モザイク状態
真っ逆さまで穴の底へ落ちていくボクは、ユウリちゃんを手放さないよう、両手でしっかりと抱きしめている。
さて、どうしよう。ボクだけなら、地面に直撃したところでなんともないと思うけど、問題はユウリちゃんだ。例えボクが庇って着地したところで、その衝撃に耐え切れないだろう。と、いう訳で、どうにかして軟着陸を目指そうと思います。
「ユウリちゃん!しっかり捕まっててね!」
「はい!」
ボクの身体に、ユウリちゃんが両手に力を篭めて、しっかりと抱き付いてくる。そんなユウリちゃんを、ボクは更に力強く抱きしめて、真っ逆さま状態から反転。すぐ横にそびえ立っている岩壁を蹴り上げて、反対側の岩壁に向かう。その際に、壁の岩が崩れて、底へ落ちていく。岩は案外もろくて、踏ん張りがあまりきかない。それから、向かった先の岩壁も蹴って、また反対側の岩壁へ。それを繰り返していくと、段々と落下速度が弱まっていき、ある程度落下速度が弱まった所で、ようやく穴の底が見えてきた。
「ボクが合図したら、ボクから手を離して!」
「お、お姉さま!?……は、はい!」
「……離して!」
「っ……!」
ボクの指示通り、ユウリちゃんはやや迷いながらも、ボクから手を離した。そのユウリちゃんを、ボクは上に向かい、放り投げた。
「ひっ!?」
ユウリちゃんが小さく悲鳴を上げて、空中に置き去りになった。一方で、ボクは地面に着地。落下速度を弱めたとは言え、まぁまぁの衝撃だ。ボクが着地した場所を中心に、土煙が巻き起こり、地面にはヒビが入った。
そこへ、先ほど空へ放り投げたユウリちゃんが、降ってくる。それを、お姫様だっこで受け止めて、無事生還。
「大丈夫?ユウリちゃん」
「……はい。きゃ!?」
ボクは、ユウリちゃんを地面に降ろすけど、ユウリちゃんの足はおぼつかない。バランスを崩して倒れそうになるのを、手で引き寄せて支えた。
「や、やっぱり、どこか怪我をしたの!?た、大変だ!治療しないと!」
「違いますよ、お姉さま。どこも怪我は、していません。ただ、ちょっと怖かったので……気が抜けたというか、そんな感じです」
「そ、そうなんだ……」
怪我がないと言うのは、本当のようだ。ボクは慌てて、ユウリちゃんのステータス画面を開いてしまったけど、HPは100を示しているから、それは身体に異常がない事を表している。
ボクは、心底安心して、安心しすぎてこちらまで倒れてしまいそうになるけど、踏ん張った。
それから、フードを深く被りなおす。やっぱりコレが、凄く落ち着く。もうボク、コレなしじゃ生きていけないかも。
「随分と、深く落ちてきましたね……」
「うん」
ボクとユウリちゃんは、身体を寄せ合ったまま見上げるけど、豆粒みたいな太陽の光が、見えるだけ。とにかく凄い高さを落ちてきたんだなということは、それを見てよく分かる。
「それに、この光っている物はなんでしょう」
本来なら、岩に囲まれたこの穴の底は、真っ暗のはず。なのに、ボク達は淡い光を放つ岩に囲まれていて、その光のおかげで穴の底も確認する事ができた。
ボクは、その光っている石に触れてみる。すると、魔力結晶鉱石と出てきた。
「魔力結晶鉱石だって。何かに使えるのかな?」
「分からないですけど、回収しておきましょう。私の勘が、そうすべきと言っています」
ユウリちゃんに言われるまま、ボクはその石をアイテムストレージに回収。空っぽだったアイテム欄がどんどん増えていき、ちょっと嬉しい。ざっと、50個は回収したかな。ストレージには、まだまだいっぱい入りそうだ。
「よいしょっと……」
ボクが石を拾っている間、ユウリちゃんには休憩してもらっていた。
そのユウリちゃんが立ち上がり、もう大丈夫だとボクにアピールしてくる。
「どうやって、戻りましょう。お姉さまなら、上に戻れますか?」
「うーん。戻れなくはないけど、ちょっと危ないかな」
「となると……洞窟探検となりそうですね」
壁にぽっかりと空いた穴を見て、ユウリちゃんはそう言った。マップで確認したけど、洞窟はずっと先まで続いて、森に戻る出口もありそう。ただ、凄く遠い。
「灯りが確保できたのは、不幸中の幸いですね。この石を……えいっ!」
ユウリちゃんは、落ちていた光る石を、普通の石に叩きつけて、割った。それにより、光る石は片手で簡単に持ち運べるくらいの大きさになり、ユウリちゃんはそれを、片手で掲げる。いくつかに砕けているので、砕けた内の1つは、ボクが持った。
「では、行きましょうか」
ユウリちゃんが、自然と手を差し出してくるので、手を繋いで、洞窟の中へと入る。
洞窟の中は、とても広かった。天井までは数十メートルあり、横幅もボク達が暮らす街の、大通りくらいの広さがある。
洞窟の中にも、所々に魔力結晶鉱石が落ちていて、灯りがあった。でも、散らばっているので灯りが弱い。見えなくはないけど、ちょっと照らしている程度。なので、ユウリちゃんが作ってくれた、松明代わりの石で、その薄暗い場所はカバー。とても役にたつ。
そういえば、ボクがぎゅーちゃんと出会った洞窟も、こんな感じだったな。あの時は必死で、気にもしていなかったけど、洞窟は光に照らされていて、暗闇ではなかった。それは、この石のおかげだったんだ。
よく考えたら、数日前にボクが洞窟から脱出した先は、禁断の森だった。ここは、その禁断の森の下にはびこっている洞窟ということは、もしかして、この洞窟のどこかに、ボクが始めてこの世界に訪れた時の場所があるのかな。
あの時は参ったよ。気が付いたら拘束されていて、目の前にはオークがいたんだから。そういえば、助けてすぐに逃げちゃったけど、あの時の女の人達は無事なのかなと、今になって心配になってきた。
「フゴ。イイ、ニオイ」
そんな事を思っていたら、ボクとユウリちゃんの進む先に、緑色の巨体が姿を現した。
「ニンゲンノ、オンナ」
「オカス」
しかも、1体ではない。6体のオークが、ボクとユウリちゃんの匂いを嗅ぎつけて、ボク達に向かってくる。
というか、君達喋れたんだね。ボクはそれに、驚きました。
「っ……」
ユウリちゃんは、オークが怖いのか、ボクに寄り添って来た。
確かに、彼らは2足歩行の緑のブタで、しかも涎が垂れっぱなしで、おまけに臭くて、更には、今のボクにはない、股間についたものを晒した下半身モザイク状態で、気持ちが悪い。公然猥褻罪です。薄暗いのが幸いしてるけど、それでもシルエットはハッキリ見える。
「目を閉じていていいよ、ユウリちゃん。すぐに、片付けるから」
「はい……!」
ユウリちゃんは、ボクに言われた通り、硬く目を閉じる。それから、ボクはユウリちゃんからそっと手を離し、ユウリちゃんもボクから手を離してくれた。
ユウリちゃんに、こんな汚らわしい物を見せつけるとか、たとえ女神様が許しても、ボクが許しません。何よりその、好色そうな目が気に入らない。君達、ユウリちゃんに、何をするつもりなの?……聞くまでもないか。
ボクは、地面を蹴り、オークに向かって飛んだ。




