第90話 こんなところで会うなんて
レクスにエスコートされて、馬車から地面に降り立ちます。ガツンという音がしてしまったのは、愛嬌として許してください。
厚底とヒールが金属でできているのですから。
夕闇に影を落とす大きな屋敷から、煌々とした光が漏れ出ています。
やはり、大きな屋敷です。
中から音楽が聞こえてきているので、既に多くの招待客が集まってきているのでしょう。
レクスはファングラン公爵家の者なので、会場に入るのが最後の方でいいということなので、この時間なのでしょうね。
屋敷の開け放たれた扉に近づいてきて、ふと言い忘れていたことを思い出しました。
「ファングラン騎士団団長様?」
レクスの腕に手を添えた私が声をかけます。
足元を底上げしても、首がいたいほど見上げなければならないというモヤモヤに包まれながらです。
「どうかしましたか? マルトレディル伯爵令嬢」
ものすごく笑顔を向けられてきました。
大したことは言いませんわよ。
「恐らく、今回の主役は団長様だと思いますので、私はさっさと壁の花になります」
「……どうしてですか。側にいないと死にそうです。私が」
それ、戻ってきたときにも言われましたが、理解不能です。
「……恐らくクソジジイも招待されているのではないのでしょうか?」
「この国では重鎮ですからね。ファングランとして招待しないという選択はないでしょう」
そうでしょうね。そのレクスの言葉に私はため息がこぼれ出ます。
「会えば、絶対に殴っています。理性など木っ端微塵になって拳を振り切っている私がいる自信があります。なので、問題を起こさないために、大人しく壁になっています」
レクスが元団長であるクソジジイに挨拶しないということは絶対にありません。
人々の目があるこういうパーティーでは特にです。
「しかし……」
「ダンスは踊ってさしあげますから」
パートナーなので一曲はダンスを踊りましょう。今世では弟としか踊ったことがないですけど。
「わかりました。絶対にですよ」
私がクソジジイを嫌っているのを知っているレクスは、納得してくれたようです。
良かったですわ。
そしてまばゆい建物の中に入っていきます。
招待状など提示せずに通してくれるドアマン。
まぁ、この黒髪と赤目がファングラン公爵家の血筋の者という証明でもあるので、止めることはないでしょう。
「さすがファングラン公爵家という感じですわね」
圧倒される内装に思わす言葉が出てしまいました。
「ここは別邸なので、見た目にはこだわっています」
……別邸なのですか。そうですか。
別邸にこれほどお金をかけられる財力があるぞと見せつけるためだったのですね。
そして、ざわざわと人の声が漏れ聞こえている扉の前に立ちました。
あ〜。帰りたいです。こんなに緊張したことなど、今までないというぐらいに緊張しています。
手袋をしていますが、汗で濡れてきていないか心配になってきました。
レクスと私の名が呼ばれて、目の前の扉が開きます。
眩しい室内の光が飛び込んできて、思わず目を細めてしまいました。
そして異様に大きく聞こえる生演奏。
レクスが動いたので、それに合わせるように私も足を進めます。
……あれ? 人のざわめきが聞こえません。
視線だけを巡らすと、何故かものすごく注目されています。
あ……そうですよね。今回の主役と言っていいレクスの登場なのですから。
私はただのオプションです。笑みを貼り付けたオプションなのです。
「くっ……」
クソジジイを発見してしまいました。
いったいいくつだといいたくなるハゲ頭のくせに騎士の礼服が筋肉でパツンパツンのクソジジイ。
嫌なモノは目に入ってしまうという典型ですね。
避けるために見つけてしまうという生存本能。
私は逃げ込むのに良さそうな壁を探します。
あ……あれは……。
「ファングラン騎士団団長様」
「何でしょうか?」
笑顔のまま応えるレクス。
何故か周りから黄色い悲鳴が聞こえてくるのですが、誰かお目当ての殿方でもいたのでしょうか?
「ラドベルト子爵に挨拶をしたいので、行ってきてもよろしいでしょうか?」
場違い過ぎてどうしたらいいのかという悲壮感を漂わせたラドベルトが壁際にいるのを発見したのです。
「私も挨拶をしておこう。元先輩殿ですからね」
……ラドベルトからすればはた迷惑だと思いますが、ここで反論すると面倒なので私は頷いておきます。
「お久しぶりです。ラドベルト子爵様」
「あ〜、久しぶりだ。シエラメリーナの嬢ちゃん」
私はカーテシーをしてラドベルトに挨拶します。父と懇意にしているので、何も問題ありません。
「ファングラン騎士団団長様。少し、ラドベルト子爵様とお話がしたいので、こちらにいて構いませんか」
「それなら私も……」
「まぁ、(クソジジイがこっちを見ているので)他の方々にご挨拶もあるのでしょうから、私はこちらでお待ちしております」
「そうですか。何かあれば、すぐに呼んでください」
私は手を振ってレクスを送り出しました。
ここにレクスに居座れても困りますからね。
「シエラメリーナの嬢ちゃん。それ少し待ったと言って、どこかに行くパターンだよな」
「よくご存知で」
「はぁ、それで副隊長がどれほど苦労していたか」
私は扇を広げてクスクスと笑います。
レクスもまだまだですね。
「奥方はご一緒ではないのですか?」
「招待が急すぎてドレスが用意できないとブチ切れられたんだ。嬢ちゃんのドレスはどうしたんだ?」
「さぁ? 用意されていたので、わかりません」
「ファングランの団長だからな。金と人を使ったんだろうな」
どうでもいい話をしていると、私とラドベルトの元に近づいてくる気配があります。
しかし、私は無視をしてラドベルトと話をしようと口を開き……。
「シエラメリーナ。お前がこのようなパーティーに来れるとは驚きだ。この際だ。お前に言いたいことがある」
「ちっ!」
聞き覚えがある声に舌打ちがでます。そして、私は扇を閉じ笑みを浮かべながら振り返りました。
「これは再起不能と噂高いジュアシルト侯爵子息様ではないですか」
そこには金髪の長身の男性が立っていたのでした。




