征蹄
「!」
ディーネから伝わった気配に。
レテが咄嗟に力を抜く。
「…………!」
《水凪》を押し込んでいたリシェルの身体が。
僅かに前へ崩れた。
「《水走》!」
――バシャッ!!
レテが水と共に。
横へ滑る。
《射恋》が空を切った。
「なるほど……」
距離を取り。
レテが小さく息を吐く。
「形を変えるだけでは、駄目なんですね」
「はい」
リシェルが向き直る。
「あなたは霊器を変化させる前に、必ず予備動作をしています」
「予備動作……」
「肩、肘、手首。視線もそうです」
リシェルが。
指の間に挟んだ《射恋》を構える。
「それらを覚えてしまえば、次に何をするのか予測するのは難しくありません」
「…………」
レテが自分の右手を見る。
確かに。
《水槍》なら。
突くために肩が動く。
《水鞭》なら。
振るために手首が動く。
《水凪》がどれだけ自由に形を変えようと。
扱う自分まで。
自由になるわけではない。
「…………」
厄介。
本当に。
厄介な加護。
「では」
レテが《水凪》を構え直す。
「まだ覚えていないものなら、どうでしょうか」
「…………?」
水の刀身が。
大きく湾曲する。
「――《水輪》」
横薙ぎ。
――バシュッ!!
「!」
振り抜かれた《水凪》から。
円弧状の水刃が放たれる。
リシェルが身体を沈め。
頭上を通過。
「新しい術……」
「はい!」
レテが続けて踏み込む。
「ですが!」
リシェルも前へ。
「一度見ました!」
右手。
指の間から伸びる二本の《射恋》が。
横薙ぎに振るわれる。
「それなら!」
《水凪》で受ける。
――ギィン!!
直後。
左。
「!」
新たな《射恋》が。
リシェルの指の間に現れる。
引っ掻くような一撃。
レテが身体を反らす。
――ヒュッ!
鉄杭が。
鼻先を通過する。
「っ!」
さらに。
肘。
レテの肩へ。
――ドッ!!
「くっ……!」
一歩。
下がる。
リシェルは止まらない。
踏み込む。
掌底。
蹴り。
そして。
《射恋》。
「…………!」
次々に変わる。
戦い方。
拳を振るった直後に。
爪のような《射恋》が迫る。
蹴りを避ければ。
その回転を利用して。
鉄杭が投げ放たれる。
――ヒュン!!
「《水壁》!」
――バシャッ!!
水が立ち上がる。
鉄杭が突き刺さる。
一本。
二本。
「…………!」
いや。
増える。
二本が。
四本。
――ドドドドッ!!
「くっ……!」
《水壁》が。
大きく揺れる。
「近くても」
リシェルの声。
「遠くても」
水壁の向こう。
「《射恋》は使えます」
「…………」
「距離を取っても意味はありません」
「そうみたいですね」
レテが。
《水凪》を下ろす。
「?」
刀身が崩れ。
水壁と混ざる。
「でしたら」
大量の水が。
レテの周囲へ流れる。
「距離を取るのはやめます」
「…………」
「――《水衣》」
――バシャッ!!
水が。
レテの身体を包む。
「!」
踏み込む。
速い。
リシェルの目の前。
「はっ!」
《射恋》が振るわれる。
――スルッ。
「!」
水の流れが。
腕を逸らす。
完全には防がない。
ほんの僅か。
軌道を変える。
それだけで。
「《水凪》!」
水衣の一部が。
右手へ集まる。
刀身。
形成。
――キィン!!
「っ!」
斬撃。
リシェルが《射恋》で受ける。
「《水撃》!」
左手。
掌。
――ドン!!
「ぐっ!」
水が炸裂。
リシェルが後ろへ押される。
そこへ。
レテが追う。
「…………!」
《水凪》が。
細く。
伸びる。
「《水槍》ですね」
「!」
リシェルが先に。
横へ動く。
「覚えています」
だが。
「ディーネ!」
レテの声に。
大きな尾鰭が揺れる。
――ピチャン。
「!」
リシェルの足元。
いつの間にか。
水。
「《水鏡》」
波紋が。
その動きを伝える。
「左へ避けることも」
レテが。
《水凪》を引く。
「私には分かります!」
「っ!」
《水槍》。
放たない。
刀身が短く戻る。
「…………!」
そのまま。
逆方向へ。
踏み込む。
「はぁっ!」
――キィン!!
「くっ!」
リシェルが受ける。
目が。
僅かに見開かれる。
「今……」
「はい」
レテが。
さらに押し込む。
「フェイントです」
「…………」
「形を変える前の動きを覚えられるなら」
レテが一度。
《水凪》を引く。
肩が動く。
「!」
リシェルが。
横へ。
反応。
でも。
何も来ない。
「その動き自体を」
レテが笑う。
「利用させてもらいます」
「…………!」
初めて。
リシェルの表情が。
明確に変わった。
「なるほど……」
距離を取る。
「私の記憶を逆手に取りますか」
「少しずるいでしょうか」
「いえ」
リシェルが。
指の間の《射恋》を握り直す。
「戦いとは、そういうものでしょう」
「…………」
「ですが」
視線が。
レテの肩へ。
手首へ。
足へ。
「それも覚えます」
「…………」
レテの頬に。
一筋。
汗が流れる。
「そうなりますよね……」
フェイントすら。
いずれ。
記憶される。
だったら。
もっと。
変える。
もっと。
組み合わせる。
「ディーネ」
ふわり。
大きな尾鰭が広がる。
「まだいけますか?」
ディーネが。
レテの周りを一度。
くるりと泳いだ。
「ありがとうございます」
《水凪》を構える。
「では」
水が。
レテの周囲に集まる。
「もう少しだけ」
刀身が。
ゆらりと揺れた。
「付き合ってください」
◇
――ドゴォォォン!!
