03-10 怠惰兎は一緒にいたい《竜胆視点》
青の竜胆―セイル・ジェシアン Side
チェス大会予選の日まで、俺は大変だった。
昼休みにシエラが読みふけっていた本から察していたが、多分彼女は魔導具に目がない。おかげでこの予選で彼女は、今まで世間に発表もされてない新開発の魔導具を導入してこようとした。
この子は誘拐されたいのか?
ただでさえリリーディアン公爵令嬢ってことで金目的で誘拐の可能性があるのに、その他の人買いにまで目をつけさせる気なのか?
俺の『面倒』のひと言で半分くらいは、導入を見送らせた。そうすれば彼女はしょんぼりしながらも妥協してくれるから。俺は怠惰なりにかなり頑張ったと思う。
開始後は審判っていうことになっているが、俺はソファの上で、シエラを眺めながら、彼女に構ってもらうために飲み物を要求するだけだ。
彼女は様々な飲み物を用意してくれるし、見せ付けられて致れり尽くせりだ。
ブラッディオレンジジュースは用意できなかったとしょんぼりしている理由まではわからなかったけど。
中央に配置されたソファの上はよく見える。ここからなら悪意のある人間は簡単にあぶりだせる。
ああ、ゴーランドとパーヴィスが一緒にいるのか。……ああ、ゴーランドのあの熱視線に気づいたパーヴィスが連れ去ったね。パーヴィスもたまにはいい仕事をするじゃないか。
――問題は、そこから離れた場所にいるレグルスだ。
どうやら奴はシエラを避けているらしいが、そのシエラに近い俺を射殺しそうな目で見てくるのは滑稽だね。幼馴染ってだけで、どこまであの好意に対して鈍いシエラに通用するかな?
この視線は憎悪……いや羨望や嫉妬か?
俺は嫌な視線に気づいた。あの女から発せられてて、標的はシエラ、だな。何をするつもりだ?
その時、シエラの足元の床が少し隆起した。俺は即座に飛び出し、転びそうになる彼女の腰を支えた。
俺に抱きとめられた彼女はびっくりして真っ赤になって、くるくる表情が変わるのが面白い。動転しすぎ。
仕掛けた女は以前からレグルスを目線で追ってた奴だ。レグルスは生粋の女嫌いで自分は近づけないから、幼馴染のシエラに羨望と嫉妬を向けたというところか。
……破滅希望者なのか? あとで侍従、いや自分で掃除するか。彼女を害するのは許せない。
そして彼女の兄のリリーディアン小公爵にも連絡だね。
彼女は、魔力の流れが見えるはずだけど、今回は思考のほとんどがチェスと俺の世話に向けすぎて、気がつけなかった。まぁ俺が守れば問題ないかな。彼女には自然体でいてほしい。
しかし、掃除を手伝うと言い出すとは思わなかった! 全く悪意がわからなかったんだろうけど……一緒にって、物騒すぎるだろう。でも一緒にって考えてくれるのは嬉しい。……嬉しい? 俺がこんなこと思うのは幼少期以来か。でも悪くない、気がする。
その後の予選はシエラの圧勝だ。決勝トーナメントに進めるのは、手数が多かった上位にすればいいと俺も言ったけど、圧勝しろなんて言ってない。
勝ち抜くとか面倒だし、ほどほどにすればいいのに、本当に可愛くて面白いけど……変な子だ。
その後日行われた決勝トーナメントは、普通に終わった。彼女は実況だけやってたし、トラブルにはなりにくい。
レグルスも、パーヴィスもゴーランドもいなかったから快適だった。
――それとあの時の悪意には対応済みだしね。
悪意については、彼女の兄の小公爵からも礼の手紙をいただいた。
そして彼女の義姉である小公爵夫人からは彼女が結晶化の魔法で作った高純度の魔石がお礼として届けられた。それは大事に自室の寝室のナイトテーブルに飾ってある。夫人には感謝だな。
♢ ♢ ♢
それから11月に入り、とうとう学園祭当日を迎えた。
俺とシエラは学園祭初日はゴーランドのチェス大会の開催がある。
彼女はその本番で俺に内密で、様々な魔道具を持ち込んできた。相談してほしかったが、もう手遅れだ。
「……ねえ、その格好正気?」
「変ですか?」
いや、変ではないし可愛いけど、ほかの男どもに見せるの? それ。すごく嫌だ。理由はわからないけどすごく嫌だ。
「へん……ではない。くもない。……やだ」
彼女はキョトンとした顔をして、笑い出した。
彼女はぜんっぜんわかってない。ゴーランドはいやらしい視線で見ていたし、その挑戦者の男子生徒だってそうだ。
観戦してた女嫌いのレグルスだってそう見える。パーヴィスは……なんか魔道具見てるな。ああ、あいつは鉱石に目がないから、それに惹きつけられたか。
魔道具! 彼女の格好でわすれてしまっていたがこの手遅れのこれはどうする? ……いや、どうしようもない。無理だ。誘拐はなんとか俺が阻止する。後手に回るが、もうそれでいい。
ああ、あそこにいるのは小公爵夫人か。魔石の礼を直接言いたいが、あの様子では無理だな。扇が折れそうだし、ぎゅっとドレスを握りしめてシワになるくらい怒っている。
チラリとシエラを見る。
彼女は小公爵夫人の怒りにまったく気づかず一生懸命に司会を全うしている。邸に戻ったらシエラは小公爵夫人の逆鱗に触れるのだろうが、これは小公爵夫人が正しい。俺の介入は不要だ。
結構いい勝負をしていたが、ゴーランドの勝利で終わった。とにかくさっさとシエラは隠したい。
大会終了後、彼女を連れて旧校舎へむかった。俺が彼女に押されるのではなく、俺が彼女の手を引くのは初めてだったから、彼女も驚いているが、この場を離れるのが先決。
俺は彼女の手を引いていて、ふと彼女の爪を見たら、綺麗なオレンジ色に輝いていた。
あれ? シエラは爪に色なんてつけていたか?
