第4話「理由」
イシュタール財団。
ファクターズとの再戦後——。
イノは、閃と交わした会話の内容を、ゼクストのメンバーに伝えていた。
3人は、最後まで黙って聞いている。
やがて、アークが口を開いた。
「……なーんか、やりづれぇな」
「ファクターズも、きっと同じこと思ってるよ」
イノが穏やかに答える。
「ア、アフフフ……ボクが尻尾、斬られた時も、ああ、明らかに“そこだけ”狙ってたよ」
サムが苦笑まじりに言った。
「……敵ではない。が、戦いは避けられない。そういうことだな」
クリスが淡々とまとめる。
「うん……」
イノは小さく頷いた。
(もっと、閃とお話ししてみたいな……)
その想いは、胸の奥にそっとしまったままだった。
アークが腕を組みながら言った。
「しっかし、アイツらの連携すヤバかったな」
「ア、フフッ! ボクらって個人戦ばっかりで、チーム戦って……したことないよね!」
サムが続ける。
イノは、ぽつりと提案した。
「…ボクらもさ、連携してみない?」
「えぇ〜……。オレは単独で戦いたいんだけど……」
アークはあまり気乗りではなかった。
クリスが冷静に言った。
「必要な時に連携が取れた方がいい。彼らから学べるところは多い」
「へいへい……」
アークは渋々ながらも、否定はしなかった。
◆
——オルフェへのΩチーム襲撃から、約1週間後。
イシュタールのマザーコンピューター・ギガスが、天華連盟所属の反応を3つ捕捉した。
Ωチームだ。
『あ〜天華のアホども、やっぱりこっちにも来た? ゼクストのみんな、テキトーにやっちゃって〜』
ギガスを通して、ヨハンの軽い声が響く。
ゼクストは、それぞれDDに乗り込み、迎撃態勢に入った。
◆
「わぁお♡ いい趣味してるぅ♡」
リーアは、遠くに見えたDDを眺めて目を輝かせた。
「いかにもリーアが好きそうなデザインだよね。メルは日本の奴らの方がいいなー。アレ可愛くない」
メルがDDの方向を指さしながら言う。
「サキはどっち派?」
メルが尋ねた。
サキは少し考えてから、短く答える。
「……私は、普通のが好きかな」
「3人きれいに分かれたねー」
リーアはくすっと笑った。
——次の瞬間。
巨大なエーテル弾が飛んできた。
3人はそれを回避しつつ、それぞれ三方向に散開する。
◆
巨大なエーテル弾を放ったのは、クリスのセレアィアの両腕に内蔵された大砲によるものだ。
ゼクストのDDは、それぞれの“デーモンウィング”からエーテルを噴射し、Ωチームへ一気に距離を詰めていく。
激しい空中戦が始まった。
◆
メル機に向かって、アークのドレティアが迫る。
「《フレイムフィスト》ォォォ!!」
アークがスキルを発動。
ドレティアの4本腕の拳が、オレンジ色の炎を纏う。
そして、目にも止まらぬラッシュをメル機に叩き込んだ。
「おっ」
メルは両腕のハードクラッシャーを素早く全面に構え、正面からガードする。
◆
一方——。
サムは《幻影》を使用し、ラフティアの“分身”を4体作り出していた。
本体を含めた5体で、サキ機に一斉攻撃を仕掛ける。
サキはナイフを両手に取り、冷静に対応した。
5体の内、1体が本物。
サキの目にも、レギオンΩの索敵モニターにも、どれが本体かは判別できない。
——だが、相手のクセや、動きの微妙な差を掴めれば、見抜けないことはない。
しかし、サキの予想は外れた。
分身それぞれが、“実体”を持っていたのだ。
前にツムギと戦った際には、非実体だった。
サムは状況に応じて、この2パターンを使い分けることができる。
——それでも、サキの冷静さは揺らがない。
5体のラフティアの攻撃をすべて完全に防ぎ、さらに2体の分身には、回避と同時にカウンターを叩き込み、消し飛ばした。
——その時。
後方から、セレアィアの巨大なエーテル弾が飛来する。
サキはそれを、ほとんど反射のような動きでかわした。
だが、弾の軌道が曲がり、再びサキを追尾してくる。
イノの《念動》で、弾道を操作していたのだ。
さらに、ラフティアの三方向からの挟み撃ち。
避けるのは不可能——
そう思われた。
しかしサキは、まるで細い隙間を縫うように、全ての攻撃を回避してみせる。
そして、ラフティアの“本体”を見抜き、正確に一撃を叩き込んだ。
