第6話「苦味」
オルフェ研究機関・訓練エリア。
訓練生4人は、模擬戦の真っ最中だった。
上の観覧ブースでは、クレアがタブレットを手に指示を飛ばしている。
「光井ィ!! 立ち位置が全っ然ちがぁう!!Dパターンって言ってるでしょ!! なんでアンタだけEの位置に居んのよ!!」
響き渡る怒声。
『あ、あれ……? なんでだ?』
02番機の光井が慌てた声音で返す。
「あ、あれ…? なんでだ?じゃなーい!!」
クレアはさらにヒートアップする。
「あれだけ“AからEまでは絶対に覚えとけ”って言ったのに! 予習してないの!?」
『ちゃ、ちゃんとやってるって……! ただED動かしながらだと、こんがらがるんだよぉ……』
タジタジの光井。
クレアは冷たく言い放つ。
「……他の3人は出来てますけど?」
『まぁまぁ。パターンは間違ってるけど、ミチも大分動きよくなってんじゃん』
04番機・アンジュがフォローに入った。
『ええ。それに僕らもミスはありますから』
01番機・東も落ち着いた声で続く。
『クレア。あたし達の改善点も教えてよぉ』
03番機・みのりが言う。
クレアは渋い顔をした。
「はぁ〜……アタシが悪者みたいじゃん」
タブレットを確認しながら指摘を始める。
「東くんは少し動き出しが早いかな。それにつられて、みのりんが動いちゃってるし」
『了解!』
『はいっ!』
2人が元気よく返事をする。
「アンジュは……特になしっ」
『ほい』
アンジュは軽く手を挙げただけだった。
「光井以外は上がっていいよ。お疲れ様」
『……やっぱ居残りかぁ』
光井が肩を落とす。
『んじゃ、おさき〜』
『ミチ、ファイトッ!』
アンジュとみのりが先に上がっていった。
『自分は、まだ一緒に訓練します』
東が言う。
『グンジン……おめぇって奴は……ほんっとイイやつだなぁ〜』
光井は涙目で喜んだ。
そんな様子を見下ろすクレアの背後から、声がした。
「訓練生、どんな感じだ?」
烈だった。
「ぅわぁっ!! あ、新井くん!?」
クレアは真っ赤になって飛び上がる。
「驚かすつもりはなかったんだけど、悪い」
「い、いつから……?」
烈によれば、クレアの怒号が廊下中に響き渡っていたため、それで気づいて来たらしい。
(ド、ドア閉め忘れてた……!? ていうか、よりによって新井くんに聞かれてた!?)
クレアはパニック状態だった。
烈は笑いながら言った。
「クレア、すげぇ様になってんじゃん」
この一言に、クレアは喜んでいいのか悲しむべきか判断不能だった。
烈は笑顔で続ける。
「でもよ、ミチにもうちょい優しくしてやってくんねーかな?…確かにアイツ、物覚えはあんま良くねーけど、裏ではちゃんと努力してんだ」
クレアは烈に、笑顔で話しかけられたことのほうに混乱していたが、何とか返事をした。
「ウン、キオツケル……」
カタコトで返すのが精一杯だった。
◆
その夜。
オルフェ研究機関・心理ケア室。
光井と、褐色肌の短髪の男性が向かい合っていた。
彼の名はアルフレッド・モロウ。通称アル先生。
オルフェ研究機関の心理カウンセラーで、皆にとっての“安心できる場所”のような存在だ。
光井だけでなく、ファクターズ、研修生、オペレーターのリオまで頻繁に訪れる。
アルはいつも通り無理に話を促さず、柔らかく微笑みながらコーヒーを淹れてくれる。
「この前、新しい豆を仕入れました。飲んでみますか?」
「飲みたいっす。今日は……何も混ぜずに」
「いいですよ。ただ……少し苦味が強いかもしれません」
光井は普段、砂糖とミルク多め。しかし今日は——。
「……今日は、苦味が欲しい気分で」
「わかりました」
アルは白い歯を見せて微笑んだ。
差し出されたコーヒーを飲むと、光井は渋い顔をした。
「……混ぜますか?」
アルは優しく尋ねた。
「いや……今はこの味がいいっす」
光井は照れたように笑った。
◆
翌朝。
光井が教室へ向かうと、背後から声が飛んだ。
「……おはよ」
振り返ると、クレアだった。
光井は“何かやらかしたか?”と内心ドキドキしながら挨拶を返した。
「お、おぉ……おはよ」
クレアは少しだけ目をそらして言った。
「……昨日は、言いすぎた。ゴメン」
光井の頭は真っ白になる。
「え……?」
「……じゃ」
クレアは逃げるように去っていった。
ぽつんと残された光井は、まだ状況を理解できず硬直していた。
その様子を、後ろから見ていた烈は、そっと目を閉じて微笑んでいた。
(第3章 完)




