが、せっかくの学生ファンを増やす機会だというのに、ネロくんは損な役回りですね……。
表に出る係ではなく、私は安心してしまいました。女子生徒に囲まれてちやほやされるネロくんを見たら、昼食は砂か血の味に変わってしまったでしょうから。
「単独行動で危なくないですか?」
「俺は大丈夫。えっと、不審者の狙いは若い女の子らしいから、二人の方こそ気を付けて。絶対に単独行動はしないでね。俺のいそうな場所を探すのもやめてほしい」
「う……はい」
こう言われでもしないと、明日以降も私は木の上に推し騎士様の姿を探してしまうでしょう。お仕事の邪魔はできませんし、心配して下さるネロくんの心を裏切れません。
釘を刺されてしゅんとする私を見かねたのか、エナちゃんがポンと肩を叩きました。
「じゃあ、今だけということで、少しメリィを置いて行きますね」
「え」
中庭で待ってるわ、とエナちゃんが返事を待たずに踵を返しました。エナちゃんは女神か何かなのでしょうか。本当に自慢のお友達……ありがとうございます!
二人きりになった私たちの間に、むず痒い沈黙が流れます。
「なんか変な感じがする。自分が学校にいて、メリィちゃんもいて、すごく新鮮な気分だ」
「そ、そうですね。私は、ただただ嬉しいです。握手会以外で、こんな」
目の前にネロくんがいます。
学校で推し騎士様と過ごす日々を妄想しなかった姫君はいないでしょう。憧れの図書室デートや一緒に日直のお仕事、交換日記を秘密の場所に隠して二人だけの暗号で会話したり……!
ありもしない光景を鮮明に想像できる当たり、私もだいぶ鍛えられています。
ああ、幸せで顔が溶けてしまいそうです。メイクは大丈夫だったでしょうか。前髪も今日は寝癖が頑固だったので、ハネていないか心配です。
そこで私ははっとして、ネロくんの全身を眺めました。
「先日の魔物討伐、負傷者が出たようですが、ネロくんは大丈夫でしたか?」
「あ、うん。俺は全然……他の騎士も、かすり傷くらいで問題なかったよ。一晩安静にしていたら、みんなの魔力も戻ったし」
「? そうでしたか。皆様無事で良かったです」
ネロくんの態度を見るに、もしかしたら何かあったのかもしれませんが、今はもう大丈夫そうですね。
「そうだ。俺、メリィちゃんに聞きたいことがあるんだ」
「え! なんでしょう」
ネロくんは団服の襟を緩めて、革紐を引っ張りました。
「このお守り石のことなんだけど――」
「っ!」
私は咄嗟に自分の心臓を押さえました。
まず、ちゃんと身に着けてくれていたことにときめきました。嬉しすぎて死にそうです。
しかし一方で、後ろめたさが忍び寄ってきています。全身の毛穴から冷や汗が噴き出てきました。
「これ、普通のお守りじゃないよね? ミューマさんが――」
「ご、ごごごごめんなさい! そろそろ失礼しますね!」
「え!? メリィちゃん?」
「ああ大変! 授業の準備があるんでした! えっと、身に着けてくださってありがとうございます! そのお話はまた今度! お仕事頑張ってくださいね!」
せっかくエナちゃんが気を利かせて作ってくれた時間だというのに、私はその場から逃げ出してしまいました。
だって、恥ずかしいです! 問い詰められたら耐えられません!
制服の下に隠しているお守り石の感触を確かめ、私は大きく息を吐きました。
実はこのお守り石は、二つで一つのお揃いなんです。
ネロくんのは普通の雫型なのですが、私のは少し変わった雫型をしていて、なんと二つの石を合わせるとかちりと噛み合ってハートの形になるという、ロマンチックなアイテムです。
かつては祖父母が夫婦で身に着けていたもので、両親が受け継ぎ、次は私に譲ると小さな頃から言われていました。心に決めた相手に贈るように、と。
そうなんです。私、結婚どころか付き合ってもいない相手に、代々受け継がれていたお守り石を渡してしまったのです。それも一対のペアアイテムだと知らせずに……。
ネロくんにバレたら、怖いとか気持ち悪いとか思われるかもしれません!
正直に打ち明ける? そうしないと、これから会うたびに問い詰められてしまうかも。
でもでも、大丈夫でしょうか。
ネロくんは優しいので、表面上は「そうなんだ」と流してくれるでしょう。ですが、もし次に会った時に付けてくれていなかったら、自業自得ですがショックでどうにかなりそうです。
勢いって恐ろしいですよね。もっと後々のことを考えるべきでした。なんてことをしてしまったのでしょう。
本当に私って馬鹿……。




