精霊術師と奇妙な旅人
第二話 ガイストへの道
魔物が討伐された翌朝。
村には、昨日までの緊張が嘘のような穏やかな空気が流れていた。
広場では壊れた柵の修理が始まり、荷車を起こす者、瓦礫を運ぶ者、それぞれが元の暮らしを取り戻そうと動いている。
そんな中、村の入口では数人の兵士たちが集まっていた。
「本当に、その者を連れて行かれるのですか?」
一人の兵士が、不安そうな表情で尋ねる。
視線の先にいるのは、昨日魔物を圧倒した青年――アルト。
当の本人は、道端に咲く花を眺めながら鼻歌を歌っていた。
「はい。」
レテは迷いなく頷く。
「彼について調べる必要があります。」
「しかし……。」
兵士は言い淀む。
「精霊があれほど怯える人間など聞いたことがありません。もし首都へ連れて行って何か起きれば……。」
「だからこそです。」
レテは静かに答えた。
「ここで放置する方が危険です。」
その声音には一切の迷いがない。
兵士たちも、それ以上反論することはできなかった。
「……分かりました。」
彼らは深く頭を下げる。
「では、我々は先にジーアスへ戻り、報告を済ませます。」
「お願いします。」
兵士たちは馬へ乗り込み、砂煙を上げながら街道の先へ走り去っていった。
残されたのは、レテとアルトの二人だけ。
「さて。」
レテは腰の小袋から銀色の腕輪を取り出した。
淡く魔力を帯びたそれは、内側に小さな術式が刻まれている。
「……何それ?」
アルトが首を傾げる。
「捕縛用の魔具です。」
「え?」
「両手を出してください。」
「えぇっ!?」
アルトは思わず後ずさった。
「いやいやいや! 俺、逃げないって!」
「信用できません。」
「なんで!?」
「昨日会ったばかりです。」
「それはそうだけど!」
アルトは大げさに肩を落とす。
「助けたの俺だよ?」
「そのことには感謝しています。」
「じゃあ!」
「それとこれとは別です。」
レテは表情一つ変えない。
「両手を。」
「むぅ……。」
納得はいかなかった。
だが、ガイストへ行けること自体は嬉しい。
アルトはしぶしぶ両手を差し出した。
「逃げないからな?」
「念のためです。」
レテはアルトの前へ歩み寄る。
手首へ腕輪をはめようとして――ふと、その顔を見た。
年齢は、自分とそう変わらないだろう。
無造作に伸びた黒髪。
日に焼けた健康的な肌。
そして何より印象的なのは、陽の光を受けて琥珀のように輝く金色の瞳だった。
人懐っこく笑えば、どこにでもいる旅好きの青年にしか見えない。
整った顔立ちをしている。
村娘なら思わず振り返るだろう。
だが、その穏やかな笑顔と、昨日見せた圧倒的な戦闘能力はどうしても結びつかなかった。
(この人が……。)
精霊たちを、あれほど怯えさせた。
未だに信じられない。
一方。
アルトもまた、目の前の少女を見つめていた。
(近くで見ると……。)
綺麗な人だ。
長い蒼髪は朝日に照らされ、水面のように静かに揺れている。
澄んだ青い瞳は真っ直ぐ前を見据え、迷いがない。
整った顔立ちだけを見れば、自分より少し年下にも見えた。
なのに。
昨日、巨大な魔物を前にしても一歩も退かなかった。
村人へ落ち着いて指示を出し、最後には見事な精霊術で魔物を討ち取った。
(見た目は年下っぽいのに……。)
(やっぱり精霊術師ってすげぇな。)
アルトは素直に感心する。
カチリ。
乾いた音が鳴り、腕輪が閉じた。
「これで終わりです。」
「ほんとに付けた……。」
アルトは両手を持ち上げ、不満そうに眺める。
「なんか犯罪者みたいじゃん。」
「暴れなければ外します。」
「暴れないってば!」
アルトが頬を膨らませる。
その様子を見て、レテは小さく息を吐いた。
(……子どもみたい。)
昨日の戦いとの落差に、少しだけ拍子抜けしてしまう。
「では、行きます。」
レテは踵を返し、街道を歩き始めた。
アルトも慌ててその後を追う。
「ちょっと待ってよ!」
こうして二人は、精霊国家ガイストの首都ジーアスを目指し、長い帰路へと歩き始めた。




