第29話 肉の器
──薄れて行く意識の中で疑問符だけが浮かんでいく。
コイツは誰だ? 一体なぜ刺された? 何回刺された?…あぁ痛い。
立ち上がる事はもう出来ないし声も出ない。……テレジアは?
温かいものが自分の身体から流れ出て行く感覚と同時に濡れる体。
ぼんやりと思う。あぁ、俺の血か。
──…ここで死ぬのか…。
抜けて行く血に熱を持っていかれているのか、自身がどんどん冷えて行く。既に指一本動かせないし目に光も入ってこない。…ただ鬱陶しい笑い声だけが聞こえてくる。あぁ五月蝿い…もう黙れよ! もうどこかに行ってくれ。
「ちょっと! マーカス! アンタどうしたのよ!…お前がやったのか?!」
んあ? テレジアか?…もういい、もう良いんだ…。
ははは…こんなスラムで人生終わりかよ。クソったれ…な人生…だったなぁ……。
「アハハハハ、このグリスナー様がやってやった! 高ランク冒険者も、大した事ねぇなぁ。見なよ、こんな錆びたナイフだぜ? …グウ! ゴバッ!」
自慢げにナイフを見せたグリスナーが頽れる。
「ハッ、そのアンタが女のアタシに殺られる様じゃ、どうしようもないね」
テレジアの隠し持っていたナイフで、グリスナーは喉を切り裂かれた。
彼女はマーカスの傍にしゃがみ込み、話しかけるが返事はもう返ってこなかった。
「…クソっ、クソっ。一体何がどうなってるのさ!? グリスナーって事はゲールの使ってた掃除屋じゃないか?! は!? マーカス、アンタ擬態が」
事切れた男はスキルが切れ、その体を戻していく。
「…そうだったね。アンタはもう爺さんだったんだ。忘れてたよ」
──真っ白になった髪と皺が顔中に刻まれた唯の年寄りが、血の海に横たわっていた。
「…お別れはお済みですか? テレジアさん」
「…はぁ~~。ここで、アンタの登場とはね、このクソ犬がぁぁあああ!」
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”ピカッ!” ”ドゴォォォオオオンン!!”
倉庫街の間の路地に強烈な閃光と共に、投げ込まれたそれが爆発した。
男の持つ固有スキルは炸裂付与。物に対して術式を転写し、自身の魔力によって爆発物を作成する。込めた魔力の分だけ炸裂範囲は広がり、殺傷力も跳ね上がる。
「おっと、強力すぎたか?」
にやけながら、爆風と舞う土埃を見ていると。
「な! 壁?!」
眼前には少し傷ついた土壁が隆起していた。
”バチュン!”
「ぎゃぁぁあ!」
”ズドン!”
「ぐがぁぁあ!」
直後、突然聞こえる音と悲鳴に爆弾男は身構える。
「なんだ!? おい!どうした!?」
聞こえた悲鳴は、分かれた奴だ。
「人の心配とは余裕ですね」
いつの間にか土壁の上に人影が有った。男は咄嗟に横に飛びずさる。
”バズッ! ドスッ!”
「あら、反射神経は良いみたいね」
男の避けたその場所に氷の槍が何本も突き刺さっていた。
「チィッ! ビーシアンのくせに魔術師かよ!」
ボヤキながらも次から次へと、術式の入った物を投げつける。
”ドカン!” ”ドゴォォォォオン!” ”バガァァアン!”
「あら、私だけを狙ってていいの?」
”バシュン!”
言われた瞬間、腕に激痛が走る。
「ぐわぁぁぁあ!? 何だぁ?!」
見ると爆発物を掴んだその手が真っ黒に焼け焦げていた。
「…あ。」
瞬間、爆発物が光を放つ。
”ドコォォォォオオン!”
「あら、自爆ですか。ご愁傷様」
「そっちも終わった様じゃな」
「はい、援護助かりました」
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「あら貴女…テレジアさんじゃないですか? 何で貴女がこんな所に?」
襲い掛かって来たナイフを躱し、半歩ずらして正眼の構えを取りながら話をする。同時に首から下げたアクセサリーを握りしめる。
「…煩い駄犬ね。まぁいいわ、話がしたいならしてあげる。何故ここに居るのかですって? それは…こういう事よ」
そう言って渾身の魔力を瞳に込める。充血し顔全体が紅潮するほどに。
”バチィィィイ!”