「ぐっ……!」
リアスの身体が。
大きく後ろへ押される。
パイルの《風砲》。
圧縮された風が。
正面から叩きつけられていた。
「おおおおっ!」
それでも。
リアスは倒れない。
二本の曲刀を床へ突き立て。
強引に耐える。
「…………」
やがて。
風が止む。
「ふぅ……」
パイルが息を吐く。
「結構溜めたんだけどなぁ」
「…………」
リアスが。
ゆっくりと顔を上げる。
「ははっ」
「…………」
「はははははっ!」
「元気だなぁ……」
「いい!」
リアスが曲刀を引き抜く。
「今のいいぞ!」
「そりゃどうも」
「もっとねぇのか!」
「あるけど」
パイルが。
《風穴》を構え直す。
「君に見せるためにあるわけじゃないからね」
「なら引き出してやる!」
――ダン!!
「!」
リアスが。
壁へ駆け上がる。
そのまま。
柱を蹴る。
空中。
パイルの背後へ。
「《風呼び》!」
――ゴォッ!!
「またか!」
リアスの身体が。
空中で止まる。
そのまま。
パイルへ引かれる。
「捕まえた!」
「ははっ!」
リアスが。
引かれながら曲刀を構える。
「何度やっても同じだ!」
「それは」
《風穴》が。
風を吸い込む。
「どうかな!」
杭へ。
圧縮した風を纏わせる。
「――《風杭》!」
――ガシュン!!
「!」
射出。
リアスが曲刀で弾く。
――ガキィン!!
「おらぁ!」
「まだだよ!」
直後。
杭に纏わせた風が。
弾ける。
――ドン!!
「ぐっ!?」
曲刀が跳ね上がる。
「今!」
《風呼び》が。
さらに強くなる。
「うおっ!?」
体勢を崩したリアスが。
一気に引き寄せられる。
パイルが《風穴》を。
腰へ引く。
「はぁっ!」
――ガシュン!!
「っ!」
リアスが。
身体を捻る。
杭が脇腹を掠めた。
――ザシュッ!
「…………!」
血。
それでも。
リアスは止まらない。
引き寄せられた勢いのまま。
曲刀を振るう。
「おらぁ!」
「っ!」
――ガキィン!!
パイルが《風穴》で受ける。
そのまま。
二人。
弾かれる。
――ザザッ!!
「…………」
リアスが脇腹へ。
手を当てる。
赤い。
「…………」
パイルも。
荒くなった呼吸を整える。
「ねぇ」
「あ?」
「そろそろやめない?」
「…………」
「僕達は君を殺したいわけじゃない」
《風穴》を下ろさず。
続ける。
「ここには怪我人もいる。これ以上暴れたって――」
「…………は」
「…………」
リアスが。
血のついた手を見る。
「ははっ」
「…………」
「はははははっ!」
パイルの顔が。
僅かに引き攣る。
「やっぱりそうなるんだ……」
「お前」
リアスが。
ゆっくり顔を上げる。
「強いな」
「…………」
「強いなぁ……」
一歩。
近づく。
「いいなぁ」
もう一歩。
「いいよなぁ」
リアスの笑みが。
どんどん。
深くなる。
「楽しくなってきた」
「……それはよかった」
「だから」
二本の曲刀を。
ゆっくり下ろす。
「本気」
リアスの目が。
ぎらりと光る。
「出してもいいよな?」
「なっ……」
光が。
リアスの両脚へ集まる。
「――《征蹄》」
――ズン。
光が形を成す。
脛。
足首。
足先。
山羊の蹄を思わせる。
頑強な脚甲。
「…………」
パイルが。
その両脚を見る。
「霊器……」
「あぁ」
「出してなかったのか……」
「ははっ!」
リアスが。
《征蹄》で床を踏む。
――ズン。
「言っただろ?」
もう一歩。
――ズン。
「本気を出していいかって」
「…………」
踏むたびに。
《征蹄》へ光が蓄積していく。
パイルが。
その変化を見つめる。
「これは……」
《風穴》を構え直す。
「まずいね」
「まだまだ!」
――ズン!!
さらに。
一歩。
《征蹄》の光が。
強くなる。
「いくぞ!」
――ダン!!
「!」
速い。
今までとは。
明らかに違う。
リアスが。
一瞬でパイルの目前へ。
「《風壁》!」
――ゴォッ!!
風の壁が立ち上がる。
「おらぁ!!」
リアスの蹴りが。
叩き込まれた。
――ドゴォォォン!!
「なっ!?」
風壁が。
一撃で弾け飛んだ。