残りの分身は、すべて霧のように消滅した。
◆
その戦闘の様子を、少し離れた位置から、リーアはただ眺めていた。
今回リーアに与えられた任務は、サキとメルの戦闘データの収集。
つまり、自ら戦闘に参加する必要はない。
リーアはΩチームのリーダーであり、彼女の機体にのみ搭載された特殊システム“シンクロマスター”——
サキ機・メル機の出力ログとリアルタイム状態を常時監視し、リーア機側から出力補正の指示を送る。
いわば、ブレーキの役割を果たすシステムだ。
「へぇ〜。日本の奴らより、ちょっとだけ強いじゃん」
リーアはチョコレートをつまみながら、楽しそうに呟いた。
——その視界の先に、天使のようなシルエットの機体が現れる。
イノのエンプティアだった。
イノは、リーア機へ通信を試みる。
回線は、あっさりと繋がった。
「なぁに?」
リーアが気の抜けた声で言う。
「あの……あなた達は……何で戦うんですか?」
思いがけない質問に、リーアは食べていたチョコレートを一瞬吹き出しそうになる。
「ゲホッ……あのさぁ、急に笑わせてくんの、やめてくんない?」
リーアは咳き込みながら答えた。
「えっ……そんなつもりはなかったです。ごめんなさい……」
イノは申し訳なさそうに謝る。
リーアは、その素直な反応にまた笑いそうになりながらも、質問に答えた。
「戦う理由? うーん…仕事だから」
あまりにもあっさりとした返事に、イノは思わず目を丸くする。
リーアは、その様子を見て言った。
「あー……もしかして“大義”とか“悲しい過去の出来事”とか“守りたいもの”とか、そーいうの期待しちゃってた?」
続けて、肩をすくめる。
「ナイナイ。ほんっと。ただの仕事。命令があれば戦うし、なければ戦わないし。それだけ。あそこの2人もそうだと思うよ〜」
(まぁ、メルは若干私情入ってるけど、命令の範囲内でやってるから問題はないし)
「……だから、見てるだけなんですね」
イノが納得したように言う。
「そ。今日のウチの仕事、データ収集だけだから」
「仕事……」
イノは小さく呟いた。
リーアは、少しだけ声のトーンを落として言う。
「……あのねぇ、ボク? 社会って、そんなモンなのよ」
イノは、不思議とその言葉に腑に落ちるものを感じていた。
多分、自分たちゼクストやファクターズのような存在が“珍しい”のであって、世の中の大半の人たちは、きっと“こう”なのだろう——と。
リーアが問いかける。
「んで、やんの?」
イノは、迷いなく首を横に振った。
「戦う気が無い相手とは、戦いません」
「あっそ」
リーアは、それ以上何も言わなかった。
◆
メル機は、ドレティアの猛攻を受け止め続けていたが、やがて攻撃のパターンを完全に見切り、2本の腕を掴む。
そして、そのまま力任せに引きちぎった。
「良かったじゃん。まだ2本残ってるよ」
その言葉に、アークの怒りが一気に燃え上がる。
「2本もありゃ十分だ……! テメェの頭、引きちぎってやるよ……!!」
再度突っ込もうとした、その瞬間——
リーアから通信が入った。
「サキ、メル。もういいよ」
「了解」
「は〜い」
サムとクリスと交戦していたサキも、アークと戦っていたメルも、すぐさま攻撃をやめ、あっさりと後退していった。
◆
戦闘後。
それぞれがDDから降りる。
イノは、皆の前で頭を下げた。
「ごめんね。わがまま言って」
イノは、戦闘に深く関わらず、観察側に回ったことを謝っていた。
どうしてもリーアと話してみたかったのだ。
サムは、嬉しそうに笑う。
「アフフ! 全然だよ、イノ。それに今日、れ、連携!とれたね!」
クリスも頷く。
「見事と言えるだろう」
イノはアークの方を向く。
「アーク、大丈夫だった?」
「腕引きちぎられただけだ。問題ねーよ」
アークは平然としているが、その目はまだ怒っていた。
「しっっかし、あのピンク野郎!! マジでムカつく!!」
アークの身体から、怒りに呼応するように炎のエーテルが立ちのぼる。
「ア、アーク……また火出てるよ」
イノが慌てて指摘する。
クリスは手のひらから、球状の水のエーテルを作り出し、ぼそりと言った。
「……鎮火するか?」
サムが、慌てて止めに入る。
「アフフフ……。火に油だよ……」




