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学園アルカナディストピア  作者: 石田空
世界革命編

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審判来たりて笛を吹く・3

 カウスは口を拭った。血がぬるりと出て、イガイガする。デネボラもまた口元から血を出しながら笑う。


「ずいぶんな歓迎だね」

「ああ……こりゃずいぶん【世界】が弱っていると見える……神官長様がそこまで本気でこちらに向かってくる以上、よっぽどだな」

「本当にねえ」


【世界】をどうにかしなければ、この歪な現状は変わらない。

 わかっているからこそ【正義】奪還に力を貸し、その勢いで【世界】を潰す気だったが。ここに来て普段は温厚さを崩さない【審判】が牙を剥いてきた。

【太陽】を互いに無傷のまま退場させたものの、ここで立ち塞がってきた壁に、いよいよ切り札を使わなければならなくなったようだ。


「はあ……本当だったらさ、あたしもこれ、【世界】にぶつける気だったんだけどねえ……」


 背後にいる【愚者】を見る。

 彼がこの切り札を使うかどうかは知らないが、彼のアルカナの特性上、見せておいたほうが後々都合がいいだろう。

 赤毛の彼が困惑してこちらを見ているのに、デネボラが笑って「カウス」と言った。


「あたしがまた正気を失ったら、そのときは殺しとくれ」

「わかってる。貴様が正気を失ったときは、俺が殺してやるから、安心していけ」

「そ」


 彼女はそう言って、戦車の上に乗った。

 そのまま気配が変わる。


「なら、安心だ」


 だんだん、デネボラの体が膨らんできた。

 美しい女性の滑らかな皮膚が、毛で覆われていった。元々切れ長だった目は鋭くなり、豊満な体躯を包んでいた制服は破れていった。


「グルルルルルルルル────…………」


 裂けた服の中から出てきたのは、ふさふさとした金色の毛並みの、鋭い眼光の雌ライオンであった。その雌ライオンが、ヨハネに襲いかかった。


****


「あ、あの!? デネボラ先輩……」


 スピカは驚いて声も出ないという具合に、ヨハネに襲いかかるデネボラだったはずの雌ライオンを見ていた。

 それにナブーは「ああ」と答える。


「【力】の真価だね。あれはライオンのできることは大概できるし、ライオンに姿を変えることだってできる──もっとも、ほとんどの場合はライオンに姿を変えることはしないのだけど」

「あ、ああ……」


 どうしてヨハネを見つけ出すことができたのか、やっとスピカにも理解ができた。そもそもどうしてスピカたちの存在を、革命組織が知っていたのかということも。

 ライオンの持つ人間より優れた嗅覚に聴覚で、ヨハネの五感操作の罠をかいくぐったのだ。ただ、その光景は普段の彼女を知っていると異様だった。

 喉を鳴らして、ヨハネに噛み付こうとする。それにヨハネは躊躇わずにラッパを吹く。

 雌ライオンは、肉が裂けてもなお、襲いかかっている。ヨハネはギリギリの距離を避け、ラッパを吹いて牽制し、避けるを繰り返していた。

 普段の彼女であったら、たとえ力圧しだったとしても、もっと賢く立ち回るというのに。まるで力任せで乱暴で……獣と大差ない。

 彼女の異様な攻撃にユダは苦虫を噛みつぶしたかのような顔をする。


「【力】は一見力でごり押しできるアルカナですが、弱点だらけなために、貴族のほとんどは【力】が生まれたらアルカナを封じるなり、【世界】に取り入ってアルカナを変更させるなりの手段を講じます……もっとも、平民には大アルカナは皆同じものなために、彼女のように捨てられることなく育つケースもありますが」

「それは違いますわ」


 ユダの解説を、寄ってきたアセルスがきっぱりと否定する。アセルスに手当てされたものの、アルは貧血でぐったりとしてしまっている。


「アセルス先輩……」

「デネボラさんは捨てられましたもの……大アルカナで生まれたからこそ、貴族に売られたんです」

「それって……」


 スピカはアセルスの言葉に戸惑っていたら、スカトは頷いた。


「貴族は次の世代に大アルカナが生まれなかったら、取り潰しが決まっているから。だから妾をつくって子供を生ませたり、どこぞの家から養子縁組をしたりして、どうにか大アルカナを次の世代に入れようとするけど……それでも大アルカナがいなかったら最終手段に出るんだよ」

「最終手段って……平民の大アルカナの孤児を連れてくるとか?」


 スピカの言葉に、アレスが「ばあか」と言う。


「なんで馬鹿って言われなきゃならないのよ」

「大アルカナ生まれたら、どのみち出世できるんだから、普通は孤児になんかしねえし、親が死んでもすぐに養子にされるよ。でも超貧乏で、明日食べるパンにも事欠くようになったら……大アルカナの子供がいたら、売るしかねえじゃん」


 アレスの言葉に、スピカは言葉を失った。

 アセルスは悲しげに、大きな爪と牙を使ってヨハネに襲いかかるデネボラを見ていた。


「日頃からデネボラさんはおっしゃっていますわ。皆それぞれの地獄にいるって。それに……人は被害者になればなるほど、それを大義名分に平気で残酷になれると……自分はそうはなりたくないと」


