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学園アルカナディストピア  作者: 石田空
世界革命編

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審判来たりて笛を吹く・2

 鼻血を噴きアセルスに手当てされているスピカを見ながら、カウスは「ちっ」と舌打ちをする。デネボラは肩を竦めている。


「どうする? 多分本命のゾーンは使ってこないだろうけど、ゾーン抜きでもこのざまだよ?」

「……ガキ共にはアセルスを付けてるんだから、それで大丈夫だろうさ。アル、【審判】をやるぞ」

「ふむ」


 アルも、ソールとやり合ったことで満身創痍であったが、アセルスが戻ってきたことにより、エリクシールで幾許かの魔力は回復した。が。

 ラッパを吹きながら朗らかに笑っているヨハネの姿が厄介であった。

 アルはカードフォルダーに触れ、鎌を取り出すとそれを構えてヨハネに向かっていった。

 ヨハネは「プー」と下手くそなラッパを吹いた。途端にアルの肩から、鮮血が散る。それはすぐにアルのアルカナにより回復するものの、これはじわじわと魔力と体力を削っていく厄介なアルカナだ。


「先程は閲覧できずに残念でしたが、ソールくんとルーナさんの愛の劇場、いかがお楽しみでしたかぁ?」


 鎌を避けながら、ヨハネは軽やかに尋ねてくる。アルは鎌を大きく振りながら、どうしてヨハネに鎌が当たらないのかを見極めていた。


「不愉快よの。この国のシステムは、そちも神官長ならば王族にも意見は言えようぞ。【皇帝】といいそちといい、どこまで【世界】を野放しにするつもりかや?」

「そうですねえ……最初に言っておきましょうか。今の神殿に王族に意見する力なぞありませんよ。黄昏の日以降神殿は権威を失うばかりです。それに、【世界】を野放し、ですか。たしかにそうかもしれませんねえ。【皇帝】あたりは心外だと怒りそうですが」


 ヨハネはにこやかに笑って、ラッパを「プォ」と吹く。

 途端にアルの血がまた大きく飛び散った。


「彼を鑑賞するには、舞台の幕間や客席にいるよりも、共に舞台の上に立ったほうがいいから、でしょうか?」

「またも戯れ言を……!」


 そう言って鎌を振り下ろす。たしかにヨハネを捉えたはずだが、彼は何故か切れなかった。鎌の刃には、ヨハネの長い髪の毛一本すら、引っかかってはいない。

 ただ彼はラッパを持って、楽しげに笑っているだけだった。

 一方、それを見ているスピカは、先程鼻血を噴いた鼻を抑えながら考え込んでいた。


「……なんか変だ」

「変って? たしかにあの人、変だけれど」


 煙に巻くしゃべり方をして、本筋をどんどんずらしていく面々は、この学園アルカナではいくらでも遭遇したし、しゃべって厄介なことになったと頭を抱えたが。ヨハネはそれとはまた違う異質さを保っていた。

 アルがカードフォルダーを手に手をこまねいているのを目に、スピカは「うん」と答える。


「どうしてアル先輩の鎌、当たらないんだろう。アル先輩の鎌って、死神の鎌だよね? あれだけリーチが長かったら、ヨハネ先輩のこと簡単に斬れそうなのに、髪の毛一本すら切れてないから」

「単純に避けるのが上手いっていうのは?」

「さっきアル先輩の鎌の当たる距離にいたはずなのに、全く切れてないっておかしくない?」


 スピカの言葉に、ルヴィリエが「そういえば……」と言う。


「たしか、タニア様が言ってた……【審判】のアルカナは、本当だったら回復用で戦闘には向かないって」

「回復用って……それってタニア先輩みたいに、アルカナ関係なく自前で戦闘能力があるとかか?」


 スカトはそう言ってみたものの、どうにも推論が上滑りしている。違和感が拭えない。

 新入生たちが困った顔でヨハネとアルがやり合っているのを眺めていたら、カウスはちらりとデネボラを見た。


「場所、特定できたか?」

「まあね。本当に厄介なアルカナだよ、【審判】は」


 黙ってカウスはデネボラを自身の戦車(チャリオット)に乗せると、そのまま走らせた。それを新入生たちは困惑して見ていた。


「あ、あの、カウス先輩? そっちは逆では」

「あれはたしかにゾーンを使っちゃいねえが、既に俺たちの視界は侵されている」

「はい?」


 意味がわからず、スピカは目を瞬かせた。その中で、「おや、フロイライン」と声をかけられた。

 カウスが走って行った先で、ナブーとユダがいたのだ。それに思わずスピカは目を擦ってからもう一度顔を上げる。


「あ、あれ? ナブー先輩にユダ先輩? どうしてこんな場所に?」

「わたしはただの鑑賞さ。彼は違うみたいだけれどね」

「ええ。僕はただ、アルカナカードの制作者の一族として、責任を果たしに来ただけですから」

「それはまあ、わかりましたが……でもあれ? カウス先輩は?」


 ふたりが戦車(チャリオット)に撥ねられていない。たしかにカウスの戦車(チャリオット)が明後日の方向に走っていったはずなのに。スピカが困り果ててふたりの顔を見ていたら、ナブーはちらりと正面でやり合っているアルとヨハネのほうを見て「あー」と納得した。


「【審判】だね。今はゾーンを使っていないけれど」

「あの……どうしてヨハネ先輩は、ゾーンを使ってないんですか? 回復用だとは、ルヴィリエは教えてくれましたけど」

「大方、彼はゾーンを【世界】のために使ってらっしゃるのでしょう。それにゾーンの中に入ってしまったら、【世界】のアルカナでは覗けなくなってしまいますから、彼は【世界】に戦闘を見せてあげたい以上、使わないですよ」

