第3話「カルマ」
イシュタール財団・医療エリア。
白く静かな部屋に、4つのベッドが並んでいた。
イノ、アーク、クリス、サム——ゼクストの4人は横たわり、目を閉じている。
今日は“カルマシール”の点検だった。
「……っ」
イノが小さく呻く。
体の奥から、じわりと痛みが這い上がる。
カルマシールとは——
暴走を抑えるための“制御インプラント”。
DDとゼクストの後頭部・首の後ろ・背骨の3箇所に埋め込まれており、これがあるからこそ、彼らはDDを“比較的”安定して操作できている。
だが定期的な調整・交換が必要で、副作用と強い苦痛が伴う。
それは、彼らが“無理やり背負わせた業”でもあった。
「もうすぐ終わるわ、イノ」
ナンシーが、イノの額にそっと手を当てる。
その優しい触れ方だけで、不思議と痛みが引いていく。
イノはわずかに微笑んだ。
◆
治療が終わり、4人は休憩室へ移動した。
ソファに腰を下ろすと、アークがぼそりと呟く。
「……ったく、便利なのか不便なのかわかんねぇよな、アレ」
「ふふっ。でも、あれが無いとDDには乗れないしね」
イノが柔らかく笑って返す。
「アフフ……フフ、アレ、な、慣れないよね」
サムが肩をすくめる。
「本当にそうだよね。サム、体調は大丈夫?」
イノが心配そうに覗き込む。
「う、うん。アフ……フ、大丈夫だよ」
サムはぎこちなく答えた。
「……決して無理はするな」
クリスが静かに言う。
その声音はいつも淡々としているが、心配は隠しきれていない。
「いざとなったら、マジでさっさと逃げろよな」
アークまでサムの肩を叩く。
「ア……フフフ、フ、あり、ありがとう……」
仮面から見えたサムの目が、少し潤んだ気がした。
◆
ゼクスト——彼らは元々、オルフェ研究機関で保護されていた子供たちだった。
イノはイギリス第1支部、アークはアメリカ第2支部、そして、クリスとサムはイタリア支部。
しかし、オルフェは創立者であるエドワードとヨハンの思想の対立によって崩壊してしまった。
その後、ヨハンは独自に“イシュタール財団”を設立。
その陰で、エーテルコードの多くの子供たちが拉致された。
彼らもそのうちの一部だった。
ヨハンが進めた計画——『アバタライズ実験』。
ファクターとSDを肉体レベルで接続し、SDを“もうひとつの身体”として扱うための危険な人体実験。
この実験を巡って、エドワードとヨハンは完全に決裂した。
そして、その果てに生まれたのがDDとゼクストだった。
ゼクストは唯一の成功例。
その他の被験者たちは——皆、犠牲になった。
◆
オルフェのEDは、ファクターのエーテルを拡大しつつ、安全性最優先の“共存型”。
それに対し、イシュタールのDDは、ファクターを“Dケーブル”で直接接続し、エーテルを無理矢理増幅させ、機体を優先する“融合型”。
カルマシールも、ファクターのためではなく、“DDを安定稼働させるため”の装置だった。
ファクターを守る器と、ファクターを素材として使う器。
両者は、同じ“機体”という存在でありながら、まるで正反対だった。
◆
そして、ゼクスト。
彼らは人体実験の果てに、強制的にエーテルファクターとして覚醒させられた存在だ。
もっとも、クリスだけは例外だった。
彼は実験以前からすでにファクターとして目覚めていた。
サムには、特に深い後遺症が残っている。
あの特徴的な笑い方も、すべて“実験の影響”。
顔を覆う仮面や、テンガロンハット、手袋——その全ては、身体に残った傷跡を隠すためのものだった。
だからこそ、イノもアークもクリスも、サムのことをいつも特に気にかけていた。
同時に、ゼクストにはもうひとつの代償があった。
Dケーブル接続のための“Dコネクター”を首の後ろに埋められ、生涯消えない痛みと共に生きる身体。
そして何より——4人は、それぞれ“感情をひとつ失った”。
イノは「悲しみ」、アークは「恐怖」、クリスは「喜び」、そして、サムは「怒り」——
失った感情が戻ることは、おそらくもうない。
それでも、彼らは互いを支え合い、前へ進もうとしていた。
ある“目的”のために。




