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学園アルカナディストピア  作者: 石田空
世界革命編

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52/112

アルカナカードの秘密・1

 ナブーはのんびりと歩きながら、杖を振るう。

 風が吹き抜ける音が響く。その音の反響具合に耳を傾けながら、廊下をのんびり歩いて行った先。ひとつ音がおかしい場所に差し掛かる。

 風が通らず、明らかに壁があるのだが、廊下は普通に広がっているように見える。視覚では誰も認識できない。


「ないように思わせるなんて、錯覚を利用した隠し部屋をつくることで、【世界】を欺くのだから大したものだね」


 そう小さく口にすると、ナブーは自身のカードフォルダーから護符を取り出し、ぺたんと貼り付ける。そのことで錯覚を自身に認識させてから、剣を取り出すとそこで錯覚を生んでいる場所を削り取った。

 ようやく、部屋に入ることができた。

 そこは本という本が積まれた空間であり、あちこちには蜘蛛の巣のように糸が張り巡らされていた。その糸に洗濯ばさみで留められているのは、どう見てもアルカナカードのように見える。

 ナブーが足を踏み入れると、その部屋の主は心底嫌そうな顔をして顔を上げた。彼が広げていたのは、古代の文献であった。


「……なんの用ですか。そもそもなに見つけてるんですか。まさかと思いますけど、【世界】に嗅ぎつけられてないでしょうね? 嫌ですよ、あの人にまた押しかけられるのは」


 部屋の主であるユダ……オージンは不機嫌にナブーに話しかける。

 アルカナカードが普及してからというもの、アルカナカードを行使する前の魔法は徐々に忘れ去られていた。実際、既に平民たちはアルカナカードが普及する前の魔法の存在なんてほぼ覚えていないし、貴族たちに至っては大アルカナ以外には興味を示さないという体たらくであった……そうでなければ、スカトのように弱いと認識されてしまった【隠者】のアルカナを平気で差別するような恥知らずはいなかったはずである。

 オージンの家系は魔法学者として、爵位を取ることもなければかつて貴族階級であったことすら忘れ去られてしまった一族だけは、後世のために後生大事に古代魔法の研究を現代でも続けていた。

 彼が変人のユダとして学園に通い続けているのも、一族が学園内につくった秘密の部屋の管理のためであった。

 ここはゾーンと同じ魔法が行使されているため、ナブーのような変わり者でもない限り、見つけ出すことすら困難であった。


「ははは……彼もずいぶんと嫌われたものだね」

「あの人を僕がどうして好きにならなければならないんですか。ご先祖様の遺産を奪ったのは王族でしょうが」

「アルくんだって状況を打開しようと、革命組織に身を投じているというのに。まあ……あなたの場合も大分変わったんだろうね。フロイラインたちがあなたのことを探していたよ?」

「フロイライン? どちら様で?」

「スピカくんだよ」

「ああ……彼女ですか。今度はいったい? お友達、まだ見つからないので?」

「勇敢な友達のひとりが、生徒会執行部に入って諜報活動を行っているのさ。さりとて、五貴人と戦うにはあの子たちではまだまだ心許ないがね」


 ナブーがしみじみと言うのに、オージンは目を細めて、アルコールランプで温めたビーカーのお湯で、コーヒーを淹れはじめる。そしてナブーの目の前にひょいとコーヒーカップを置いて注いでやった。


「というより、僕よりもあなたが助けてやったらどうなんです? あなたと生徒会長くらいでしょ。風・水・火・土……全ての属性を使いこなせる優秀な大アルカナの使い手は。僕以外でそれを行ったら、魔力がいくらあっても無駄に消耗して使いこなせませんから」

「ははははは……わたしの場合はいささか【世界】くん……というよりも神官長に嫌われているからねえ。わたしが下手にあの子たちを助けたりしたら、火に油を注ぐようなものだよ。だから助言に留めておいたほうがいいさ」

「あなた方……人に粘着して観察するのを鑑賞と称した挙げ句に、人の粘着方針を巡って喧嘩ですか? あまりにもくだらなくありません?」

「そんなつもりはないんだけどね」

「まあ……革命組織がいたら僕が動く必要もないとは思いますが、一応助言くらいならば」


 そう溜息をついて、オージンは座っていた場所から、ひょいと天井にぶら下がると、そのまま秘密の部屋を出て行った。

 インクとコーヒーの匂いのみがそこに残る。ナブーはコーヒーをすすりながら「うん」と頷いた。


「フロイラインはずいぶんと変わった子ではあるけれど……ユダくんを動かせたのなら、なんとかなるやもしれないね」


 この国は歪ではあるが、ナブーからしてみれば愉快な国なのだ。だが、その歪みはどんどんと平民を圧迫しつつあるのだから、それを阻止しなければいずれこの国は破綻する。

【世界】と【運命の輪】が同時期に学園に存在するのは、まあそういうことなのだろうと思いながら、コーヒーをすすり終えた。


****


 スピカとアレスは、その日はできる限り一緒に行動し、授業の移動タイミングもなるべくスピカが教室でアレスを待ってから移動していた。

 偽装アルカナの摘発が続いたせいで、大分アルカナ集めの襲撃に遭うことは少なくなってきていたが、それでもときおり爆発音や暴風音を耳にすることがある。きっとどこかで巻き込まれたんだろうと、ご愁傷様と思うことしかできなかった。