「えっ? えっ? だからどういう意味で……」

「【世界】は虚弱体質ですから。普段から有事以外は【審判】のゾーンの中にいますよ。今もギリギリまで、【世界】は【審判】のゾーンから出ないでしょうね」


 それにスピカは絶句した。

 ヨハネがゾーンを戦闘で使わない理由に説明は付いたが。だとしたらヨハネの他のアルカナ能力はどうなんだ。


「あの……ヨハネ先輩がラッパを吹いた途端に、なにもかもがおかしくなって……私、いきなり鼻血を噴いたり、アル先輩が血を噴き出したり……あの人にアル先輩が執拗に鎌を振っても攻撃が当たらなくなったんですけど、これってどういう……」

「そりゃ当たらないだろうね」


 ナブーはきっぱりと言った。


「【審判】のアルカナはゾーンによる回復だけじゃない。彼のアルカナの真価は、五感を操るものなんだから」

「え……?」

「人間は、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚に頼って生きているからね。【審判】のアルカナは、それらを弄ることで、ゾーンなしでもゾーンと同じように自分にとって都合のいい空間を形成するから」

「え……じゃあアル先輩が攻撃を当てられないのは」

「大方、視覚を弄られているんだろうね。【審判】のことだから、笛なりラッパなりを吹かなかったかい?」

「あ、はい」


 あの下手くそなラッパを聞いてから、様子がおかしくなったのだ。

 それにナブーが「はい」とスピカや、アレスたち新入生になにかを差し出した。それはどう見ても耳栓だった。


「あの……これは」

「ユダくんのつくったアイテムだよ。魔力さえそこに流せば、ラッパの音くらいは無効できるだろうさ。まあ……正面突破する方法はあるから、ヨハネくんも大変だけどねえ……」


 ナブーがそう言った途端に「アハハハハハハハハハハハハハ!!」とけたたましい笑い声が響き渡った。

 戦車(チャリオット)が走っている。それを走らせているカウスの隣にはデネボラ。そしてその戦車(チャリオット)が、今までアルに対して無敵を誇っていたヨハネを撥ねたのである。

 ヨハネの笑い声に、カウスが「うるせえ……」とぼやいた。


「よくわかりましたねえ……! 五感を操作していても、さすが【力】」


 そう言って笑うヨハネの視線の先には、デネボラがいた。それにデネボラは半眼でヨハネを睨む。


「あんた、ちょーっとばかしはしゃぎ過ぎじゃないかい?」

「いいや! 反抗的ないい目をしていると思っただけですよぉ! 本当にもったいないですねえ!」


 ヨハネのけたたましい笑い声に、見守っていたスピカは呆然としていた。


「えっと……五感弄られてるせいで、ヨハネ先輩の場所が特定できなかったんですよねえ?」

「ええ。自己回復できるからこそ、【死神】に先行させて、【力】に場所を特定させたのでしょう。革命組織は、そういう役割分担ができていますから」

「【力】って……デネボラ先輩ですよね?」


 彼女は基本的に気風のいい女性であり、怪力の持ち主でたびたび魔力の貸し借りを行っていることまでは知っていたが。彼女の力でまだ伏せカードがあるとは思ってもいなかった。

 それにナブーはポツンと溢す。


「彼女がいるから、カウスくんも【世界】に反逆を起こす気になったんだろうけど……あの力はあまりに酷だから」

「はい?」


 スピカたちが見守っている中、戦車に撥ねられてもなお、ヨハネは「よっと」と立ち上がってラッパを持っていた。吹かないということは、まだ五感を弄る気はないということなのか。


「ええ、ええ。革命組織の聞くも涙、語るも涙の物語の上演も見守りたいところですが……あいにく私は既に【世界】の舞台の客演故に、そろそろこちらの舞台もお開きにしたいところ……」

「ふざけるな。貴様のゾーンの場所はどこだ? 貴様が立ち塞がっているということは、【世界】の居場所が近いのだろう?」

「あの人、私がいないと寂しいみたいですから。あまりひとりにはしておきたくないのですよねえ」


 そう言ってふっとヨハネは寂しそうに笑った。そしてラッパを吹く。

 五感を操る。それはなにも幻覚を見せたり、幻聴を聞かせたりするだけではない。触覚に痛みを生じさせれば、それは「痛い」と認識してしまう。味覚に鉄の味を伝えてしまえば、「血が出ている」と錯覚してしまう。

 痛いものを「痛くない」と認識させることもできれば、痛くないものを「痛い」と錯覚させてしまうこの能力は、厄介以外の何者でもなかったのだ。

 ヨハネのラッパに乗ったアルカナの力が、カウスとデネボラを襲った。スピカたちは耳栓を付けたおかげで痛みを認識せずに済んだが、耳栓を付けてない場合はどうなるのか。ふたりの口からは、ツゥー……と血が流れた。


「あ、あの!? これって本当に、五感を操っただけで、血が出るんですか!? それに……アル先輩もさっき斬れてましたけど!?」

「五感を操るのは、なにも人の五感を弄るだけじゃなく、自分の五感も増幅させますから。音は振動、目は光、と来たら、おのずとわかりませんか?」


 振動は一定数加えれば、体の平衡感覚を麻痺させ、物を壊すことだってできる。光は一定数浴びれば火傷だってつくれる。

 ひとつひとつは本当に弱い力だとしても、その力を強めれば、簡単に人をおかしくだってできてしまう。


「……そんな無茶苦茶なものを、どうやったら対処できるんですか!?」


 どうしてヨハネが【世界】を気に入っているのかはわからないが、【世界】がヨハネを気に入っている理由はよくわかった。

 彼の力は、あまりにも無茶が過ぎるのだ。

【審判】

・ゾーンの展開

・ゾーンに入った人間の魔力の回復

・五感の操作

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