03-02 【好感度30】野菜スティックで大接近
「おはようございます、リリーディアン公爵令嬢」
「おはようございます。よい朝ですね、メリアーゼ侯爵令嬢」
お互いにこやかにマリアンヌ・メリアーゼ侯爵令嬢とそしていつも一緒におられる女性三人にご挨拶をする。
ああ、いい朝だ。可愛らしい女性たちの笑顔っていいよね。隣の席に仏頂面のレグルスがいるし、彼女たちは環境汚染されたボッチな私の周囲に、毎日よい風を運んでくれる稀有な方たちだ。心が洗われる気持ちになる。
まぁ、レグルスだけでなくほかの生徒たちも環境汚染の原因なんだけど……。
ゴーランド殿下とイステリア公爵令息のファインプレーにより、私は既定路線の腫れ物コースに踏み入れた。
クラスの中では「次席の公爵令嬢様には私たちのことなんて眼中にございませんよね」「レグルス様に幼馴染なのに嫌われてるんですって。哀れね」などヒソヒソ言ってる女生徒の声が聞こえる。
男子生徒も「殿下がおっしゃられていたように顔だけは美人だよな、でも頭のいい女なんて俺はお呼びじゃないわ」とか「公爵令嬢だからお高くとまってるよな、周りにどう思われてるかわからないなんて滑稽だよ」とか言ってる。
教師たちは嫌にへりくだっている。私の存在自体を目に入れないようにしてたり、仕方なく授業で当てるときも、蔑む目をしてため息をついていたりする。
今や私の半径二メートルには余程でなければ誰も近づかない。私は別に臭くもないのに失礼よね。
うう、悲しくなっちゃ……なわけない。この蔑み……おっと! 『腫れ物扱い』だったわ。これは『推し』との砂糖生活のための一時的なデバフよ!
それにしても、何か言いたいことがあれば、直接言って来ればいいのに、リリーディアン公爵家に表立っては、誰も言えないのよね。
それならあの慇懃無礼なイステリア公爵令息の方が直接言ってくるだけ幾分かマシよ。
大体その程度の度胸のなさならやめておけばいいのに。
いざとなったら、あなたたちとこの国の食糧庫と呼ばれる公爵家の令嬢の言葉……重視されるのはどっちだろうとか考えるのは、少し意地が悪いのかもしれない。
あのゴーランド殿下たちに絡まれて、腫れ物扱いになった数日後、兄夫妻にこの件で問い詰められた私は、上手くお二人をいなす事に成功した……。シエラは頑張りましたよ!
これで、腫れ物扱いは継続。着実に正規ルートを歩んでいるのは嬉しいんだけど、この扱いがエスカレートしないかどうかだけは心配だわ。
私は彼らのやり方が矮小すぎてどうでもいいし、精々階段から突き落とされるとかそのくらいではと思っている。そうなったら風魔法でくるりんぱすればいい。
だけどリリーディアン公爵家の沽券に関わるのが問題なのよね。私のせいで家を矢面に立たせるわけにはいかない。
そうなったらバッドエンド直行になって、家は没落だし、推しにも会えなくなるからね!
だからこれ以上悪化したら報告の必要が出てくるんだけど……面倒だから、やめてください、頼むから!
雑音でしかないBGMを背景に授業を進めていく。ふぁぁぁ、授業もつまらない。これなら大図書館で本を読んでる方が有意義だわ。授業は聞かずに、推しとの未来でも考えて「うふふ」ってしていましょう。
それよりも今目下で問題なのは全く姿を見せないセイル、もといジェシアン伯爵令息だ。
他の塩対応メンズたちの学園内での顔合わせイベントは終わったけど、この幻のシーラカンスとも思えるジェシアン伯爵令息は、入学から一週間が経ったけど全く見ない。
ジェシアン伯爵令息は隣のクラスだから会いに行こうと思えばいるんだろうけど、腫れ物の公爵令嬢が彼に会おうものなら絶対に目立つ。
……とりあえず、ひっそりストーキングするか。
いや、これが犯罪一歩手前なのはわかってるよ? 『学園祭実行委員になるまで自分磨き★』とか思ってても、どうやらパラメータMAXみたいだし、することないじゃん? ならストーキングするしかないよね! 既にレグルス相手にも大分そんな感じだし、乙女ゲームでは彼のいるところに突撃するのがセオリーだし!