 彼女の姉御肌の朗らかさを知っていて、なおかつ獣の行動を取る今の彼女を見れば、おのずとその意味がわかる。

【力】の最大火力であるライオンへの変化は、彼女から理性と知性を奪う。今の彼女は、狩りをする獣そのものであり、今この場にいる誰のことも彼女の目には入っていない。

 日頃から行動を共にしているカウスのことすら、視界には入っていない。

 デネボラがグルグルと喉を鳴らしながら、牙をきらめかせてヨハネを襲う様を、ただカウスは冷たい眼差しで静観していた。戦車(チャリオット)を操るロープに手をかけながら。


****


 日焼けした肌。豊かな長い髪。

 王都の下町で育ったデネボラは、近所でも評判の器量よしではあったが、家は貧乏だった。通りすがりの暴漢に襲われて父は寝たきり。母と小さな弟たちを抱えた彼女は、学校に行かずに働くしかなかった。


「すまんね、デネボラ」

「なに言ってんだい、あたしが働かなかったら家が成り立たないじゃないか」


 成人したら大アルカナを持っているのだから、それで楽に生活できる。

 そう思っていた矢先に、こんな下町に停まるはずもない馬車がやってきたのである。そこから出てきたのは、灰色の髪に髭の、綺麗な身だしなみの男であった。


「この家に大アルカナがいると聞いている」

「はい?」


 話を聞いてみれば、家に大アルカナがいたが、事故で亡くなってしまい、跡取りがいない。既に大アルカナは家の跡継ぎなり養子縁組なりが決まってしまい知り合いにおらず、困り果てて教会に問い合わせて探し回った先に、デネボラがいたらしい。

 そしてアタッシュケースを取り出すと、そこから大量の札束を取り出した。


「この娘を買いたい。これでどうだ?」

「ちょっと……! うちの子は物なんかじゃ!」


 デネボラの母は、小さな弟を抱きかかえながら反対したが、それにデネボラが手を広げて制止した。


「母さん、いいよ。あたし行くよ」

「なにを言って……! 止めておきなさい」

「貴族っていい暮らしができるんだろう? あたしはそうしたいよ。それにそのお金があれば、こいつらだって学校に行けるじゃないか。父さんの世話をしてくれる人だって雇えるし、そうなったら母さんだって外に働きに行けるだろう?」

「だけど……」

「気にしないでよ。あたしがいいって言っているんだから」


 そう言ってその金は彼女の家のために使われることとなり、デネボラはレグルス家に養子縁組されることになったが。

 元々は下町で育ち働き詰め、小さな弟たちに食事を分けていた彼女は痩せっぽっちだったのが、少しずつ肉付きがよくなり、色香が出てくるようになってきた。

 当主だったレグルスのデネボラを見る目が、だんだん変わってきたことに気付いたのは、いつだったかわからない。


「なあ、デネボラ。どうせだったら私の妻にならないか?」

「……はあ?」


 当然ながら彼女は、レグルスを汚いものを見る目で見た。

 自分を買っただけで飽き足らず、情婦にするつもりなのか。レグルスは鼻の下を伸ばしながら頷いた。


「お前は綺麗だし、他の男に渡すのはもったいない」

「やだよ。あんたの家にいるのだって、うちの実家のためだ。あたしが子供を産むなり養子を取るなりして大アルカナが生まれたらお役目ごめんだってのに、わざわざ飽きられて捨てられるような真似なんてしないよ」

「あーあーあーあー……! それでいいんだよ、デネボラ!」


 だんだん息が荒くなってきた。


(汚い)


 デネボラは吐き気を催してきた。

 こんなクズしか大アルカナがいないんじゃ、どのみちレグルス家は滅んだほうがいい。養子にするんじゃなくって、わざわざ買ったのだって、家に大アルカナがいるという大義名分のためだけで、デネボラの血筋を家系に入れたくないのだろうことはわかっている。

 既に実家にお金は行き渡っているのだから、それ以上のことをデネボラはするつもりはなかった。

 彼女が腹を立てて、自身のカードフォルダーに触れた。

 彼女は【力】のアルカナを使って、男たちに混ざって工事現場で働いていた。彼女はレグルスを脅すのだって、せいぜい怪力で脅すつもりだっただけなのだが、アルカナの魔法は行使者の精神に作用する。

 虫の居所が悪かったばかりに、彼女は力の加減を間違えてしまったのだ。

 彼女自身も、怪力以外の【力】の使い方なんて知らなかったのだから。彼女がカードフォルダーに触れてむかっ腹をなだめすかそうとしたとき。カードフォルダーに触れる彼女の手の甲がやけに毛深いことに気付いた。


(え?)


 だんだん指が短くなって、爪が鋭く尖っていった。

 着せられていたドレスはだんだん苦しくなり、とうとう破れてしまった。二本足で立っていたはずなのに、だんだん歩きにくくなり、とうとう四つん這いで立っていたと思いきや、手がなくなり足となっていた。

 最初は困惑していたが、だんだん自分に恐怖の表情を剥けてくる雄が、不愉快に思えてきた。


(────…………)


 彼女には、彼がもはや爪を研ぐやすりにしか、見えなくなっていた。

【力】

・怪力

・アルカナカードを一枚使役して、魔力を貸す

・ライオンへの肉体変化(肉体変化中、人間の理性は存在していない。元に戻るには、アルカナカードの力で攻撃するしかない)

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