「ぎゃぁぁああ!」
昏倒させるほどの魔力を用いた魅了は難なく弾かれ、その反動が自身に跳ね返される。両の目に逆流した魔素が反応し、瞬時に角膜と網膜が焼け、集まっていた血が温度を上げ、鼻と耳から噴き出してしまう。
「グバァハァア!…ガハッ…グゥ…な、何を…したぁ……み、耳が、聴こえない?」
血の逆流によって鼓膜も破れ、一瞬にして目は白濁化して爛れてしまった。
こめかみがチリチリと針で刺されるように激痛となって押し寄せ、焦げた臭気で鼻も効かない。頭は朦朧とし、自分が立って居るのかも分からなかったが、犬女だけは、殺したかった。その思いだけでナイフを振り回す。
「クソ! くそぉ! どこだクソ犬! どうして魅了が効かない!? クソ! うがぁあ!」
そうしてジタバタと暴れていたが、やがて動きは緩慢となり持ったナイフを取り落とし、そのままへたり込んでしまう。
「…くそぉ……キーン、駄目だったよぉ…しっぱいしちゃったぁ…パパぁ、わたし…」
テレジアは消え入る声でそう言って、そのまま倒れ事切れた。
「ふぅ、危なかったです。まさか、このアクセサリーに罅が入るなんて」
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(よし出来た。何とか一発作れた)
ゲールが周りを見回す中、ステルスを使って外壁沿いの建物の影に移動して、創造を使った。一から創造したので時間はかかったが、それでも何とか二分程度で完成させた。すぐさま魔銃に装填し、シスに攪乱を頼む。
(よし! 自由に動いて攪乱してくれ、ビーム発射のタイミングだけはずらして)
《了解です、では3,2,1ゴー!》
シスはステルス状態のまま浮遊移動で、俺の対面側へと飛んでいく。
「ム? 移動しましたか?! しかし、この結界をどうします?」
”バシュン!” ”バチィィィイ!”
「ハハハ。それは無駄だと言ったでしょう!」
(ナイス! タイミング!)
ゲールは俺に背を向けた状態で大笑いしている。
(コイツで決まれ!)
魔銃の撃鉄を起こし狙いを定め…引き金を引き、射撃!
キュインという、発射音と共に亜音速で飛んでいく転移弾。魔銃に物理発射機構はない。なので発射時の空気音しかしないのだ。
”ビシャン!!” ”バズン!”
「何…だ!?…ガァア!!」
弾は結界に触れた瞬間に転移が発動し、目標物手前で実体化するとその目標物を確実に捉えて破砕した。
ゲールは一瞬何が起きたか分からなかった。何かが腰に当たったと思ったら、その場の空間ごと炸裂し無くなった。下半身が自分の前方に吹き飛び、その場に自分は倒れ込む。意識が遠のく程の激痛と、粉々に消えて行く結界。
──…それは、全て一瞬の出来事だった。
「グアァ…ガハッ…ゴフ…今…のは?」
「どう? 転移弾を喰らった感想は?」
「…て、んい? だん…?」
「分かんないか…まぁ、いいけど。さて、一体お前はなん──」
『…もうこの体はダメだな。肉の器とはつくづく面倒で脆い物だ』
《マスター! 次元結界を!》
『フム。…そのスキルとやらも非常に厄介なモノだな。…まぁ良いだろう、盤面も進んだことだ。今宵は此処までとしよう』
──…先程までのゲールとは全く違う、底冷えするような声が響く。
ソレはまるで痛みを感じていない様に上体を起こして、言葉を吐き続ける。……直感で感じた。
「お前が…世界か?」
『……如何にも。我はその一端。』
ソイツは俺を正視して、鷹揚に答える。
「俺が世界に対する異物ってどうゆう意味だ? それに何の盤面が進んだんだ?」
『フム。何も知らないのか。いや、知らされていないのか、あれらも知らんのか…』
「まどろっこしい言い方をするな! 大体、命を狙われる意味が分かんないって言ってるだろうが!?」
『…無知蒙昧とは困りものだな…どうやら時間切れだ。精々抗え』
──…それだけを言うと、自らを世界と名乗ったソイツの瞳から光が消えた。
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