そう明日からの方針を固めていた私は、ひっそりと昼休みに旧校舎でボッチ飯を食べていた。
今日も料理長のランチボックスは美味しい、しみる。野菜スティックうまー。ディップうまー。
ポリポリしてる私の視界の端にスモーキーブルーの物体が映ったのが気になった。
……………まさか、幽霊? そんなまさかだよね! ……私はオカルトは駄目なタイプの元喪女なので勘弁! 怖いけど、これを確かめなければ、安心してランチを食べられません。決死の思いで、そろりとその物体がある床に近づいた。
……うっわ、凄い美少年! ってこれ、幻のシーラカンスことジェシアン伯爵令息じゃないですか!
うわ。きめ細かい肌に長いまつげ、スモーキーブルーの髪の毛、ぽってりとした唇。ちょっと男子にしては小柄? これは確かに眠り姫……だけど丸まって寝ているのは、彼の可愛らしさもあってなんかウサギっぽい。
「……うるさい。視線」
しゃべった。単語だけど。
そして、起きた。目つきめちゃくちゃ悪いけど。でも少年っぽくてかわいい顔をしている。やさぐれウサギね。
はっ! これはストーキング魔法のチャンス! ここではきっと彼と話せずに終わるわ。明らかに私を拒絶してるもの。
私はそっとジェシアン伯爵令息に追跡の土魔法をかけ……だめだわ。この人、全く隙がない。こんなに脱力してるのにどうして?
「…………ふぅん、あんた、変わってるね。ふあぁぁぁ、魔法、好きにすれば? 面倒だし」
出た。出ました。ステータス画面にあった彼の決めゼリフ!
これで「はい喜んで!」とかいって、ストーキングのための土魔法をかけたら、即暗転バッドエンドになるわ。乙女ゲームあるあるの雑なバッドエンドよ!
「…………野菜スティック食べますか?」
「…………………………」
動揺しすぎた。この人の見た目がウサギに見えたからって、なんで私はこんなこと言ったんだ! さっきよりも目つき悪くして凝視してくるよ。不審者ではありませんよー!
「……もらう。口の中、つっこんで」
え? 食べるの? それじゃ遠慮なく!
私は、野菜スティックにこぼさない程度のディップをつけて彼の口のなかに入れた。
うん、ちょっと遅いけど無事に食べすすめてるな。ウサギみたいでかわいい。……かなり物騒だけど。
確かこの人、側近候補だったよね。護衛騎士になる感じなのかな? この怠惰なので大丈夫? 仕事できる?
「まさか、口のなかに、ほんとにいれると、思わなかった」
祝! 沈黙なしのお言葉いただきました!
「ジェシアン伯爵令息こそ、素直に口を開けると思いませんでしたので動揺しました」
「……ふーん、ねぇ、その名前めんどくさい」
「『ジェシアン伯爵令息』のことですか?」
「……そう、長くて全部、聞くのが……めんどう。ふぁぁぁ、セイルでいい。……あと、敬語も長い」
ほわっつ? 警戒されてたのに、突然の名前呼びイベントが来ましたよ。
……ああ、面倒さが勝ったんですね。
「セイル様でよろしいんですか?」
「…………『様』も敬語もいらない。長いから」
「いえ! さすがに貴族令嬢として周囲に何を言われるかわからないので!」
「……ああ、パーヴィスとか、うるさい?」
良くおわかりで。きっとあの方の持つ慇懃無礼スキルで私はマナーのなってない猿扱いされて一刀両断されます。
「……じゃ、いいや。それで。じゃあね、シエラ」
どうでもよさそうにそう言って彼は立ち去った。やっぱり動きに隙がない。
それにしても私、あなたに名乗りましたっけ? 怖い怖い怖い、何で知ってるの? 塩対応なのは他の塩対応メンズたちと一緒だけど、ぶっちぎりでこの人得体が知れない!
はっ! ステータス画面の好感度確認! とりあえずやっと出会えたからね。
うん、まぁそうだよね、白だよね。そういえばバーコード横に数字があるの見つけたんだっけ?
30█▉▊▋▌▍▎
30ってなに? もしかして好感度かなと思ったけど、会ってすぐにこれはないわ。
それにしてもこれからやっていけるのかなぁ。とりあえず昼は野菜スティック持ってここに通ってみよう。きっとこれが『攻略メモ』にあった介護の第一歩だよね!
