第5話「聖戦」
エンプティアはブレードを振りかざし、高速で接近する。
閃はそれを受け止めず、死角を取るように回避した。
イノの念のスキルは、視界に捉えられた瞬間に動きを止められてしまう。
真正面からの応酬は、分が悪い。
イノはすかさず《念動》を発動。
周囲の泥岩をまとめて持ち上げ、バサラヲへと放った。
大雨で地盤は緩みきっているため、少ないエーテル消費でも十分な質量を飛ばせる状況だった。
(ダメージよりも、泥による視界と機動力の低下が目的か)
閃は瞬時に察し、《電壁》を展開。
飛来する泥岩を弾き飛ばす。
直後、イノは上空へ跳び、《念弾》を連続で放った。
無色透明の念の塊が、変則的な軌道を描きながらバサラヲに襲いかかる。
閃は次々と回避するが、《念弾》はどこまでも追尾してきた。
閃は《雷散》を放ち迎撃。
雷が命中し、《念弾》の動きは止まった。
だが、その内部で雷のエーテルを吸収し、逆に跳ね返してくる。
反射された雷は、バサラヲの足元へ落下。
一瞬、体勢が崩れた。
その隙を逃さず、イノの《念動》が、バサラヲを完全に拘束した。
「ぐっ……!!」
雷を操る閃にとって、電撃そのものは脅威ではない。
反射されてもダメージはないと、油断していた。
だが狙いは“足元”。
攻撃を利用して隙を作るための一手だった。
「閃……!!」
エンプティアが再びブレードを構え、一直線に突撃する。
――その瞬間
死角から、雷が直撃。
「うわぁ!!」
エンプティアの機体が揺らぎ、拘束が解けた。
閃は《雷導》を発動していた。
雨粒を媒体に雷を流し、見えない経路から放ったのだ。
雨は閃にとって有利な天候でもある。
エンプティアは即座に距離を取る。
閃は刀へ雷のエーテルを込め、力強く振り下ろした。
「《雷刃波斬》!!」
雷の斬撃が雨を裂き、超高速で迫る。
イノは間一髪で回避するが、エンプティアの右翼がいくつか切り裂かれた。
(……やっぱり凄いよ、閃は)
イノの口元には、わずかな笑みが浮かんでいた。
◆
海岸付近では、シラユキとドレティアが激しくぶつかり合っていた。
「《雹天下》」
雨粒を瞬時に氷の礫へと変え、敵へと叩きつける怜の新スキルだ。
雨の日限定にはなるが、自然の雨を利用することで、エーテル消費は少なく威力は高い。
だが相手は炎を操るアーク。
「しゃらくせぇ!!」
《フレイムオーラ》がドレティアを包み込み、《雹天下》は瞬時に無効化された。
しかし、怜は冷静だった。
狙いはエーテル切れ。
ドレティアのデーモンウィングは分裂し、蛇のような軌道で襲いかかる。
シラユキは、一定の距離を保ちつつ華麗に攻撃を避け続けた。
「コイツ……掴まれないよう徹底してやがるな!!」
近接と拘束はドレティアが圧倒的に有利。
ドレティアの間合いでは、シラユキに勝ち目はないだろう。
「エーテル切れねらってんだろ!?そうはさせねぇ!!」
デーモンウィングに加え、2本腕も伸ばす。
しかし、それまで回避に徹していた怜は構えを変えた。
「《氷鎌》」
ジャベリンの先端に禍々しい氷の鎌が形成され、伸びた腕を瞬時に切断した。
回避に徹していたのは、反撃の機を窺うためでもあった。
「やるじゃねぇかよ……」
——次の瞬間
地面を突き破り、残りの腕がシラユキの足を掴んだ。
そしてウィングも四肢を拘束、さらにドレティア本体も組み付いた。
「このまま締め潰してやるぜ……!!」
アークの炎の熱気がコクピットにまで伝わる。
(私は……負けない!!)
