閑話・「どうして、気づかなかったのだろう」
「ちょっと!! いい加減にしなさいよ!」
豪奢なドレスを着て、金色の美しい髪と同じく金色の瞳を持つ女性―――レーガンワーナーは荒々しく部屋の扉を開けて、ずかずかと大股歩きでその部屋にいた男―――オズマンド・バーンに掴みかかった。当のオズマンドは、つとめて冷静な顔で、レーガンに「どうしたんだ?」と聞く。
「イヴよ! あんたが見つけてくるっていって、一体何日たったと思う?」
「さあ、いつだっけかな」
「半年よ! この役立たず!!」
がすん、とオズマンドの座っている椅子を乱暴に蹴る。しかし、彼の体重が重いのか、それともレーガンの蹴りが弱いのか、椅子はびくともしなかった。その事実に、レーガンはさらに腹を立てる。「ああもう!」ヒステリックに叫んで、髪を乱しながらドレスをびりびりと破いて、床に叩きつける。そして手近にあるものをどんどん壁やオズマンドに投げつけた。扉のそばに立っていたメイドが悲鳴をあげて、情けなくも部屋の外へ逃げる。オズマンドはまったく部屋の惨状を気にすることなく、優雅に本を読む。
「イヴ! ああ、もう、あのこがいなくちゃ、どうしようもないのに!」
「可笑しいと思わないか。お前、あの時は、イヴが王宮にいるだけで、あの子が不幸になるというから、三年たつ前に、彼女を逃がしてやろうとしたんだろう。なのに、なんでいまさらあの子を引き戻そうとしてるんだ?」
「……うるさいっっ!!!!」
レーガンはひときわ強く叫んだ。そして、顔を引きつらせて、涙を流しながら笑う。―――もう、どうしようもないっていうのに。ねえイヴ――――心の中で祈って、泣き叫んだ。
「わるいのは、あの女じゃない……! あの、フラン・ワーナー! あいつがイヴを殺そうとしたから、だから……」
どうしようもなかったのよ、とレーガンは泣き崩れた。手放したくなかった、それは、オズマンドも同じ気持ちであった。するりと手から零れ落ちたたいせつなもの。彼女を手放してしまったのは、彼女を傷つけようとする人間のせいだった。
だから、決してオズマンドは人間を許さない。そもそも、魔法使いが人間にへいこらするこの世の中が、間違っているのだ。自分たちは彼らよりも優位の立場にあるべきなのだ。
「イヴ、わたしをえらんで」
レーガンはオズマンドの腕の中で泣いた。この二人の間には、恋愛感情はなかったが、それ以上に特別な感情をお互いに抱いていた。それだけが全てであった。
* * *
(***/5/6)
王宮につれてこられて三日たった。あいかわらず、彼らのいうことはよくわからないし、そもそも魔法使いがなんなのかその原理すら理解できない。
ただ、今日は一人の男の子と仲良くなれた。名前は、なんと言っていたっけ。相変わらず人の名前をおぼえるのが苦手で、困る。ちゃんとおぼえるようにしなくちゃ。
そういえば、わたしをここへ連れてきた人、オズマンド・バーンという名前の人らしい。わたしの目、きれいだっていってくれた。こきひ色ってどんな色かわかんないし、そもそも自分の顔を見たことがないから、想像だにできないけれど、ちょっとうれしい。あの人、かっこよかったし。
(***/7/23)
鏡を見た。
もやがかかって、わたしの顔がわからない。泣いてしまいそうになった。
メイドの人に、わたしってどんな顔、と聞いてみた。だけど、言葉に困ったようにこちらを見ただけだった。
あの子にも聞いてみた。だけど、「どうして、気づかなかったのだろう」って泣き出してしまった。どういうこと? わけがわからない。
メモ
・オズに相談
・レーガンとお茶会、二時から
(***/7/29)
あの子が最近おかしい。わたしの顔を見てずっと泣いている。フランにどうしたのかって聞いてみても、ただ首を横にふるだけ。
「フラン! もうぼくをひとりにしておくれ!」
あの子がいきなりそんなことを叫びだして、もうわけがわからない。そんなにわたしのこと、きらいになったの? わたしが魔法使いだから?
もうわけがわからない。あの子のところへ行くのはちょっと控えよう。
最近、オズもレーガンもやさしい。レーガンのお茶会はとても楽しいし。
(***/8/2)
記憶操作って何のこと?
オズが何かしたの?
鏡?
(***/12/24)
ぜんぶおもいだした。
なにがイヴだ。なんてご都合主義だ。イヴなんてうそっぽっちじゃないか。
なんてことだ。わたしはイヴじゃない!
気づかれたら殺される。
だれかたすけて。
* * *