色々考えててステータス画面を閉じ忘れていた私は少しバーコード部分が変わっていたことに気づかなかったのである――。
―――ピピッ。30█▉感▌▍▎
――――ピピッ。30█▉感度
―――――ピピッ。30%好感度
♢ ♢ ♢
あの日から、私は大図書館に行って本を借り、旧校舎の教室でセイル様を発掘するというのが昼休みのルーティンになった。
旧校舎にはいるんだけど、何処にいるかは本当にランダム。
一度教卓の下にいたときにはとりあえず、「体痛くなっちゃいますよ!」って注意して、風魔法でエアクッションだしてあげた。「……便利」とか称賛してたから、きっと好感度はバッチリだ!
いや、ステータス画面は相変わらず白い竜胆ですけどね。
「今日は半生に茹でたアスパラと人参ですよ! 生の人参は固くて食が進まなかったみたいですが、これなら大丈夫です!」
「…………ディップは?」
「細かく砕いたクルミとオリーブのペーストなので噛む必要はありません!」
以前、生の人参を持っていったら全く食べてくれなかった。「……めんどくさい」と一蹴されたのだ。
その時は仕方がないから一人ポリポリ食べた。
野菜スティックをセイル様の口に運びおわったあと、気になっていたことを聞いてみた。
「私がここに来るまでは何を食べていたんですか?」
「……………………兵糧丸」
兵糧丸ってあれよね、粉っぽくて草っぽい味だから水で流し込むやつよね。まさかこの世界観で兵糧丸が出てくると思わなかったわ。
「苦くないんですか? 水はどこから?」
セイル様には聞きたいことは端的にまとめて聞くようにしてる。そうでないと面倒がって答えてくれず、眠ってしまうから。
「………家の、人間が作った。蜂蜜とか白ワインとか。キャンディになってる」
ああ、この人に食事させようと邸の方も苦心されてるんですね。確かにそれならなめるだけですから、何とか生き延びられます。
この方は一人サバイバル生活でもしてるんですかね。伯爵家の嫡男のはずなんですけど。
「へぇ、美味しいんですか? ほかの食事は取られてるんですか」
「……まずい。あと干し肉、たべる。」
…………まずいんか。努力した邸の方たちも浮かばれないわ。
そして干し肉ですか。一応は兵糧丸から穀物とミネラルとって、干し肉からタンパク源とってるから、いいんですかね。
だけど干し肉もキャンディみたいにずっと口に含んで、柔らかくしてから食べるのだろうし、歯が弱らないか心配だわ。
つまりは、これは昼の野菜スティックは重要ですね。特にディップで栄養を取らないといけませんから、そのあたりは我が家の料理長と相談ですね。
それよりも……この方は塩対応というより、他人に興味がないのかもしれないと、この数日彼を見ていて思いはじめた。
推しと会うための攻略だけではなく、私はこの方に対して『何かに興味を持ってもらいたい』と謎の使命感に燃えはじめたのだった――。
ちなみに野菜スティックを与えた後は、私は借りてきた本の読書をし、セイル様はお昼寝だ。
二人の間に何も会話はないけれど、穏やかな時間が流れている。
この数日で近くで寝てくれるようになったから、警戒心はほんのちょっとは緩んだのかもしれないと思うと、嬉しい。
あ、そうだ。今日の帰りに書店に行って『ウサギの飼い方〜初級編』みたいな本をさがそう。
もしかしたらセイル様攻略に役立つかもしれない。
本を読んで昼休みが終わりに近づく頃、セイル様に風魔法による軽量化の魔法をかけて、本校舎の玄関まで押して運ぶまでで私の仕事は終わりよ。
玄関では眠れないようで、セイル様も自発的に教室に戻るので問題はないからね。
数日前はストーキング魔法をかけたら即バッドエンドみたいな感じだったから、言い出すまでビクビクしてたんだけど、セイル様を運びたいから魔法をかけたいといったら「……いいよ」といってくれたので、本当によかったと思う。そうでなかったら運べなかったわ。
ああ、これがきっと介護なんだわ。返事は無視されることもあるけど、まぁまぁの交流は図れてると思う。