ドレティアの炎がわずかに弱まった、その一瞬の隙を逃さず、怜は《氷結》を発動した。
足元に、透き通る氷の道が瞬時に形成される。
氷が溶かされる前に、シラユキはドレティアごとその道へと押し込み、エーテルを勢いよく噴射させた。
まるで滑走路を駆けるかのように、2機は一直線に滑走する。
「チィッ!!火力が……!!」
アークは叫びながら、滑っていく先を見据えた。
そこは、海だった。
もし海へ落とされれば、アークの炎のスキルは封じられたも同然。
それは同時に、怜にとって決定的な優位を意味していた。
アークは一度シラユキから距離を取ろうとするが、逆にシラユキが強く組み付かれ、逃げられない。
——そして
2機は、そのまま海へと落下した。
◆
シラユキは、そのままドレティアを深海へと押し込んでいく。
怜はアークに淡々と告げた。
「……あなたの、負けよ」
「……」
アークは何も答えない。
(こうなっちまったら、どうしようもできねぇな……)
わずかな沈黙ののち、怜が再び口を開く。
「……違う道は、本当に無いの?」
「なんだぁ?やっぱオメーも甘ちゃんだな」
アークは吐き捨てるように言った。
怜は、黙ったままだった。
(もう、アレしかねーな)
アークは覚悟を決める。
「よォ、怜。お前なんか勘違いしてんじゃねーか?」
「え……?」
「何もう“勝った気”でいるんだよ」
その瞬間、ドレティアが再びシラユキに組み付いた。
「!?」
怜の目が見開かれる。
「オメーは……死ぬんだよ。ここで、オレとな!!」
その言葉と同時に、怜の脳裏に閃の声がよぎった。
『ゼクストは……間違いなく、“切り札”を持ってる』
(しまった……!!)
怜は必死にドレティアを引き剥がそうとする。だが、びくともしない。
怜は《氷結》を発動し、自身ごと氷漬けにした。
アークは目を閉じ、エーテルを体内へと集中させる。
水中にもかかわらず、怜の氷が徐々に溶け始めていく。
さすがの怜にも、焦りが浮かんでいた。
シラユキのモニターに映し出されたのは、ドレティアではない。
アーク個体に対する、異常なまでの熱源反応。
(ま、まさか……!!)
怜は悟った。
アークが何をしようとしているのかを。
(オレもドレティアもここで終わりだ……。へっ、ザマー見ろ、クソジジイ。お前の言いなりになんか……なる……かよ)
薄れゆく意識の中、アークは思う。
(クリス、サム、イノ……お前らは……生き残れよ)
——そして
アークは、機体もろとも自爆という選択を取った。
《ファイナル・ジハード》。
それが、彼女の最後のスキルだった。
爆発はシラユキを飲み込んだ。
その威力は、かつて廃止された“核”を彷彿とさせるほどだった。
深海であるにもかかわらず、その衝撃波は数キロにわたって広がっていった。
◆
その状況をモニター越しに見ていた、リオ、カリン、クレアらオルフェ職員たち。
「……嘘でしょ……怜……?」
呆然と呟くリオ。
カリンや牧も、言葉を失う。
「そんな……そんな……!!」
クレアと松永は涙をこぼしていた。
「……!?待って!!」
何かに気づいたカリンが声を上げた。
モニターには、怜とシラユキの反応が、数キロ離れた陸地にあった。
あの大爆発から、逃れていたのだ。
映し出されたシラユキは光の粒子に包まれている。
爆発の瞬間、“完全同調”を再び引き起こしていた。
そして衝撃波から、超高速で離脱していたのだ。
職員たちがロストと誤認したのは、その速度があまりにも速すぎて、オーキュラムですら反応が追いついていなかったからだった。
「怜!!大丈夫!?」
真っ先にカリンが呼びかける。
「……なんとか」
その声が届いた瞬間、リオはカリンに抱きついた。
「よかった……!!もーびっくりさせないでよ!!」
クレアは涙を浮かべたまま、笑っていた。
「怜、早く帰還して!!」
リオが言う。
だが、怜は静かに答える。
「まだです。まだ終わってません」
「もう十分よ、怜!完全同調はもう切れてる!!」
松永が叫ぶ。
先程までの光の粒子は消えていた。
「そうよ!もう満身創痍じゃない!」
クレアも続ける。
「……ごめんなさい」
そう告げると、怜は音の発生源へと向かった。
(閃……烈をお願い)
心の中で、そう願いながら。