明るい気風の彼女に似合ってるけど、青の方が似合いそう。
手を引く俺に彼女が少し戸惑うように声をかけてきた。
「あの! 片付けしないと。私たち学園祭実行委員ですし」
「それは大丈夫。小公爵の侍従が、手配済み」
そう言うと彼女は安心したかのように一つため息をついた。そうしてる間にいつも昼休みを過ごす旧校舎に着いて、いつもの椅子に座った。
ここは学園祭で学内がうるさくても本校舎から距離があるからとても静かだ。
「その爪、どうしたの?」
「実は、同じクラスのマリアンヌ・メリアーゼ侯爵令嬢の企画ブースで施してもらったんです。ふふふ、金木犀とオレンジの光……『推し』に染められて満足です!」
メリアーゼ侯爵令嬢か。彼女はシエラに好意的な目を向けているから、排除はいらない、か。
だが、シエラが顔を少し上気させて、うっとりするかのように爪を眺めているのは、面白くない。
「…………『推し』ってなに?」
「まぁ! 『推し』をご存知ないのですか? 推しとは生きがいとなる至高の存在です! セイル様にはございますか?」
生きがい? オレンジ色や金木犀が生きがい? シエラは何を言ってるんだろう。だけど『推し』か……。
「俺の……『推し』は、シエラ。一緒にいると、落ち着く、から」
「はい?」
彼女に正直に言ってみたけど全くわかってないみたいだ。完全に何言ってんだみたいな顔をしている。
思考の渦にはまった彼女は反応がなくなって、俺は面倒だったから、彼女の侍女に引き渡した。そう言えばいつもとこれも反対だな。
このまま邸に戻って、小公爵夫人に叱られるのだろう。魔道具については小公爵に怒られるかな?
翌日の学園祭の目玉のレグルスの魔法実演を見に行った。彼女が補佐をするって聞いてたから。
なにあれ、レグルスはなんでシエラに手伝ってもらって当然みたいな顔してるんだ? シエラは俺のお世話係なんだけど。
あいつ、本当に邪魔だな。消したほうが面倒事はなくなるんじゃないだろうか。
しかしこの実演の成功が、レグルスだけのものとなっているのはなぜだ? きちんと見ていたのか? 観客全員節穴だ。
でも、それでいい。そのほうがシエラの有効性に気づかないから、彼女の危険度は下がる。
今日は一緒にいられなかったし、後夜祭は彼女の隣にいたい。
レグルスとも別れたみたいだし、旧校舎ならいるかもしれないな。探しに行こう。
この気配は、レグルスか。奴に絡まれたらうるさいし面倒だ。気づかれないようにここを立ち去ろう。
「――セイル? もう自由解散の時間だろ? なんで、ここにいるんだよ。もう委員会の仕事はないんだし、帰れば?」
はぁ、失敗した。すべてがうるさすぎ。見つかったなら仕方ないか……。
ため息を抑えた俺はレグルスに振り返って、奴を見て言った。
「…………関係ない。……シエラ、探してる……」
「あ?」
ああ、やっぱりこいつもそうか。
俺の世話係にちょっかいをだそうとする小者……でも彼女のやっかいな幼馴染。
そして他にもいる邪魔者たち。本当に面倒だ――。
♢ ♢ ♢
――リンッ
―――青の竜胆/セイル・ジェシアン
好感度 60+/100(現時点での限界突破)
11月4日 学園祭イベント成功
聖夜のダンスパーティーイベントまであと51日……
――……リリンッ




