プロローグ
新連載です。ゆっくり更新で参ります。
よろしくお願いします!
今日の教え子は、朝から妙に調子がよかった。
踏み込みが速い。剣筋にも迷いがない。細身の身体を補うために魔力を使ってはいるが、それだけでどうにかなるほど剣術は甘くない。打ち込まれた木剣を半歩ずれて受け流し、返す刃を相手の肩口で止めるまで、一連の動きにほとんど無駄がなかった。
「そこまでです」
教官が声をかけると、教え子はすぐに剣を引いた。
「ありがとうございました」
短く礼をして、一歩下がる。
「今のは悪くありません。ただ、二手目で少し右へ流れましたね」
「はい」
「力で押し返そうとしましたか?」
「……しました」
「あなたはそこで張り合わなくていいのです。体格で勝る相手に、わざわざ相手の得意な勝負を挑む必要はありません」
「承知しました。次は受け流します」
返事はいつも素直だった。
言われたことはすぐに試すし、一度できなかったことは、できるまで繰り返す。
ただし、少々やりすぎる。
「もう一度、お願いいたします」
「少し休憩を入れてはいかがですか」
「問題ありません」
「あなたの『問題ありません』は、あまり信用していませんが」
教官がそう言うと、教え子は一瞬だけ口を閉じた。
「……まだ動けます」
「それは休まなくてよい理由にはなりませんよ」
「はい。ですが、先ほどの動きを確認してからにしたいです」
まっすぐな目で言われて、教官は小さく息を吐いた。
「では、一本だけです。それが終わったら休憩してください」
「はい。ありがとうございます」
淡い金髪を首の後ろで括り直し、再び木剣を構える。
汗に濡れた前髪が額へ張りついていた。小柄な体躯にはいささか不釣り合いなほど真剣な顔で、教え子は相手の騎士を見据える。
合図と同時に踏み込んだ。
先ほど指摘したばかりの二手目。
今度は正面から受けない。身体を半歩ずらして流し、その勢いのまま相手の懐へ入る。
教官はわずかに口元を緩めた。
こういうところは、本当に優秀なのだ。
「――失礼いたします!」
訓練場の端から声が飛んだ。
二人が同時に剣を止める。
駆け寄ってきた従僕が教え子に頭を下げた。
「公爵閣下がお呼びです」
「父上が?」
「はい。執務室へ来るようにとのことです」
教え子の顔から、先ほどまでの熱がすっと引いた。
「分かった。すぐに行くと伝えてくれ」
「承知いたしました」
従僕が去る。
木剣を返しに来た教え子へ、教官は手を差し出した。
「今日はここまでにしても構いませんよ」
「いえ。用件が済みましたら戻ります」
「そうですか」
「先ほどの受け流しを、まだ身体で覚えておきたいので」
いかにもこの教え子らしい答えだった。
「分かりました。では、お待ちしています」
「はい。お願いいたします」
一礼して、訓練場を出ていく。
教官はその背中をしばらく見送ってから、次の教え子を呼んだ。
訓練場を足早に後にしながら、首の後ろで括った髪を整えた。
額の汗を拭い、上着についた埃を払い、剣帯の位置を直す。
公爵の執務室までは、そう遠くない。
石造りの廊下を進み、階段を上る。使用人とすれ違えば軽く頷き、そのまま足早に先へ進んだ。
やがて目的の扉が見えてくる。
歩調が少しだけ遅くなった。
昨日提出した報告書に不備があっただろうか。
訓練について何か聞かれるのかもしれない。
あるいは、領境で何かあったのだろうか。
扉の前まで来て、足を止めた。
服装を確かめる。
背筋を伸ばす。
一度だけ、深く息を吸った。
それから扉を三度叩く。
「父上。コーネリアです」