「僕を探していると伺いましたが」

「わあ……!」


 いきなり天井からべろんとぶら下がったユダに出会い、スピカは悲鳴を上げる。その隣でアレスは「どうもー」と挨拶を済ませる。


「ずっと探してたんですけど、いいっすか?」

「こちらでは内緒話には向かないかと思いますが」

「まあ……そうですね。カウス先輩たちどこいるか今知りませんし……」

「……僕はあの方々が苦手ですから、僕のほうでよろしかったら招待します」


 ふたりともきょとんとした顔をした。そのままユダについていったら、見知らぬ廊下に出た。そしてなにもないはずの場所に、黙ってユダは床に降りて、手を伸ばすとなにもないはずの場所からドアノブを取り出した。


「初めてユダ先輩が足で歩いているのを見た……」

「反応するとこそこかよっ!?」

「ずっとぶら下がってるもんだとばかり」

「なんですか、それ。さっさと【世界】に見つかる前にお入りなさい」


 そこに招かれて、ふたりともおずおずと入っていった。

 そこには既に先客でナブーが座って読書していたので、スピカは唖然とする。

 そもそもここは、図書館よりも本がみっちりと詰まっているような場所で、なんでこんな場所が学園内に存在しているのかがわからなかった。


「あ、あのう……ここ……学園アルカナの人たちは知っているんでしょうか? こんなにたくさんの本……」

「さあ、どうなんでしょうね。ここは学園アルカナが誕生する前からの本もありますし、一部は発禁処分で既に原本が焼き払われていますから、ここにしかないものも存在します。とてもじゃありませんが、そんなおそろしいことできる訳もありませんから、この部屋から外には出していません」

「え……発禁処分……? 禁書、なんですか?」

「なにぶん、アルカナカードを開発前の魔法の探求は、この国では御法度ですから。見つかったら僕も処刑されます。あなたとお揃いですね」

「お、そろい……」


 そんなお揃いはもちろんスピカも嫌である。

 顔を引きつらせているスピカをよそに、アレスは「つうか、世間話のために、先輩探してた訳でもないんすけど」と頭を引っ掻いた。


「それもそうですね。それで、いったい要件はなんですか?」


 ユダに丸椅子を進められ、硬い木の椅子にふたりとも腰を落としてから、ようやくスピカは口を開いた。


「……友達が五貴人の居住区を探ってくれていますから、その間に五貴人と戦う術を欲しくって。だから、アルカナカードについて詳しそうなユダ先輩を尋ねました」

「はあ。まあ詳しいですけど」


(そこであっさりと肯定するんだ)


 ユダの言葉に呆気に取られていたら、スピカの質問をアレスは引き取った。


「じゃあ、質問。そもそもユダ先輩、どうしてスカトのアルカナがわかったんすか? 最初はスカトのアルカナが割れたのかなとも思いましたけど、あいつそもそもこの間までほとんどのアルカナ集めの際に拳で相手を沈めていたんで、あいつのアルカナはそう簡単に割れないと思うんですけど」

「まあひとつ。【吊された男】のアルカナは普通に見た相手のアルカナを特定できますから。もうひとつは、【吊された男】のアルカナを使わずとも、僕は全てのアルカナカードの力を把握しています。そもそも、僕の家系がアルカナカードを開発しましたから」

「え……」


 いきなりの説明に、スピカだけでなくアレスも言葉を失った。ナブーはその間、口ひとつ挟むことなく古書を読み耽っている。

 ユダはひとり冷静にアルコールランプでお湯を沸かしていた。


「まあ、冷静に考えれば、この部屋の魔法を見ればわかるでしょ。この辺り一帯は僕の家系がつくった結界の中であり、【世界】の力を持ってしても、特定することはかないません。その結界を張る魔法をもっと簡略化したものがゾーンであり、アルカナカードを行使することによってゾーンを展開できるアルカナであったら所有者ならば魔力量さえ足りれば発動しやすくしてあるんです」

「だとしたら……ユダ先輩だったら、そもそも大アルカナの全てを、把握できて……?」

「そりゃまあ」


 その中で、アレスはダンッと机を叩いた。古書の山が揺れ、スピカはとっさに古書の山を抑えるが、幸いにも崩れることはなかった。

 彼女がほっと息をついている中、アレスはうなるような声を上げて、ユダを睨む。


「……だったら、そもそも魔法の使えない小アルカナをつくったのも、あんたん家っすか?」

「そうなりますね」

「誰にでも扱いやすく魔法を行使できるように、アルカナカードをつくったってことですよね? なら、どうして小アルカナにも、魔法を使えるようにしなかったんすか!? この国は……そもそもアルカナで人生が決まってしまうのに……どうしてこんなものを……!!」


 アレスからしてみれば、憤っても仕方がない。

 小アルカナと大アルカナに分けられたからこそ、身分が生まれた。身分が生まれたからこそ、平民は必要以上に苦労をする羽目になった。

 そもそも小アルカナは、学園アルカナに召喚されることすらかなわないのだから。

 しかしアレスの憤りを見ても、ユダの陰鬱な雰囲気が削がれることはなかった。


「ひとつ。アルカナカードをつくったのはたしかに我が家ですが、そもそも魔法の行使うんぬんで身分をつくった覚えはないです。ひとつ。小アルカナに魔法を使えないようにしたのではありません。魔法を使えないとわかりやすく示すことで、魔法を無理矢理使って体力を消耗させて死に至らしめることを減らそうとしたのが、本来の使い方でした。アルカナカードがどうしてつくられたのか。どうして身分が定められたのか。この国の現状については少々込み入った事情があり、全てを我が一族にかぶせられても困ります」

「……ええ?」


 アレスはようやく拳を振りほどくと、黙って膝に手を突いた。

 ユダは沸いたビーカーのお湯でコーヒーを淹れはじめると「砂糖は?」と尋ねるので、アレスとスピカは「いっぱい」と答えると、顔をしかめて砂糖壺を押し出して「好きなだけ入れてください」とコーヒーを淹れたカップとスプーンを出してくれた。

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